□忘れる事無き二文字 中編

 出会いは今から七年ほど前、藤堂がまだ皇学園で教鞭を取っていた時のことだった。
 当時の首相であった枢木玄武の実家である枢木神社にちょうど探していた本があることを知った藤堂は枢木神社を訪ねていた。


「ここが枢木神社か」
 少々長めだった石段を登り終えるとふうと普段から身体を鍛えているおかげで殆ど息切れしなかった息を整えながら辺りを見渡した。
 古くからあるこの枢木神社は天皇家に近しく由緒ある神社であることを示すかのように美しく整えられていた。
 奥へと続く石畳はここからまだ奥へと繋がっている。
 目的の社務所は本殿のその少し奥にあると言っていたのだから、もうしばらくは歩く必要がありそうだ。
 真っ直ぐに足を進め出そうとした藤堂は聞こえてきた子どもの声に耳を傾けた。
 約束していた時間にはまだ随分と余裕があり、脇道に反れて少し寄り道するくらいの時間はある。
 腕時計で時間をちらりと確認しながら、藤堂は子どもの声がする方へと歩いて行った。

「おい馬鹿、やめろって!」

 声変わり前だからだろうか、少々甲高い少年の声は焦っているようだ。
 そう感じながら木々の間を縫って進んだ先に居たのは幼いが長い黒髪を持つ少女だった。
 と言っても彼女が日本人ではないことは黄色人種とは違う純粋な白の色を持つ肌ですぐにわかった。
 直に白人に会うことは別に初めてではないが、日の光に透き通るような彼女ほど色の白い人間と会うのは初めてだった。
 先ほど甲高い少年の声だと思った声の持ち主はどうやら彼女らしい。その清楚に見える外見とは裏腹に口が悪いのだろうか?
 顔をあげてそこに何があるんだろうと彼女の視線の先を追えば、木の上で胴衣姿の一人の少年が猫に手を伸ばしていた。
「後少しだから心配するなって!」
 そう言う少年は猫に手を伸ばす。
「ほら、助けてやるからこっち来い」
 猫は震えながらもその手を拒む。
 まだ年若そうな猫もそうだが少年も無茶をする、と藤堂はため息をつきながら一人と一匹を驚かさないようその木の幹に近づいた。
「あ」
 少女が藤堂に気づいたらしく振り返る。
 まだ幼いと言うのにすでに将来有望を想像させる美しい顔立ちの少女だった。
 それに驚きながらもしっと唇に手を当て、木の上を見上げる。
 先に気づいたのは猫の方だった。
 藤堂の姿を見つけると木の細い枝を蹴って藤堂の腕の中へと飛び降りた。
「おっと」
「え?……あ、うわ!?」
 藤堂はさっと猫を少女に預けると、落下した少年の身体を慌てて抱きとめた。
「っ……?」
 地面に落ちると思ったのだろう少年は強く瞑っていた目をゆっくりと開いた。
「……あんた誰だよ?」
 一瞬驚いたのち、少年は藤堂を不機嫌そうに睨んできた。
「俺は皇学園の大学部で教鞭を……勉強を教えている、藤堂鏡志朗と言う。枢木神社の宮司に用があってきたんだが、君たちの声が聞こえてな。無事でよかったな」
 そう言って少年を下ろすと、藤堂は少年の服の汚れを叩いてやった。
 お礼を口にすることなく睨み続ける少年と違い、猫を腕に抱く少女は「ありがとうございます」と恥ずかしそうに藤堂に謝辞を述べた。
 どうやら少女の方が少年より礼節をわきまえているらしい。
「気にするほどのことではない。それと、こういう場合はちゃんと大人の助けを呼んだ方がいい。怪我をすれば元も子もない」
「でも……」
「よせスザク。……助けてくれたこと、感謝します。これからは気をつけますので」
 だから早く用とやらを済ませにここを離れてくださいという言葉が言外に聞こえてきそうだ。
 どうやらスザクと呼ばれた少年はそれに気付いていないようだが、察した藤堂はわかったと頷いて見せた。
 堪能な日本語から察するに彼は自国ではいい身分の家柄なのかもしれない。
(緊張走る世情の中、こうして手を取り合う子どもたちもいると言うのに大人とは情けないものだな)
 思わず苦笑を浮かべながら二人の頭を藤堂は撫でた。
「気をつけて遊びなさい」
「はい」
「……はい」
 二人の返事を聞いて、藤堂は社務所へ向かうためまた本殿へと続く道筋へと戻った。


 社務所へ入るとすぐに宮司―――枢木首相の甥にあたるらしい―――に会うことができ、皇学園の理事会のツテが上手く効いたらしくすんなりと書庫へ通う許可を得た。
 流石に持ち出すことはできないらしいのでしばらくはここに通うことになるだろう。
 あの石段が目下一つの問題だろうが、いい運動だと思いあきらめることにした。
「素晴らしい……全集揃っているんですね」
「先代も先々代も古い書物を集めるのが趣味でしたから。……あちらの方には舞踊に関するものもありますよ」
 笑みを浮かべて言う宮司に案内され、書庫の中を見て回る。
 読むのも今から楽しみであるがそれ以上にここの蔵書の多さには驚かされた。
「時折先客がいますが気にせず……と言いたいところなのですが……」
 不意に宮司は言葉を濁す。
「その客人はブリタニア人でして……彼女がここに居る時は残念ですが書庫には入らない方がいいでしょう」
「私は気にしません」
「いや、それがそういうわけにもいかないんですよ……」
 言っていいものかと宮司は尚も言葉を濁す。
 言葉からなんとなく察し、脳裏をよぎったのは先ほどの利口そうな少女の顔であった。
 彼女ならば、藤堂は気にしない。だが宮司のこの口ぶりにはおかしなものを感じる。

「……あれ?宮司、私に用事でしたか?」

 扉の入口、きょとんと首を傾げる少女の姿があった。
「ああ、客人が来ていたのですね。でしたら私は去った方が」
「君が先客だと聞いた。ならば立ち去るのは俺の方だ。気を使わなくていい」
「それでも今日は貴方が先客ですから」
 にこりと微笑む少女にやはりなにか違和感のようなものを感じる。
 俺は彼女の目線に合わせて膝を折った。
「ならば共に利用すると言うのはどうだろう。どうせこの書庫は広いし、蔵書も多い。君が読みたい本と俺の読みたい本が被ったところで俺が君に譲るようにする」
 彼女は眼を大きく見開き、ぱちぱちと瞬きをする。
 長い睫毛がそれに合わせて動くのもまた愛らしいと思う。
「それでは駄目か?」
「だ、めじゃ……」
 言いながら、少女は顔を赤くして俯いた。
「……貴方がいいのなら」
「そうか、ありがとう。君は優しいな」
 頭を撫でれば、彼女はどこかくすぐったそうに身を捩りながら、それでも笑みを浮かべてくれていた。
「と言うことになったのですが……?」
 顔を青くしてぱくぱくと口を開いている宮司に藤堂は首を傾げた。
「宮司?」
「藤堂さんまずいですってっ」
「何がですか?」
「私が許しているのだから構いません」
「ですが……」
「君は一体……?」
「自己紹介がまだでしたね。私はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第三皇女です」
「ブリタニアの第三皇女?……すまないが俺の聞き違いか?」
「聞き間違いではありませんよ。皇位継承順位は低いですが、第三皇女であることに間違いありません」
 凛とした微笑みはとても子どもとは思えない堂々としたものだ。
 日本のように象徴と言う飾りではない皇女と言う地位がまだ幼い彼女を大人びさせているのだろう。
「留学と言う名目で日本に来ています。以後よろしくお願いします」
「ブリタニアの皇女……申し訳ありません、私はどうやら失礼な口を聞いてしまっていたようですね」
「気にしないでください。貴方のように話しかけてくれる人がいてくれると嬉しいので」
「君がそれを望むのならそうしよう」
 藤堂が首を縦に動かすと、先ほどの少年に向けていたであろう心を許したような笑みをルルーシュは浮かべてくれた。
 そのことに安堵を覚えながら藤堂は改めて宮司に許可を取り、二人で書庫の中で読書を始めるのだった。

  *  *  *

 思い出せば出会いも口調の乱雑さから一瞬少年と勘違いしていた。
 だからもっと早くに気づくべきだったのかもしれない―――少年の姿をしたルルーシュに。
 あの当時はブリタニアと日本の同盟が崩れかけてブリタニア人の多くが日本を出ていた。
 そんな中でもルルーシュはずっと日本にいて、そして……
「あんな事件があったと言うのに……」
 ぽつりと藤堂は一人きりになった研究室で呟く。
 脳裏を過るのはころころと自分の前でも表情を変えるようになったルルーシュと、今のルルーシュの姿。
 と言っても今のルルーシュの姿は少年姿しか知らないが。
 あれが仮に変装だったとして、普段の学生生活は女子生徒の恰好をしていることは間違いない。
 理事長の口ぶりからして、ルルーシュが目の前の高等部に入学したのは一年の頃か、もっと前からなのかもしれない。
 今さらになって姿を現すようになったのは藤堂が皇学園からアッシュフォード学園に籍を移したからだろうか。
 皇学園よりも近い場所に居る自分に会いに来てくれた。
 そうであって欲しいと思うが、彼女の行動は軽率だ。
「俺は許してはならないんだ」
 言い聞かせるようにそう言って組んでいた手に額を当てた。
「―――彼女のためにも」

 顔を上げれば、窓の外に夕焼けで赤く染まった高等部の校舎が見えた。



⇒あとがき
 ……子ルルが書きたくて予定よりも一話増えてしまったorz
 とりあえずまだ続きます。
20080630 カズイ
res

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