□双黒の御心 前編

 ルルーシュにとって生徒会は箱庭の中でもっとも居心地のいい場所だった。
 唯一素性を知る会長のミレイ。
 親友で悪友のリヴァル。
 何かと世話を焼いてくれるシャーリー。
 ミレイの少し後ろで控えめに微笑んでいる研究好きのニーナ。
 病弱を装っているくせにボロをよくだすカレン。
 日本で出来た最初の友達でのスザク。
 仮面を被ればゼロと呼ばれる自分は、ブリタニア軍人のスザクにとっての敵であり父を奪われたシャーリーにとっての仇であり日本人に脅えるニーナにとっての脅威であり、カレンと同じ日本人にとっての希望である。
 それでもゼロを、活動を止めるわけにはいかない。
 ナナリーにとっての優しい世界のため、歩みを止められない。
 力を手に入れた今―――止めるわけにはいかないんだ。

  *  *  *

「あ、あれはその……もういいんだ」
 スザクにナナリーの騎士を頼もうと考えていた俺が馬鹿だったんだ。
 言えるはずのない言葉を胸の中で呟きながら、スザクの戸惑った声を聞いた。
「ざぁんねんでした!また仕事が……」
 扉が開き、聞き覚えのある声が突然現れた彼によって静まったホールによく響いた。
 だが言葉は途切れ、驚いたようにルルーシュを見つめる。
 残念ながらスザクと再会したあの一件の後、彼にはルルーシュがここに居る事は知られている。
 本国に事実を教えない変わりに週に一度会う約束をしていたはずだった。
 今更何を驚く必要があるのだろうとルルーシュはその瞳に戸惑いを隠せなかった。
「ロイドさん、何か……」
「あれ?ミレイちゃん知ってる人?」
 話しかけたミレイに隣に立つニーナがきょとんとした顔で尋ねる。
「殿下ぁ!?」
「「え?」」
 素っ頓狂な彼の声にミレイとニーナはさっきまでの会話を忘れたように彼―――ロイド・アスプルンドを見る。
 殿下?何のことだろうとロイドを見つめた後、生徒たちの視線が彷徨う。
 驚き過ぎて微動だにすることすらできないルルーシュはスザクに名前を呼ばれ、はっと我に返る。
「ルルーシュ殿下ぁ!!」
 ざわざわと一層騒がしくなったはずのホールの喧騒がまったく耳に入らない。
 ロイドはまっすぐルルーシュに早足で歩み寄ると、「失礼しまぁす」とルルーシュの両頬に手を添えた。
「ああやっぱり目の端が赤いぃ!」
「……お前視力悪いのによくわかったな」
「あっはー、ルルーシュ殿下のことならなぁんでも♪」
 まるでこの場所だけ世界が区切られたかのような感覚にかぁっと顔が熱くなる。
 だがそこは空気の読めない男、スザクが声を掛けてくる。
「ろ、ロイドさん?」
「なぁにスザクくん。僕と殿下の時間を邪魔しないでくれる?」
 ロイドは機嫌が悪くなったのを隠しもせず、部下であるはずのスザクを睨む。
「……ルルーシュが殿下?どうなってんの?」
「それは……」
「隠して来たからです」
 凛とした声がホールを静まらせる。
 ただの少女ではなく、覇者のそれに似た声音を発したのは優しい少女―――ナナリーであった。
「お久しぶりですね、ロイド伯爵。貴方にしては軽率な発言でしたね」
 くすりと微笑むナナリーに、ルルーシュは彼女の名を呟く。
「ごめんなさいお兄様、ちょうどいいからこの機会に明かしてしまうのがいいかと思ったんです」
 ちょろっと舌を出す姿はいつものものなのだが、彼女は確実に皇女としての顔を生徒たちに知らしめていた。
「私、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、ここにロイド・アスプルンドがルルーシュ・ヴィ・ブリタニア専任の騎士となることを承認いたします」
「なっ!?」
「わっは〜、ありがとぉございまぁす!」
「あなたならどこかの誰かさんと違って、お兄様を守れると私は知っていますから。お兄様を裏切ったら……わかってますね?」
 花のようにふんわりと笑うが、その言葉に空恐ろしいもの感じると、生徒たちは背筋に悪寒が走るのを感じた。
「お兄様、こうでもしなければ私たちはここから歩き出せませんわ」
「……そう、だな」
 ルルーシュは俯き、そう言うとロイドを改めて見た。
 ロイドはルルーシュに片膝をつきルルーシュの言葉を待っていた。
「ロイド・アスプルンド。汝、ここに騎士の誓約を立て、我が騎士として戦うことを願うか」
「イエスユアママジャスティ」
 それはスザクのユーフェミアの騎士就任の時よりも厳かな空気があった。
 違うのは、ルルーシュはブリタニアの騎士ではなく我が騎士と言ったこと。ロイドが返答した言葉が殿下ではなく陛下と言ったこと。
「汝、弱者を守る正義のため、剣となり盾となることをのぞむか」
「イエスユアマジャスティ」
「汝、決して主のために命を落とさないと誓うか」
「イエスユアマジャスティ」
 続く言葉のやはり違った。続くはずのない言葉も加えられた。
 それでもそれが正しい言葉なのだと思うには十分だった。
 ロイドは下げていない剣の代わりに、ポケットから小さなKMFのキーを取り出した。
「それは!」
 スザクが驚きの声を上げる。
 何故なら今自分が持っているものとまったく同じランスロットのキーだったからだ。
「ランスロットのマスターキーでぇす!スザクくんに渡したのはスペア〜。だってあれは本来あなたのために作ったKMFですからねぇ」
「だろうな。ランスロットと言う名を聞いてまさか、とは思ったよ」
 ルルーシュは失笑し、それを受け取るとロイドの肩を剣でしたのと同じようにあてた。
「私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、汝、ロイド・アスプルンドを生涯唯一の騎士として認める」
 ルルーシュはロイドにランスロットのキーを返す。
「私を守ると言うことは我が最愛の妹ナナリー・ヴィ・ブリタニアも守ることが同義だ。分かっているな」
「イエスユアマジャスティ」
 ロイドはランスロットのキーを受け取った。
 その瞬間、ミレイが拍手したのをきっかけに生徒たちが拍手をした。
 スザク、シャーリー、ニーナ、カレンだけが戸惑ったまま拍手を出来ないでいた。



⇒あとがき
 諸事情により前後に分けました。
20080513 カズイ
20080723 加筆修正
res

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