□縁切り 前編
彼は突然黒の騎士団に現れた。
通信を割って入ったわけでもなく、生身の単体で。
「やあ、久しぶりだね」
そうにこやかに両手を広げて立つその男の名はシュナイゼル・エル・ブリタニア。
今やブリタニア人、日本人にかかわらず誰もが知っている、ブリタニアの第二皇子である。
一応公務の服ではなく一般人を装った服装をしているのは変装のつもりなのだろうか。
「てめぇ!何当然のように入って来てんだよ!!」
「やめろ玉城」
静かに玉城を制したのは黒の騎士団のリーダーであるゼロだ。
誰もが警戒を解けぬまま、二人の様子を見守る。
「お前は本当に馬鹿なヤツだ。本当に騎士のひとり連れずここまで来るとはな」
「言っただろう?君が望むのなら私はどんなことがあろうとすぐに駆けつけ、願いを叶えると」
「……馬鹿な男だ」
ふっとゼロは笑い、銃を構えていた面々に銃を下すよう指示した。
「ゼロ!」
納得できないと言うようにカレンがゼロの名を呼んだ。
「私はゼロに呼ばれたから来た。ただそれだけだよ」
やんわりと微笑んだシュナイゼルはゼロへと歩みよった。
「約束通り、仮面を外させてもらうよ」
「―――構わない」
ゼロがそう言うと、騎士団の面々もしんと静まり返る。
かたくなに閉ざされていたゼロの仮面がシュナイゼルの手によってゆっくりと外される。
シュンッと音がして、後頭部の部分が開く。
そこから黒く短い髪がぴょこっと跳ねて飛び出した。
ゆっくりと前へと外された仮面から現れたのはシュナイゼルと同じく透き通るような白い肌の美しい少年だった。
伏せられていた目が開くと、そこには美しい紫苑の双眸があった。
「予想以上だ。綺麗になったねルルーシュ」
「男に対して綺麗もないだろう」
眉間に皺を寄せたゼロにシュナイゼルはくすりと笑う。
「るるるるるルルーシュぅ!?」
ふるふると震わせながら指さすのはカレンだ。
ゼロの素顔に驚愕するのだから知り合いなのだろうが、どういうつながりだと答えを求めて視線が集まる。
「なんであんたがゼロなの!?だってあなたあの時……」
「偽装工作したからに決まっているだろう」
「〜〜〜〜っ!?」
なにを当たり前のことをとでも言うようにしれっと言ったゼロ―――基ルルーシュにカレンが拳を振り上げる。
「わー待った待った!」
慌てて近くにいた扇がカレンの行動を止めた。
「ゼロ、カレンとは……」
「同じアッシュフォード学園の生徒だ。同じ生徒会の役員でもある」
「そうか」
扇は苦笑しながらまだ鼻息の荒いカレンをちらっと見下ろす。
「それにしては仲が悪そうだけど……」
「いけすかないのよ!授業まともに受けてないくせに頭いいし、女子にも男子にも人気の美形だし、男女逆転祭のときなんか女の私が負けたって思うくらい美人だし!」
「……それを今言うか」
「男女逆転祭か……写真は残っているかい?ルルーシュ」
「残っていたとしても貴様に見せる写真だけはない。見た瞬間に"大嫌い宣言"をしてやるから覚悟しておけ」
その言葉にぴしりとシュナイゼルの笑顔が固まる。
「……凶悪な脅しだ」
「どこが!?」
心中誰もが思ったことを代表するかのようにカレンが突っ込んだ。
「安心しろカレン。この男は私が大嫌いと言った瞬間再起不能に陥れる馬鹿だ」
「え?」
誰もが不審げな目でシュナイゼルを見る。
残念なことにこの場にその証言者はいないが、苦笑して否定しないシュナイゼルがある意味証言者だろう。
「いつまでここにいるつもりだ」
呆れたような声が掛かり、皆はっと我に返る。
立っていたのは藤堂だった。
「ゼロ、会議室の準備は出来ている。キョウト六家とも連絡がついた」
「手間を取らせてすまなかったな、藤堂」
「いや」
「……なんで藤堂さんは驚かないんです?」
「知っていたからな。その上で準備をしていた」
「私のことも、かな?」
「愚問だな」
藤堂はシュナイゼルの笑みを一蹴し、ゼロへと視線を向けた。
「君が仮面を外したと言うことはシュナイゼルを次の作戦から使うと解釈していいのか?」
「そうなるな」
「了解した」
「ちょっと待って!」
頷く藤堂を横目にカレンが口を開いた。
「次の作戦って」
「それは会議室で話そう。幹部は全員すぐに会議室に集合だ」
「そうじゃなくてっ!」
カレンは自分を抑えていた扇を離してルルーシュをまっすぐに見据えた。
「あんた、枢木スザクの親友の癖に戦えるの!?」
「親友?」
ルルーシュはカレンの言葉を鼻で笑った。
「違うな、親友だった男だ。今はなんの関係もない裏切り者だ」
「そうだ。スザクくん……いや、枢木スザクはルルーシュくんを守ると言っておきながらその存在を常に危険にさらし続けていた。知っていてそう無さしめているという性質の悪さだ。そう言うものとは縁を切れと俺が推奨した」
「それには私も賛成だね。おかげでルルーシュから久しぶりに連絡があって私としてはうれしかったのだけど……そうか、君がねぇ」
バチバチと二人の視線の間に火花が飛び散った気がした。
「おかげで気が随分と楽になったよ。これで心おきなくブリタニアをぶっ壊せる」
さぁ行くぞとルルーシュはシュナイゼルの手から仮面を奪い、小脇に抱えると、いつものように威風堂々と歩いて行く。
そんなゼロの後をシュナイゼルがついて歩き、藤堂がその場に残った。
「紅月、君がどう思うかは君の自由だが、ルルーシュくんは枢木スザクのことで心身ともにまいっていたんだ。君は同じ学校だから、よくわかるだろう?」
「それは……」
カレンは視線を落とし、ぎゅっと拳を握る。
「そもそもルルーシュくんがゼロになったのは枢木スザクを助けるためだ。だが彼はゼロの……ルルーシュくんの手を取らなかった。ルルーシュくんがどれほどブリタニア憎んでいたか知っていたはずなのに、ゼロは間違っていると批判をする。ゼロの正体に気づくことなく、お飾りの皇女の騎士になった」
これを裏切りと言わずに何と言うんだ?
藤堂の言葉にカレンは学園での2人を思い出しているのか、口を片手で覆った。
「ルルーシュくんとシュナイゼルの関係は会議室ででも明かすだろう。枢木スザクを貶めるためにもそれは必要だと彼は覚悟を決めた。聞きたいならば幹部以外も来い。いずれ明かされることだ、構わないだろう。ルルーシュくんの話を聞いた時、彼がゼロと言う名を選んだ理由もきっとわかるだろう」
そう言うと藤堂は身を翻して歩き出した。
団員たちはどうしようと戸惑いながらもゼロの素性が気になると玉城が藤堂の後を追い越す勢いで行ったのをきっかけに一人、また一人と会議室へ向かって歩き出した。
「……どうする、カレン」
心配そうにカレンを見下ろす扇に、カレンはようやく顔をあげた。
「よくわからない。まだ混乱してる」
「そうか」
扇は苦笑し、カレンの頭にぽんと手を置いた。
「藤堂さんも言ってたけど、カレンがどう思おうとそれは自由だ。だけど俺はゼロ以外に日本を奪還できそうな人を知らない」
「それは……そうだけど……」
「ま、とりあえず会議室に行ってみないか?彼の話を聞いてみよう。互いを理解するには対話が大事だと俺は思うな」
「……うん」
カレンは頷き、扇はそれを見届けて歩き出した。
いつの間にか最後の一人になっていたらしいカレンは扇の背を重い足取りで歩きだした。
20080513 カズイ