□悪漢の涙

 旧総督府。
 今はまだそう呼ぶことしか出来ないその場所に、ゼロは足を踏み入れた。
 この場は使えるからと、一切の破壊を許さなかった場所。
 夜と言うこともあってか静かな旧総督府内。
 ゼロはある場所を目指していた。
 共犯者であるC.C.が言っていた絵を確かめるために。

「ここ、か?」
 綺麗な中庭。
 その通路を歩きそして見つけた。
 幼い頃の己と妹と母の楽しげな姿。
 ああ、彼は約束を守ったのだ。

 そっと手を伸ばし、絵に触れる。
 幼かったが故に気づかなかった淡い恋心は心の水底へ重石をつけて沈んでいった。
 きっかけはなんだっただろう。
 ユフィが遊びに来たときだっただろうか。
 母・マリアンヌを見つめる目に違和感を覚えたのだ。
 おそらくそれが始まりで、きっかけと呼ぶには些細な程度だったような気がする。

 とにかくそのしばらく後に母が亡くなったためにルルーシュは皇帝の下へ向い、皇位継承権を捨てた。
 そして日本へ―――

 二度と会うことなんてないと思っていたと言うのに、彼はエリア11の総督としてルルーシュの前に現れた。
 決して正面から向き合うことの無い画面越しの再会。
 ナナリーは久しぶりに聞く声に微笑み、ルルーシュはただ呆然と彼を見つめた。
 クロヴィスにそんな才能が無いのはあの頃から分かっていたので、継承権の高さからの就任だろう。
 声を聞けば聞くほど胸が高鳴り、気持ちがとにかく昂揚した。
 ナナリーの手前、見事に平静を装い、一人部屋に戻って急に心が冷えた。
 苦しくなったのだ。

 手が届かないほど遠いのは変わらない。
 けれど目の前にその姿が映ると映らないでは大きく違うのだ。
 その葛藤に涙し、再び思いを心の水底へ沈めた。

 ギアスの力を手に入れ、反逆を。
 その手始めにクロヴィスを―――恋情の意味で愛しく思った兄をこの手に掛けた。
 その所為で夜毎夢に見るのだ。


 金色の髪を揺らし、優しく微笑むクロヴィス。
 優しくルルーシュの名を呼び、「チェスをしよう」と言うのだ。
 だがその顔が怯え引きつったあの顔に変わるのだ。

 指の離れない銃の引き金。
 引いた後、苦痛に歪んだクロヴィスの顔。

 そして死したクロヴィスの唇に己の唇を重ねる。
 あのなんとも言えない背徳に塗れた歓喜の想い。
 何度も何度も繰り返す。

 苦しいのか、嬉しいのか、恐れているのか、もう分からないほど夢に見た。
 人殺しとなったあの日、禁忌を重ねた自分。
 何度も何度も繰り返される夢。
 他者から見ればなんとも遺憾な、時代のピカレスク。

 そんな自分がこの絵を見て心振るわせる等と、実に愚の骨頂。

「誰を想って描きましたか?……兄上」
 けれど溢れ続ける涙を止める術を、ゼロは知らない。
 想いが重ね塗りされたゼロの心は当の昔にダメになっていた。



⇒あとがき
 ユフィが見てたあの絵をルルーシュが見る話が書きたかっただけ。
 『遠い日の約束』はただの前振り!
20070613 カズイ
res

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -