05.絶えず君を、(伊賀崎)

 翌日、美土里は突然聞こえた宝禄火矢による爆音によって飛び起きた。
 こんな朝早くに何事だと障子戸を明けた美土里は、忍たま長屋の方角から上がる煙に目を細めた。
 犯人はおそらく六年生の立花仙蔵だろう。一年は組が補習のため美土里よりも一足先に学園に戻っていることは聞いていたので、おそらく例のしめりけ絡みの二人組が何か問題を起こしたのだろう。
 ついでに日の位置を確かめれば、朝だと思った時刻は明らかに間違いで、どう見ても昼過ぎのようだった。
 自分は相当疲れていたのだろうと思わずため息を零した美土里は、すっと障子戸を閉めると薄暗い一人きりの部屋の中へと戻った。
 いつまでも夜着のままで居るわけにもいかず、布団を片付けて桃色の制服に着替えたのだった。
 制服に着替えたからと言って何か用があるわけでもなく、冬休み中殆ど面倒を見ることの出来なかった動物たちの様子でも見に行くかと、美土里は忍たまの敷地内にある飼育小屋の方へと足を向けたのだった。

「あ、美土里先輩?」
 飼育小屋の前に立っていた薄黄色の制服が振り返り美土里は思わず早足で歩み寄った。
「伊賀崎、なんで居るの!?」
「居ちゃ悪いんですか?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……家に帰らなかったの?」
「一応帰りましたよ。ジュンコが心配だったので年明け過ぎたらすぐに戻ってきました」
「……の割にしっかり他の動物の世話もするのね」
「生物委員ですから」
 当然ですと、いつものあまり変わらない表情でそう言った孫兵は、じっと美土里の顔を見上げてくる。
「美土里先輩……何かありましたか?」
「え?」
「雰囲気、変わられたので」
「あー……」
 孫兵のまっすぐな眼差しに美土里は思わず視線をずらして言葉を濁した。
「……大したことじゃないのよ」
「そうは見えませんが」
「伊賀崎も、上級生になったらわかるわよ」
 実習の間に年を一つ重ね、一つ彼らに近づいても一つ引き離される。
 この先に待っているのは孤独なのだと思うと悪寒が走るが、美土里はそれから目を反らすように微笑んだ。
 そして、昨夜初江がしてくれたように孫兵の頭を撫でると、孫兵は目を見開き、美土里を再度見上げた。
「美土里、先輩?」
「うん?」
「……なんでもないです」
「そう」
 孫兵から手を放すと、孫兵は撫でられた頭に手を伸ばし俯いた。
 孫兵が何を思ったかはわからないが、美土里はそっと鍵がかけられたままのウサギ小屋を見つめた。
 すうすうと眠るウサギは寄り集まって寒さを耐え忍んでいる。
 白いふわふわの毛皮が丸まっている様は胸がほっこりと温かくなる気がした。
「……美土里先輩っ」
「ん?」
 意を決したような孫兵の声に美土里が振り返ると、孫兵の姿に影が差している事に気付いた。
「伊賀崎!」
 美土里は慌てて孫兵の身体に体当たりするようにその場から逃げた。
 塀を飛び越えて現れたのは馬に乗った人である。
 美土里は孫兵の身体を抱えたままぱちくりとその姿を確認した。
「うわっ、すいません!冬休みだから生徒さんもそんなにいないと思って……」
「……馬借の方、ですか?」
「あ、はい。加藤村の清八と言います。五年生の竹谷八左ヱ門くんに手紙を配達しに来たんですけど……」
 きょろきょろと清八と名乗った青年は辺りを見渡す。
「冬休み前に来た時は毎日委員会に参加してるって聞いたんですけど、今日はお休みですか?」
「あ、どうかしら……伊賀崎は何か聞いてる?」
 孫兵の身体を起こさせると、そう尋ねて孫兵の制服についた土ぼこりを払った。
 孫兵はふるふると首を横に振ると再び俯いてしまった。怖かったのだろうかと美土里は首を傾げながらも自分の制服についた汚れを払った。
「あ、清八さんじゃないですか、どうしたんですか?……って、孫兵と……美土里?」
 昼食を取ってから来たのだろうか、清八を見つけて小走りに駆け寄ってきた八左ヱ門は、清八の馬の陰にちょうど隠れる形になっていた孫兵と美土里に気付くと目を見開いた。
 美土里はその動作に思わず眉間に皺を寄せて目を背けた。
「ちょうどよかった。竹谷くん、これ竹谷くん宛に手紙。判子かサイン貰っていいかな?」
「あ、はい」
 八左ヱ門は清八に言われるままサインをすると、手紙を受け取った。
「ありがとうございました」
 清八はサインを貰うと再び馬に跨り、塀を飛び越えて学園を去って行った。
「……チヨ?」
 差出人を確認した八左ヱ門は首を傾げ、美土里と孫兵は目を丸くした。
 首を傾げた八左ヱ門は訝しみながらも、そのまま手紙を開いて直ぐに中身を確認した。
 視線を素早く走らせた八左ヱ門の顔色はあまりよくなく、表情が段々と険しくなっていく。
 チヨに何かあったのだろうかと思っていれば、八左ヱ門と目が合い美土里は悟った。
 八左ヱ門は覚悟を決めたのだと。
「……いってらっしゃい」
「……悪い」
 もしかしたら伊作から何かを聞いたのかもしれない。
 三郎と勘右衛門に八左ヱ門が殴られたと言う話を聞いた時から、結局もう終わりが見えていたようにも思う。
 八左ヱ門の想いがようやくこちらに向いてきてくれたのではないかと思う日もあった。
 けれどそれは八左ヱ門の中の空いた心の隙間に寄り添って思い込ませていただけに過ぎなかったのだろう。
 美土里の横をすり抜けていった八左ヱ門に美土里は目を伏せ、小さく笑った。
「……あっけなかったな」
 締め付けるような痛みが胸を襲い、涙がじんわりと溢れ出す。
「美土里先輩……」
 孫兵の気遣うような声に美土里は慌てて涙を拭い、顔を上げる。
「チヨに何かあったんだと思うわ。竹谷、チヨのこと好きだったから助けに行ったのよ」
「それはなんとなくわかりました。そうじゃなくて……一人で泣かないでください」
「じゃあ伊賀崎が傍に居てくれる?」
「美土里先輩が望むなら」
「ふふ……伊賀崎は優しいわね」
 頭を撫でてやれば、孫兵は眉根を寄せて視線を落とした。
「美土里先輩は特別です。人間の女性で唯一愛しています。美土里先輩の一番が竹谷先輩でも、僕は美土里先輩が好きですから」
 拗ねた様子で言われた告白に美土里は一瞬目を見張り、くつくつと笑った。
「ありがとう、伊賀崎」
「名前がいいです」
「はいはい。じゃあちょっと肩でも貸してもらおうかな」
「いくらでもどうぞ」
 きれいに微笑んだ孫兵の肩口に美土里は顔を埋め、目を閉じた。
「……ありがとう」
 温もりが傍にあると言うのに胸はぽっかりと穴が開いてしまって空しさが胸を締め付ける。
 それでもこの想いは生涯捨てられないだろう。それほどまでに想いは美土里の胸に根付いていた。

(絶えず貴方を、想っています)



⇒あとがき
 ……誰だ最後は竹谷落ちになりますとか言ったやつ!!!←お前だよ
 このお話は書いてる途中で孫兵熱が高まってかっとなってやりました。なんかもう本当ごめんなさい。
 報われない恋もたまには書いてみたかったので結果的にまあいいかと……いやよくないか。
20100904 初稿
20220904 修正
res

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -