02.痛いほどに、

 ある日突然チヨに代わって生物委員の一員になったくのたま五年生の美土里は、第一印象こそ高圧的な先輩だと思っていたが、数日付き合ってみれば変な先輩だと思った。
 まず、くのたまなのにくのたまの一番不人気な生物委員会にきちんと参加する。忍たまだって嫌がる生徒が多いと言うのにだ。
 チヨもきちんと委員会に参加していたが、チヨは無類の生き物好きと言うことが前提となる。
 美土里はチヨと違い生き物が別に好きではなく、単に義務感からの参加らしい。
 彼女が本来所属している学級委員長委員会は茶飲み委員会と言われるくらいには暇なのはわかるが、義務にしては出席率が高いと言えるだろう。
 昨日だって委員会ではないのに脱走した毒虫の捜索を手伝ってくれた。
 彼女が生物委員会に参加してからすでに三度ほど孫兵が大切にしている毒虫が脱走しているが、美土里は慌てることなく毒虫捕獲用の道具を用意して、慌てる他の委員たちを尻目に一番最初に捕まえて戻ってきた。
 チヨですら孫兵が毒虫ばかり集めてくるのを最初複雑そうな表情をしていたというのに、淡々と毒虫を捕獲していく美土里が孫兵には酷く輝いて見えた。

「ほら」

 しかしそんな当人は、今、まるでやる気がなさそうな顔で箸で蚯蚓を摘まんでジュンコに差し出していた。
 飼い主である孫兵が目の前に居ると言うのにだ。
「……美土里先輩」
「何」
「それはキミコの分です」
 わかっているからジュンコはそれを口にしないと言うのに、美土里は相変わらずジュンコに蚯蚓を差し出していた。
「こんなにいるんだし一匹くらい平気よ。それとも私の差し出した蚯蚓は食べられないと?」
「……………」
 この人はどこの暴君だろうか。
 否、彼女が普通のくのたまらしいくのたまの姿なのだろう。
 さっきまでの何を考えているかわからない表情が一転して笑みを作っているが、目が明らかに笑っていない。
 もしこれが皆に暴君と呼ばれている体育委員委員長の六年生、七松小平太であればその目は笑っている。小平太の場合は天然でやっているからくのたまたちより性質が悪いのだが。
 美土里の瞳に気圧されたのか、ジュンコは美土里が差し出していた箸にパクリと齧り付いた。
「ジュンコをいじめないでください」
「別にいじめてないわよ。ちょっとからかっただけ」
 今度は本当に楽しそうな目をしてくすくすと笑い、美土里は孫兵の頭を優しい手つきで撫でた。
「……美土里先輩は変わってますね」
「それを正面切って指摘する伊賀崎も十分変わってると思うわ」
 美土里は再び蚯蚓を箸でつまむと、今度はちゃんとキミコの籠へとそれを差し出していた。
「美土里先輩」
「ん?何、夢前」
 くんくんと三治郎が美土里の制服を掴み小さく引く。
「伊賀崎先輩だけずるいです」
「?……ああ」
 美土里は三治郎が言いたい事を察し、三治郎の頭を撫でる。
 そうすると他の一年生たちも、視線で頭を撫でて欲しいと訴えてくるので美土里はその頭をそれぞれ撫でていく。
「……何と言うか、誰かを彷彿とさせるなあ」
 どうやら見守っていたらしい八左ヱ門は美土里と一年生たちを微笑ましげに見つめていた。
「留先輩の事?確かにあの人子ども好きだしね」
「留、」
「先輩?」
 仲良く首を傾げる三治郎と虎若に美土里はくすりと笑った。
「六年は組の食満留三郎先輩。顔、似てるでしょ」
「ご兄弟だったんですか!?」
 一平が確かに似てるーと声を上げれば孫次郎が似てるかもと頷いていた。
「別に兄弟でも親戚でもないわよ。でもそっくりだから驚いちゃった」
 くすくすと楽しそうに笑う美土里の細めた眼はどこか遠くを見つめ懐かしんでいるように感じて、傍にいた孫兵は首を傾げたのだった。

「美土里ー」

 飼育小屋の外から聞こえた声は、話題に出てきた留三郎の物で、一年生四人は思わず顔を見合わせていた。
「あれ、どうしたんだろ」
 美土里は蚯蚓の入った壺を持ったまま小屋の外へと歩き出す。
「はーい?」
「よかった、ここに居たか」
「居たよ。留先輩も委員会中じゃないの?」
「委員会中だけど抜けて来たんだよ。見るに見かねてな」
「伊作先輩また落とし穴でもハマったの?仕方ない人だなあ……じゃあ委員会の仕事終わったら行くよ。ありがとね、留先輩」
「おう。委員会頑張れよ」
 少し死角にはなっていたものの、くしゃりと留三郎が美土里の頭を撫でる時の表情が、他の後輩を撫でるものとは違う気がして孫兵は首を傾げた。
 兄弟のようなものだからだろうかとも思ったが、そう言う愛しげなものには見えず、どこか悲しそうなものだと思いながら、孫兵はすっとジュンコの額に手を伸ばしてそっと撫でた。
「……六年生と仲いいんだな」
 ぽつっと不意に呟くように紡がれた八左ヱ門の言葉に美土里は振り返る。
「だってくのたまだもの」
 さも当たり前のように答えた美土里の言葉の意味はわからなかったが、上級生である八左ヱ門はその意味を汲んだらしく、不快そうな表情を浮かべていた。
 さっきまで色を変えなかった瞳が寂しそうに揺れたのが、孫兵には一瞬だけ見えた気がした。


  *    *    *


「……軽蔑を、されたのだと思います」
 ぽつぽつと腕の中で一日の出来事を語る美土里に、伊作は「そっか」と答えた。
 別に美土里は答えを求めておらず、伊作自身も答えを与える気はなかった。
 ただ気だるげに身を預ける美土里の身体をそっと包みなおし、長い黒髪を優しく梳いた。
「美土里ちゃんが生物委員に馴染めてるようで安心したよ」
「馴染めてるんでしょうか?」
「少なくとも伊賀崎は美土里ちゃんのこと気に入ってると思うな」
「私も伊賀崎は割と気に入ってます」
「綺麗だから?」
「はい」
「確かに伊賀崎は綺麗な子だよね。でも僕は美土里ちゃんの方が綺麗だと思うな」
「……伊作先輩の助平」
「うーん、でも本当の事だし」
 笑みを浮かべて首筋に唇を寄せれば美土里は小さく身じろぎ、くすくすと笑った。
「伊作先輩」
「ん?」
「私、冬休みの実技課題受けることにします」
「……そっか」
「いつか……分かってくれますよね」
「分かってくれるといいね」
 伊作に縋るように震える美土里の背を伊作は優しく撫でた。
「伊作先輩っ」
「うん」
 泣きそうな顔を上げた美土里の唇に伊作は唇を寄せた。
「大好きだよ、美土里」

(例え君が痛いほど、竹谷のことを想っていても)



⇒あとがき
 伊作が不運だけど美味しい役どころな件。……ごめんなさい趣味です。
 竹谷さんが出番ないのこれ仕様なんで諦めてください。
 次なんてもっと出番ない気がする\(^o^)/
20100810 初稿
20220826 修正
res

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