01 黒の皇子と銀の邂逅
アッシュフォード学園生徒会副会長であるルルーシュ・ランペルージは退屈そうにため息をついた。
「こぉら!」
ぱこんとノートを丸めたもので頭を叩かれ、ルルーシュはばっと顔を上げた。
そこにいるのはアッシュフォード学園生徒会会長ミレイ・アッシュフォードである。
アッシュフォードの姓の通り、彼女はこの学園の理事長であるルーベン・アッシュフォードの孫娘である。
「何ため息ついてるのルルちゃん。しゃきしゃき手を動かぁす!」
「動かしてますよ、会長」
「嘘ばっかり!ぼーっとしてた上にため息までついて」
同じクラスでもあり、水泳部にも所属しているシャーリーが「もう!」とルルーシュに文句を言う。
これが"ルルーシュ・ランペルージ"の何時もの風景。
さっきまでぼんやりしていたのは、書類の中に"ロイド"という名前を見つけたからだ。
ロイドという名前はさして珍しい名ではなかったが、ルルーシュにとっては特別な名だった。
「ルルちゃん、本当どうしたの?」
「なんでもないですよ、会長」
"ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア"はもういない。
今から7年前、このエリア11がまだ日本と呼ばれていた頃。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはこの地で死んだ。いや、属領国であるこのエリア11で当時の日本政府に殺されたということになっている。
突然の宣戦布告を正当化するための方便であったが、皇族を除名されたルルーシュを亡き者にしようと本国から暗殺の手が伸びた。
戦乱の最中でどうにか逃げ延びたルルーシュは妹ナナリーと共にアシュフォード家に助けられた。
そして姓をランペルージに変えこのアッシュフォード学園でのんきな学生生活を過ごさせてもらっている。
足と目が不自由なナナリーを守るためには、それしか今は方法がないのだ。
だが、いずれ祖国を―――ブリタニアをぶっ壊す。
その決意だけは7年前から揺らいでなどいなかった。
「すみません、会長。ちょっと外出てきます」
どうにも頭を切り替えられそうにない。
ミレイもそれを悟り、肩を竦めて容認した。
シャーリーが突き刺すような視線でその背を睨んでいたが、ルルーシュはそれに気づかぬ風をしながら外へ出た。
屋上へ向かい、青い空を見上げる。
「……綺麗なアイスブルーだったな」
目を閉じて思い出す。
青みがかった銀色。それが緩やかにウェーブを描く柔らかな髪。
尻尾のように長く伸ばした髪を邪魔になるからと切ってしまったときは少し悲しかった。
彼の綺麗な髪を触るのが好きだった。
たまにしか触らせてはくれなかったけれど、それでもあの柔らかな感触が忘れられない。
「……ロイド」
名を呟くと寂しくなる。
自分に騎士は必要ない。
そう言い聞かせなくてはいけなかった。
幼い頃から周りは敵だらけだった。
心を許せる人なんて殆ど居なくて、婚約者だって暗殺者だと思わなくては生きていけないとまで思っていた。
だから傍にはミレイしか置かなかった。
ミレイはルルーシュが昔から好きだった。
その好意を自分は利用して傍に置いている。
今も、昔も。
「ごめんなさい」
巻き込みたくなどなかった。
ロイドは第二皇子の学友であり、彼の騎士を周りから示唆されていた。
将来有望の第二皇子と後ろ盾の少ない第十一皇子。
どちらか有益なんて、
「わかってる」
それはルルーシュの呪文。
ずっと全部押し込めてきたルルーシュだけの呪文。
「でも……」
それでも涙が溢れるのだ。
騎士にと望む彼の真摯な眼差しを裏切ったのは自分だ。
「……会いたい」
ルルーシュは空を見上げた。
* * *
神聖ブリタニア帝国属領エリア11。
ほんの7年前まで日本と呼ばれていたこの場所でロイド・アスプルンドは退屈そうにため息をついた。
「ロイドさん」
ロイドを責めるように部下であるセシル・クルーミーが睨む。
「だってさぁ、今一いいパーツがないからさー」
「パーツじゃなくてディバイサーです」
セシルの指摘などどうでもいいと言うようにロイドはひらひらと手を動かした。
「大体さー、これ全員分じゃないでしょ?」
画面を指差し、ため息をつく。
クロヴィスが寄越したのはブリタニア人のみのデータであり、たしかに全員ではない。
軍はなにもブリタニア人だけで構成されているわけではない。
他の属領国からもそうだが、ブリタニアに忠誠を誓うのならば名誉ブリタニア人になれる。
軍の中枢の多くはブリタニア人であるが、純血派と呼ばれる者たちがいるだけあって他の血筋が混ざったものもいる。
それは政略結婚の果てであったり理由はそれぞれだが、そこにロイドは興味ない。
「クロヴィス殿下にお願いして今度こそ全員分貰ってきてよ〜」
「私が、ですか?」
「別に他の人でもいいよぉ」
どうあっても自分が行く気はないようだ。
セシルはそれに気づいて深く深くため息をついた。
「……いってきます」
「がぁんばって〜」
あは〜といつもの彼らしい笑いを浮かべ、セシルが出て行くのを見送った。
画面をスクロールし、一つの名前をもう一度見る。
「同じ訳ないんだけどねぇ」
それでも同じ綴りの名に目を細める。
「僕ちょっと出てくるねぇ」
「え!?」
ランスロットの整備でも始めるかと思っていた上司の発言に部下たちは度肝を抜かれた。
あのKMF狂いのロイドがついに可笑しくなったか!?
誰もがそう思っているのを理解しながらも気にはせず、ロイドはその場を後にした。
* * *
間借りさせてもらっている研究所の外には小さな花が咲いていた。
紫色の小さな花。
このエリア11の花だろう。ロイドは専門ではないので興味がないが、思い出す。
「……殿下」
ぽつりと呼ぶのは、悪友で上司の第二皇子シュナイゼルでも、このエリア11を統括する第三皇子クロヴィスでもない。
昔からただ一人。
同じ皇子でありながら、ブリタニア皇帝の宮殿から随分と離れた場所にあったアリエス宮で暮らす第十一皇子。
紫がかった母親似の黒髪を揺らし、透き通るような紫の瞳で自分を見上げる。
小さな小さな、一番お気に入りの皇子。
「貴方は何処に居ますか?」
死んだとシュナイゼルは言った。
だけどロイドは生きていると言った。
世間は死んだ思っている。
だけどロイドは生きていると思った。
誰もが思った。
ロイドは壊れた。
元から壊れていたけど、もっと……心の奥で壊れた。
だけどロイドは壊れてなんかいない。
ただ彼が生きていることを信じて願わないだけだ。
「ねぇ、殿下」
生きているのなら、願わくば自分をあなたの騎士に―――
ロイドは空を見上げた。
「……会いたい」
二人はまだ気づかない。
同じ大地に足をつけていることに。
⇒あとがき
あぁぁぁぁもうロイドとルル二人とも想いが純粋すぎて苦しいよぅ!!
早く再会……させたいけどどこで、どうやって?(汗)
20070421 カズイ