03 黒の皇子と銀の誓約
出会ってそろそろ一年。
長いようで短い一年。
最初にあった一年前。二度目に再会した半年前。
それ以後は月に一度のペースではあるが、ルルーシュはロイドの家に向かう。
すべてはロイドが研究しているものと、ルルーシュの興味があったものがたまたま同じだから叶ったことである。
「ルルーシュ殿下ぁ。今日が何の日か知ってますか?」
「今日?」
ルルーシュはカレンダーの記憶を呼び起こす。
だがこれといってロイドが興味惹かれるような事柄はないはずだ。
「ルルーシュ殿下って大事な事忘れてますよねぇ」
「そう、なのか?」
子どものように拗ねたロイドにルルーシュは困惑する。
それほどまでに大事なことがあっただろうか。
自分の誕生日でもない。
彼の誕生日でもない。
何か大きなイベントがあるわけでもない。
ごく当たり前の休日。
といってもこれはロイドの休日であり、世間一般の休日の日では実はない。
言い換えれば、何気ない平日の昼下がり。
ルルーシュはさっきまで目を通していた本に栞を挟み、本を閉じた。
そして必死にその日を呟いてみる。
「あ」
思い当たった。
だが……
ちらりとロイドを見ると、「何?何?」とでも言うようにルルーシュをじっと見ている。
「シュナイゼル兄さまと初めてチェスを打った日」
「もうちょっと!」
もうちょっと?
ルルーシュはああとも思った。
言葉を変えなくてはいけないのだと気づいたからだ。
「ロイドと初めて会った日だ」
「だぁいせーかい!!」
ぱちぱちと拍手をするロイドはとっても楽しそうだ。
よかったとルルーシュはほっと胸を撫で下ろした。
* * *
「やあ、ルルーシュ。今日は出かけていたみたいだね」
帰宅後、しばらくしてクロヴィスが来た。
面倒な。
とも思ったが、無碍には出来ず、ルルーシュはクロヴィスに笑みを向けた。
「今日もチェスを?」
「ああ。今からでも時間は大丈夫かな?」
「はい」
夕食まではどうせ時間もある。
最悪第三皇子に対して失礼かとは思うが、離宮の夕食にでも招けばいい。
自室にクロヴィスを招き入れ、ルルーシュはチェス盤を置いたままの机に歩み寄った。
兄が先に座るのを待って、自分も座った。
「今日はシュナイゼル兄さまのご学友の所へ行く日だったのかな?」
「はい。今日は機械工学ではなく詩集を読みました」
「そうか。どうだった?」
アスプルンド家へ行くようになってからのルルーシュは少し変わった。
どちらかと言えばクロヴィスの話の聞き手のみで、自分から話したとしてもマリアンヌやナナリー、いい時でミレイの話をするくらいだ。
それ以外にルルーシュのボキャブラリーと言えば本当に本だけだった。
それもクロヴィスも見慣れている帝王学であったりつまらない本ばかり。
それに比べればアスプルンド家の蔵書は多く、ジャンルも多岐にわたるためにルルーシュの興味は尽きないようだ。
元々頭の賢い子であったが、感情の起伏の少ない少年だとクロヴィスは感じていた。
だが今のルルーシュはどうだろう。
以前に比べて口数も増え、若干ではあるが笑みの増えた弟をクロヴィスは愛しく思っていた。
「チェックメイトです」
「おっと……また私の負けか。悔しいね」
最初に負けてから数度、ルルーシュは手を抜いて彼を勝たせたが、彼はつまらないからといつだって勝つつもりでチェスを打っている。
一年も期間があればクロヴィスだって腕は上がる。
時折ルルーシュも驚く手を打つときもある。
「クロヴィス兄さまはここで手を誤ったのですよ。この一つ前の手にはひやっとしましたが」
くすくすと笑うルルーシュに、クロヴィスは目を細めた。
「ねぇルルーシュ」
「はい?」
「お前も騎士を持ってはどうかな」
「え?」
「戯言と受け取って貰ってもかまわないよ」
微笑むクロヴィスにルルーシュは戸惑うばかりだった。
一桁の皇子・皇女ならまだしも、ルルーシュは十一皇子で継承権は更に下の十七位。
自分を守る騎士などいやしない。
いるとしたらそれは父に忠誠を誓った偽りの騎士だけだ。
分かり切っていた。
「今度シュナイゼル兄さまの騎士の拝命式が行われることになった。と言っても騎士の誓いは既に一度行われたけどね。……見届け人は僕だ」
だからお前に会いに来たのだとクロヴィスは言った。
「どう、して?」
「……どうしてだろうね」
クロヴィスは苦笑を浮かべた。
それはそれは悲しげな視線だった。
「必要だと思ったんだ」
それ以上を語ることはなかった。
夕食をと言われたがそれを辞してクロヴィスは宮殿へと帰った。
クロヴィスの言葉の意味を知るのはもっともっと先だった。
* * *
「騎士ぃ?」
三ヵ月後、なんだかんだと折り合いがつかず、久しぶりに訪れたアスプルンド家にて、ルルーシュは騎士の話を切り出した。
またロイドが暇だと言うから話題を探したらそれしか浮かばなかったのだ。
「クロヴィス兄さまが何を思っていったのかは判らない。それでも……理解はしているつもりなんだ」
それに一桁以下、二十位までの皇位継承者の順なんであるようでないほどすぐに変わってしまう。
ましてや自分の母は庶民の出で、その強さを買って皇妃になったに過ぎない。
競い合う貴族出身の母たちは競って継承順位を上げたがる。
高位の地位だってそれほど多いわけ訳ではないのだから。当然のことだ。
ナナリーには継承権はないが、それでも何かしら起こってもなんら可笑しくはないだろう。
「でも、僕に従う人なんて居ない」
全部父のモノ。
「ルルーシュ殿下は騎士をお選びに?」
「どうだろう……。選んだところで父上が許すとは思わないんだ」
「それはなぁぜ〜?」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは生きてはいないから」
分かってる。
「ねぇ〜ルルーシュ殿下」
ロイドはソファから降りてルルーシュの足元に跪いた。
「ルルーシュ殿下はどんな騎士をお望みですかぁ?」
「空っぽのルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに騎士は必要がない」
「ん〜だったら例えばでいいですよぉ」
「……傍にいてくれる人。本当は守ってくれる人が好ましいのだろうけど」
それはクロヴィスの願いだ。
だが守ってくれるような騎士などいやしないのだ。
「そうですかぁ」
彼とももう、終わりだ。
それは互いに感じたものだ。
ロイドはそっとルルーシュの手に口付けを落とした。
言葉のない、静かな誓いだった。
それはルルーシュにあの舞踏会の夜の言葉を思い起こさせた。
「ねぇ、ルルーシュ殿下。僕のこと、彼女みたいに扱いません?」
愉快そうな声で、ロイドはそう言った。
ルルーシュは一瞬"彼女"と言うのが誰のことなのか分からなかった。
だがすぐに理解する。
"彼女"とはミレイ・アシュフォードのことだろう、と。
「ああ。そうする」
「ルルーシュ殿下」
愛しげに名を呟かれる。
その日、ルルーシュの唯一の安らぎは失われた。
その数ヵ月後、ルルーシュは幸せをも失った。
⇒あとがき
はい。これにてルルーシュ視点終了。
一応補完でロイド視点を書いてみようかと思います。
いっちょやりますぜ☆
20070415 カズイ