01 黒の皇子と銀の青年

 隔離されたようなアリエス宮。
 そこは、ブリタニア皇室の一人マリアンヌが住まう離宮である。

 皇妃マリアンヌの子の一人・ルルーシュはため息をそっと吐き出した。
 ため息のそもそもの原因は第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの所為だ。
 最初はあんなに毛嫌いしていたというのに、ルルーシュがチェスを学んでいると知るや、態度を180℃も変えて懐いた。
 何度も何度もルルーシュを訪ねてきてはチェスの勝負を挑んでくるのだ。
 挙句の果て、今までルルーシュとは一切付き合いのなかったシュナイゼル・エル・ブリタニアに勝手に紹介し、その所為でルルーシュは彼のチェスの相手をしなくてはいけなくなった。

 クロヴィスのチェスの腕前は、ルルーシュに言わせて見れば低い。
 だがシュナイゼルは恐らく違うだろう。
 彼は第二皇子とはいえ、若くしてブリタニア皇帝を次ぐ有望株だと言われている。
 ルルーシュ自身も彼が皇位を継ぐだろうと考えていた。
 第一皇子はだめだ。
 ルルーシュはまだ7つにも満たないながらに冷静に物事を悟っていた。
 まるでチェスの盤を見るかの如く、その冷えた眼差しでブリタニアを見ているからに他ならない。

―――コンコンッ

 部屋の戸を、叩く音がして、ルルーシュははっと顔を上げた。
「何だ」
「ルルーシュさま、シュナイゼル殿下の使いの者が参りました」
「……今行く」
 こうなってしまえば行くしか道はない。
 ルルーシュという存在はこのブリタニア帝国の中では一個人ですらないのだ。
 わかっている。


「お初にお目にかかります、ルルーシュ皇子殿下♪」
 待っていたのは銀髪の青年であった。
 年のころはシュナイゼルと同じ位といったところだろうか。
 眼鏡の奥は細められ、愉快そうな口調同様、口元は笑っている。
 自分よりも無邪気そうな男にルルーシュは眉を寄せた。

 クロヴィスに聞いたことがある。
 シュナイゼルには銀髪の学友がいると。
 その学友は、伯爵家に生まれながらも、実力で神聖ブリタニア軍の技術部に所属予定となったという。
 伯爵家の産まれであることもあり、やはり特別待遇の受け入れが決まっている。
 エリートと俗に言われるが、その実かなりの変人だと言う。
 確か、名は―――

「ロイド・アスプルンド伯爵?」

「あは。僕自身はまだ爵位を受けてないんですが、ご存知だったんですかぁ?」
「小耳に挟んだ程度でしたので、失礼致しました」
「お気になさらずに〜」
 どうやら名は間違いではないようだ。
 ルルーシュはほっと内心胸を撫で下ろした。
「ささ、行きましょうか」
 ロイドの案内でルルーシュは歩き出した。



 アリエス宮よりも豪奢な宮殿の内部。
 ルルーシュはここがあまり好きではなかった。
 だから何度も挑戦しようとするクロヴィスをアリエス宮に来るように仕向けた。
 煩わしかっただけではないのだ。
「気になっていたのですが、何故ろ……あなたが私を迎えに?」
 爵位を受けていないと言ったのだから、どう敬称をつけていいものか図りかね、ルルーシュは呼び方を無難なものに変えた。
「んー。ロイドで結構ですよ、ルルーシュ皇子殿下」
 ロイドは絶えぬ笑みでルルーシュを見下ろした。
 正直不快ではあるが、自分がまだ幼く小さいことは判っている。
 それに彼の笑みがどこかルルーシュは好きだと思った。
 人の良さそうな笑みとは到底思えない、嫌な笑みではあるのだが。
 露骨過ぎないが、やっぱりどこか露骨な曖昧なことがいいのかもしれない。
「そうですねー……興味があったんですよ」
「興味?」
 ドキっと胸が鳴った。
 クロヴィスは煩わしくあるが、誰かが自分に興味を持ってくれるというのは嬉しいのだ。
 父に疎まれているからこそ余計に。
「マリアンヌ皇妃に」
 だがそれは思い過ごしだったようだ。
 ルルーシュは思いが顔に出ないよう平静に務めた。
「母に、ですか?」
「正しくはマリアンヌ皇妃のために作られたKMFにですけどねー」
 あはっと彼特有と言うのだろうか、そういう笑いをした。

 彼が言うKMFはマリアンヌが庶民の出でありながら戦場へ出る騎士侯と呼ばれる職業軍人であったため、KMFの第三世代として彼女のために作られたもののことを指している。
 まだ幼いために知識としてしか知らないが、ルルーシュもある程度KMFの事・操縦の仕方を知っている。
 いずれは己もそれの操士・ディバイサーとなり、総督府に総督以下の役職として就くことだろう。
 もしかしたらディバイサーなどならず後方支援か、それとも役職もない生きる屍でありつづけるか。
 いずれにしろ、決めるのは自分ではない。
 この国の王であり、父であるブリタニア帝国国王だ。

「まぁ、ルルーシュ皇子殿下にも興味がありましたけどね」
「え?」
 突然の付け足しに、ルルーシュはぱっと顔を上げた。
「小さいながらにお強いんでしょう?」
 「チェス」、と駒を動かすような動作をして見せた。
「私なんて、まだまだで……」
「まったまたー。謙遜しちゃってぇ」
 ロイドはくつくつと笑い、立ち止まった。
「ああ、ここですよ」
 ロイドは扉を叩いた。
 だが返事を待たずに扉を開けた。
 目的の人物の部屋であるのならば、ここは第二皇子の部屋であるはずだ。
 ルルーシュはロイドの行動に思わずぎょっとしてしまった。
「シュナイゼル殿下ー。ルルーシュ皇子殿下連れてきましたよ♪」
 実に楽しそうに室内に声を掛け、ロイドは扉を開けてルルーシュを先に入るように促す。
 伯爵というのは間違いではなさそうだ。
 性格に難ありのようだが、作法に問題はない。
 ……扉を急に開けることを除いては。

「ああ、ルルーシュ。よく来たね」
 柔らかく微笑むシュナイゼルは、窓から差し込む燦燦とした太陽に、金の髪を揺らめかせた。
 ルルーシュは遠目でしか見たことのなかった義兄に僅かに緊張しながらもどうにか言葉を紡いだ。
「今日はお呼びくださって有難う御座います」
「こちらこそ、私の時間に合わせてもらってありがとう」
 柔らかい微笑み。
 だが、よくよく見ればそれは仮面だ。
 彼は狙っているのだから。
 王の椅子を。
「こちらへおいで、ルルーシュ」
「はい、シュナイゼル兄さま」
「ふふ、なんだかくすぐったいね。クロヴィスにも同じ呼び方をされていると言うのに」
 実に楽しそうに笑うクロヴィスの笑み。
 今度は本心のようだ。
 仮面を被っているのは寧ろ自分だ。
 だからこそわかるのだ。
 クロヴィスの笑みの意味も、仲の良い第七皇女・ユーフェミアの思慕の本当の意味も。
「ロイド、君はチェスが好きじゃなかっただろう?」
 どうする?と言外に訪ねられたロイドは彼らしい笑みを浮かべ、後を追ってきた。
「面白そうだから見てるよ」
 気安い口調。
 それだけで二人の仲の良さが伺える。
 ルルーシュにはそんな存在が居ない。
 隔離された離宮では身の回りの世話をする者たちと家庭教師、それにクロヴィス・ユーフェミアとの付き合いしかない。
 ユーフェミアを溺愛している第二皇女・コーネリアはルルーシュを勝手にライバル視しているため仲良くなろうとは思えないし、他に年の近い者がまわりに居ない。
 それを今まで寂しいと思ったことなどなかったのだが、今ばかりは寂しく思った。



 チェスの勝敗はシュナイゼルだった。
 やはりシュナイゼルは強く、ルルーシュはとても悔しかった。
 だが勉強にはなった。
 シュナイゼル自身も楽しんだのか、ルルーシュにまたチェスの相手をしてくれと頼んできた。
 もちろん断るわけにも行かず、ルルーシュは是と答えた。

「シュナイゼル殿下、そろそろ」
「ああ。すまないね、ルルーシュ」
「いいえ。紅茶まで頂いて……少々長居をしすぎてしまったくらいです。では、また」
「ああ、また」
 ルルーシュが席を立つよりも早く、隣に座っていたロイドが立ち上がった。
「僕送って行くよ」
「え?あ、そんな……」
 シュナイゼルの客人である彼にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
「シュナイゼル殿下は忙しそうだけど、僕もう少し暇なんだよね」
 だからさとロイドはルルーシュに微笑む。
「もう少しお話しませんか?ルルーシュ殿下」
 低い物腰で言われ、ルルーシュは戸惑う。
 その様子を見ていたシュナイゼルはくすくすと笑った。
「ロイドのことをお願いしていいかな?ルルーシュ」
「はい、シュナイゼル兄さま」
 ルルーシュは慌てて返事をして、シュナイゼルに礼をした。
 そしてロイドと共に部屋を後にした。
 部屋を出る間際にシュナイゼルはロイドに何かを言い、ロイドはただ「あは!」と笑うだけであった。


 特に面白い会話があったわけではない。
 ルルーシュが興味本位に彼の学ぶ分野について訪ねてみると、彼がペラペラと一方的に話してくれたのでルルーシュは良い聞き手に徹しようと耳を傾けた。
 聞いてみれば中々に面白そうではあったので、ルルーシュの脳裏には彼の話は印象深く根付いた。
「ルルーシュ殿下って不思議ですよねぇ」
「そうですか?初めて言われました」
「あは!僕が初めてですかぁ。うれしいな〜」
 笑う姿。
 シュナイゼルや自分が仮面なら、彼は道化の皮でも被っているのかもしれない。
 観察するにはとても面白そうだ。

 だが彼にこうして会うことはそうそう叶わないだろう。
 だからこそほんの一時。
 生きる屍であろうと、一時の幸せくらい望んでもいいだろう。
「ルルーシュ殿下?」
 気がつけばアリエス宮へたどり着いてしまったようだ。
「すみません。ありがとうございました、ロイド」
「いえいえ〜」
 へらんと笑う彼は、去って行った。
 宮殿に戻る振りをして、一度だけ振り返った。

 彼は振り向かなかった。
 それでいい。
 自分は生きる屍。
 飼い殺されるモノなのだから。
 情など覚えてはいけない。


 それでも……

(できることなら、再びロイドに会えますように)



⇒あとがき
 幼き日の邂逅。
 初スザルル以外のCPで、しかも続く!という……無節操なやつだよ、私って奴は。
 でも捏造大好きだぁぁぁぁぁ!!!!←幻水で実証済み
 そして昔のロイドは髪が長いことを全力で希望する!!!
20070414 カズイ
res

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