08.腫れ物

 授業中。
 いつもなら教師の叱咤などなんのそので居眠りをしているところなのだが、栄純は起きていた。
 上下逆さまの教科書はそのままに、ぼんやりと視線が空中を彷徨う。
 今この身体は精神的―――つまりなにか心の中の悩みが発症の起因があるからなのだろうと理解はしている。
 悩みごとなんてたくさんある。
 どうやったらバッテリーのことであったり、二軍のままであるということだったり、倉持はどうやったら自分でプロレス技を試すのを止めてくれるのだろうとか。つまりはくだらないものからまじめなものまで色々ある。
 その中でも一番の悩みはあれだろう。
 クリスのことだ。
 もちろんバッテリーの関係性云々ではなく、人としての付き合いの問題。
 自分はクリスに恋をしていると言う事実。
 その答えを出したのが自分自身ではなかろうと、答えは出ている解決しているはずの悩みだ。
 だから思いつめるほどの問題ではない。
 叶うことがないことも解っている恋なのだ。

 そう言えば、その想いに振り回されることがなくなった。
 この身体のことで頭が一杯になっていた。
 野球がしたい!
 クリスに球を捕ってもらいたい!
 その純粋な感情だけで動けていた。
 その想いが恋と知る前のように。

「沢村ぁ……保健室行くか?」
 心配そうにその時間の教科担当教師は言う。
 栄純が午前中病院に居たことは当然出席確認の名簿でわかっていることだったし、クラスメートたちも当然理解していた。
 いつも元気すぎるか寝ているかの栄純の様子の違和感に皆戸惑っていたのだ。
 ただの怪我ではなく病気のようでもあるようでなんとも聞きにくいために何故病院に行ったのかということは生徒達は当然知らない。
 教師も検査のためとしか聞いていないので付き合いもそれほどではないことも相まって聞きにくいようだ。
 当の本人が口を開くわけでもないのだからそこも推測するしかないのだった。
「ぬお!俺は普通にしなきゃならないんだった!すんません!!」
 不意に医師の言葉を思い出した栄純はそう言って机に突っ伏した。
 明らかに何かを隠しているようだが、教師もそれを問いただすのを躊躇われた。
 いつもならおかしな寝息が聞こえてもいいはずなのに、チャイムが鳴るまで起きていたときとそう変わらない授業風景が続いた。

  *  *  *

「よーし!部活に行くぞー!!」
「空元気もほどほどにね」
「ん?何か言ったか春っち?」
「なんでもないよ」
 春市は首を横に振り、栄純の後を追いかけた。
 ちなみに同じく部室に向かう降谷はすたすたと一人先に行ってしまった後だった。

「よー、沢村」
 部室が近くなった辺りで、不意に声を掛けられて栄純は振り返った。
「げ、御幸!」
「げとはなんだげとは。つーかお前朝錬の後午前中ずっと病院に行ってたんだって?」
 遠慮なく聞いた御幸に春市は驚いて言葉に詰まる。
 問われた当の本人はぽかんと口を開いてしまっている。
 だがはたっと気付き、言葉を返す。
「なんで御幸がそのこと知ってるんだ?」
「倉持のやつが朝からやけにそわそ」
「俺が話した」
 御幸の言葉を遮り、倉持は乱雑にそう言い放った。
 その言葉の鋭さに目をぱちくりとさせ、栄純は首を傾げる。
「そんなことより、ちょっと来い」
 倉持は栄純の腕を引っ張り、御幸と春市から少し離れて距離を置いた。

「で、原因わかったのか」
「わかんなかった」
 肩に腕を置かれ、内緒話のように小声で問われ、栄純も出来うる限り小声で返した。
「はぁ!?」
 倉持の驚き声に栄純は眉間に皺を寄せるだけで、言葉を続けた。
「せんしょくなんたらとか言うのに異常がなかったんだよ」
「それでどうするんだお前」
「どうって……とりあえず様子見?今日後で部活見に来るつって」

「あ、クリス先輩」

 コソコソと離す二人を大人しく遠巻きに見ていた御幸がそう声を発し、栄純はぴくりと反射的に肩を揺らしてしまった。
「……沢村?」
 肩に腕を回してたためにその些細な変化に気付いてしまった倉持は栄純の顔を覗き込んだ。
 だがそのときには既に栄純は「おいしょー!」の掛け声とともに自分に気合を入れていた。

「ちーっす!」
 倉持の腕を解いて振り返り、元気よくクリスに挨拶をした。
 いつも通りの元気のよさなのだが、やはりいつもとどこか違う。
 さっき少し言葉を交わした御幸だけでなく、クリスもその違和感に気付いた。
「沢村!」
 クリスが口を開こうとする前に倉持が栄純の名を強く呼んだ。
 反射的に直ぐに振り返った栄純に安堵を覚えながらもそれを顔に出さず、倉持は淡々と言葉を紡いだ。
「お前部室に向かってたけど、ユニフォーム部室じゃなくて部屋だろうが」
「だああ!そーだったー!!」
「それから、副部長のとこに寄るのも忘れんなよ」
「なんで」
「……包帯」
「ぬおぉ!それも忘れてたァ!!俺行ってくる!!」
「おーおー、今すぐ行って来い」
 しっし、と倉持は手を動かし、栄純はそれを見る間もなく走り出した。

  *  *  *

「あ、栄純くん!……行っちゃった」
 春市の言葉に沈黙が走る。
「お前、今日やけに沢村について隠してないか?」
 探るように眼鏡の奥の瞳が倉持を睨む。
「気のせいだろ」
 けろっと倉持は答えてみせる。
「包帯って、栄純くんは怪我してるんですか?」
「つーか……ある種の腫れ物じゃねぇ?」
 ヒャハと、倉持はいつもの笑いで誤魔化した。
 事情を知らない春市は「そうなんですか」と納得することにした。
 が、キャッチャー二人はそうはいかないらしく、探るような視線がチクチクと突き刺さる。
 倉持はそれを無視しながら部室へと足を踏み出した。
 そして見えない位置でにやりとどこか優越に満ちた笑みを浮かべた。

腫れ物だろ、あの胸



⇒あとがき
 なんだかんだいいつつ倉持は栄純甘い。っていうかラブ。ラブに関して自覚なしだとなお良し。
 それにしても前々回の話を含めてクリ沢よりも倉沢率の高いこの状況どうしましょうかね(笑)
 ま、どうもしませんが。←おいw
 うっかり下書きの段階で降谷の姿が影も形もなかったのが寂しかったのでそーっと無意味なところで降谷の名前を出してみました。
 降沢もこの中で書けるといいな!←なんて無茶w
20080328 カズイ


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