06.女の勘
青心寮の五号室。
同じ部屋の三人が揃って早起きしたのはこの部屋以外にないだろう。
思わずそう思うほど今日は何も無い普通の日なのだ。
そう普段通りの練習以外は特に何も無い……
「んのぉ、ぐえ!」
「早朝だっつの!」
叫ぼうとした栄純の頭を問答無用で倉持が拳骨で殴った。
この際栄純の脳細胞が死のうがどうだっていい。まぁはじめから気にはしていないが。
「こうなったら腹くくれ、沢村」
「いーやーだー」
泣きながらベッドの柱にしがみつく栄純の手を増子が解く。
「ちょっ、増子先輩の裏切り者ぉ!」
「だから早朝だっつの」
背中を蹴飛ばし、ベッドの柱から剥がれた栄純に着替えを放り投げる。
「さっさと着替えろ」
「でも」
「大体この俺が一日黙ってただけでも奇跡に思え」
「それ威張ることじゃねぇぞ倉持!」
倉持自身もさっさと着替えに手を伸ばす。
何だかんだ言いながらもこうやって面倒を見ている辺り、結局は今日も黙っているだろうなぁと思ったがそれを口には出さない増子であった。
* * *
練習時間よりも早い時間、栄純は礼の前で正座をしていた。
場所は以前も正座をさせられた上、クリスのことで御幸に怒られたことのあるあの部室である。
ちなみに栄純は自主的に正座をし、その後ろに倉持と増子は立っている。
「……事情はわかったわ」
礼は重々しく溜息をついた後そう言った。
「朝練の後病院に行くわよ」
「びょ、病院!?」
思わず頬を引きつらせた栄純を、礼は「何か文句でも?」という顔で睨んだ。
「う……はい」
大人しく頷いた栄純だったがうんうんと唸っている。
その様子を見てもあまり病院が好きじゃないことは判る。
「はぁ……安心しなさい。腕は保証する医者を紹介するから。腕はね」
「……なんでそこを強調するんすか」
思わず栄純は両腕を抱えるようにして後ろ向きに下がった。
「あんなのでも腕だけはいいのよ。もう奇跡といっていいわ」
やけに座った目をして礼は語り、不気味に笑い出した。
その笑いに栄純の顔がいろんな意味で青ざめていく。
後ろにいた二人もいつもと様子が違う礼に若干驚いて引いているようにも思える。
気が済んだのか、礼はぴたりと笑うのを止めた。
「とりあえず練習に参加してきなさい」
「う、うっす」
「私は病院に連絡入れておくから」
「や、病院はやっぱり……」
「腕だけはいいから安心しなさい」
それが怖いんです!とは言えない栄純であった。
「ああ、その前に……失礼」
礼は椅子から立ち上がると、部室を出ようとした栄純の胸に手を伸ばした。
「!?」
包帯を巻いてあるためにはっきりとは解らないが、触ってみれば確かに柔らかい感触がある。
「そうね……サラシも一応用意しておくわ。包帯じゃ落ちるのも無理ないわね」
その話はしていないはずなのに、礼はそう言った。
栄純が目を白黒させていると、礼はくすっと笑った。
「女は勘が鋭い生き物なのよ」
さ、行きなさいと礼は栄純の背を押した。
* * *
「……あの、なんでわかったんすか?」
一人最後に残った倉持は改めて礼に問う。
「包帯以外でサラシ代わりに出来そうなのはタオルくらいでしょう?でもタオルじゃピンとかを使わないと難しいからまずその可能性はないわ。他に適当な布生地と言う選択もあるけどこれも同じような理由で却下。寮は所詮男所帯だからそのくらいの推測は簡単でしょう?」
「ま、そうっすね」
「……それにしても」
礼はぽつりと呟き、栄純の背を見つめる。
「結構あるわね」
「そうっすね」
「そう、貴方が巻いたのね。包帯」
「!?」
「ま、中身は男同士だから大丈夫でしょうけど、気をつけなさいよ」
ぽんと肩を叩かれ、倉持はなんとも言えない気分になった。
幸いにもその複雑な表情は倉持が来ていないと振り返った栄純と増子には見えていなかった。
女の勘、恐るべし!
⇒あとがき
す、すみません大変お待たせいたしまして!
前に書いたの9月とか本当ありえない><
とりあえず次回は病院に行きます。腕だけいいお医者さんはオリキャラさんですのであしからず!!
20080326 カズイ
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