03.悲しみのゼロ
世界は少女に残酷であった。
少女は己の命に執着がなかった。
ただ、それだけだった。
「ゼロ?」
確かな足取りで、ゼロはアジトのトレーラーの中を歩いていた。
俺に向かって真直ぐ。
「藤堂」
仮面越しの声。
その仮面の下を知っているからこそ俺はゼロをより小さく感じた。
彼と呼ぶには華奢な細い身体。
誰にも明かさない己自身の秘密。
きっと墓まで持っていくのだろう。
敵対するブリタニアの、しかも皇族に生まれた人間がテロリストのリーダーなどと知れれば、皇族の戯れと思われかねない。
それではいけない。
日本が独立するために―――謎の男・ゼロの奇跡が必要だった。
「昼間の演説は聞いたか?」
やけに静かに響いた。
元から黒の騎士団にいた面々はまだ食堂に集まっているいるはずだ。
ゼロの騎士の少女もまた一緒のはずだ。
「ゼロ?」
俺の後ろにいた仙波たちもゼロの異変に気づいたようだ。
「本当に残酷なのは誰だろうな」
ふっと笑う。
「この間の続きだよ、藤堂」
―――痛々しいほどに。
ゼロが何者か知らねばゼロの言葉の意味はわからないだろう。
ゼロが本当は少女で、昼間アシュフォード学園で突然の演説を始めたユーフェミアの義姉で、その騎士のスザクの友達だったと。
知っているのは俺だけだ。
京都六家の重鎮・桐原も皆ゼロが少女であるとは知らない。
ただ、あの日人身御供として贈られてきた哀れな皇子としか。
「ゼロ」
「なんだ」
名を呼べば、瞬時に不機嫌になったゼロ。
四聖剣たちならば俺が口止めすればいい。
「……ルルーシュ」
「っ」
ゼロの手が俺の頬を打った。
といっても非力な少女の平手だ。大した痛みはない。
「藤堂さん!」
「……お前たちは黙っていろ」
避けられぬものではなかったのだ。俺は甘んじて受けたのだ。
彼女の心が傷つくことに比べれば安いものだ。
「俺は君の傍に居る」
守らなければ。
大人として、彼女を慈しむ者として。
小さくて酷く心の弱い、可哀そうな少女を―――
「君が望むのならば、俺は君の騎士になろう」
ゼロは黙り込み、手を引いた。
泣いているのか、僅かに肩が揺れている。
「……いらない」
首を横に振りながら吐き出された声は確実に泣いていた。
「お前は日本人だ。その誇りを踏みにじってまで手に入れたもの、な……ど……」
不自然に言葉が途切れ、ゼロの身体がよろめいた。
慌ててその身体を抱きとめる。
その身体は前に抱きかかえたときよりも軽い気がした。
俺はその軽さに酷い不安を覚えた。
「仙波、卜部、朝比奈、千葉。今見聞きしたことは忘れろ」
「「「「はい」」」」
俺はゼロを部屋へと運び、そっとベッドに横たえさせた。
仮面を外してやれば、涙が顔を濡らしていた。
そっと指で拭うと、ゼロはゆっくりと目を開けた。
「……とうどぅ……」
泣きそうな顔で手を掴む。
つい先日最後は俺に自分を殺せといった口で、
「そばにいて。おいていかないで」
舌足らずに願う残酷な少女。
けれど俺はそれに抗うことなどできなかった。
「ああ、傍に居る。君が望むのなら、永遠に」
優しくキスを落とせば、ゆっくりと瞼が閉じられる。
残酷な少女。
けれどそうしたのは他でもない世界。
ルルーシュはスザクくんを友達以上に思っていた。
ゼロとなっても手を伸ばしたのに、離したと言う。
信頼していたからこそ妹・ナナリーを任せようとしていたルルーシュを最悪の形で裏切ったのだから。
だから、
「"ゼロ"を拒んだスザクくん。それが俺の答えだ」
あの紅蓮弐式のパイロットが頑として譲らないかもしれない。
それでも、俺がランスロットを討とう。
「……ゼロ」
愛している。
紡げない言葉を唇に乗せ、そっと口付けた。
少女が優しい夢を見れるように、そっと、優しく。
⇒あとがき
藤堂さんはゼロに惚れこんでいればいい。
にしても私、スザクに対して酷い?出てないけどさ。
ちゃんとスザク好きだったんですけどねー。おっかしーなぁ。
20070416 カズイ
20080902 加筆修正