02.出会いのゼロ

「あ」
 呟くのが早いか、薄茶色の短い髪とその下にある紫苑の双眸を隠すように被っていた帽子が一陣の風に奪い去られる。
 あれが人に奪われたのならば、その人物を止めて奪うことだって出来ただろうに。
 人の体感時間を止める僕の力―――ギアスでは帽子を捕まえる事はかなわない。
 どうせあれも支給品だ。
 あまり興味のない僕は風に遊ぶ姿を見届けることなく、広げていた地図を閉じて歩き出す。
 荷物は小さな旅行鞄一つ。これも中身も支給品。
 青系統のラフな服装もまた支給品。

 ―――ギアス嚮団。
 そう呼ばれる謎に包まれた組織。
 拠点は特に無く、世界のどこかに常に存在し続ける、世界の闇。
 僕はそこに所属し、ロロと言う名を与えられている。
 出自は知らないけれど、物心つく頃にはすでに人を殺していたことは覚えている。
 自分が年の割に少女のように華奢な身体をしている自覚はあるけれど、これでも僕は立派な暗殺者だった。
 体感時間を止める"絶対停止の結果"のギアスを与えられた僕には人殺しはとても性に合っていた。
 人を殺すことに躊躇はいらない。ただ相手の時間を止めて殺せばいい。
 だけど、今回は違う。
 ブラックリベリオン後、暗殺をすることなくただ死に向けて生きているだけだった僕にギアス嚮団の嚮主であるV.V.が通信を繋いできた。
 傍らには黄緑色の髪の少女。
 そして後から現れたブリタニアの第二皇女―――コーネリア・リ・ブリタニア。
 どうやら僕は"ナナリー"と言う少女と同年代だったと言う基準で彼女とV.V.に選ばれたらしい。少女はどうでもよさげな顔をしていたしきっとそうだろう。
 日本に居るブリタニアの第三皇女―――ルーシュ・エル・ブリタニアの騎士として。
 名前すら初めて聞いた皇女は何故か第三で、ミドルネームがエルだった。
 ブリタニアを出る前に軽く調べたら皇室整理後に初めて姿を現した現皇帝陛下の妹くらいしか分からなかった。
 写真すら載せられていない彼女はニュースにすら取り上げられ手すら居ないようだった。
 でもそれも仕方のないこと。
 それよりも矯正、途上、衛星、すべて関係なくエリアが解放の兆しへ向かっていることや、貴族制度の廃止化等、今ブリタニアと言う国は常に話題が尽きないのだから。

 そして今僕がいるこの日本と言う国は一番にエリアではなくなった国だ。
 過去の名は日本。制圧されてエリア11に変えられ、そして今は合衆国日本を名乗っている。
 誇りのために立ち上がった、正義を翳すテロリスト集団・黒の騎士団によって取り戻されたその国には不思議なことに黒の騎士団のリーダーだったゼロの姿はない。
 興味はないけれど、ブリタニアから日本へと向かう飛行機の中で僕はふと思った。
 ゼロは何故この国を取り戻そうと思ったのだろうか、と。
 噂ではゼロは日本人ではないと言う。
 だからこその"何故"だ。
 ブリタニア人らしい僕でもブリタニアと言う国はどうでもいい。
 それが他国であれば尚のこと。
 一般的に愛国心溢れる人だって立ち上がっても勝利を手にすることは難しいだろう。
 当時は世界一の大国と謳われたブリタニア相手に戦争を吹っ掛けるなんて、愚かもののすることだ。
 でもゼロは立ち上がり、奇跡を起こし続け、勝利を治めた。
 どうせ騎士になるのなら新しい第三皇女よりもゼロの方がおもしろそうだと思うけど……まぁ無理な話だし、どっちにしろ騎士なんて面倒くさいものにはなりたくない。

「……ここか」
 手もとの地図と建物を見比べ、僕は思わずため息を吐いた。
 質素な木造建築。
 寂びれた教会。
 だけど、明るい子どもたちの声が響いている、とても暖かな場所。
 僕とは無縁の場所。
 僕は眉間に皺を寄せながらも、建物の入口へと無理やり足を動かした。
 この扉を開けて騎士なんていらないと言わせる態度を取ってやろうかとも思ったが、そうして帰る場所さえ失うのも億劫だった。
「あれぇ?お客さん?」
 大きな明るい声が背後から掛かり、僕は振り返る。
 そこに居たのは大きな紙袋を両手いっぱいに抱えた若い女の人だった。
「ブリタニア人ってことはまたルル先生のお客さんかな?あ、ちょっと待っててね。今呼んでくるから!」
 勝手に解釈してそう言うと、彼女は紙袋を持ったまま建物の中へと入っていく。
「ルルせんせー!お客さーん!」
 大きな声はしまったはずの扉越しでもよく聞こえるほどだ。
 それにしてもルル先生?
 僕の目的はルーシュ皇女殿下なんだけど。
「うるさいぞナナエ。それに客って誰だ」
「ブリタニア人の男の子だったからルル先生のお客さんかなぁって」
「早とちりするな」
 高い凛とした声。だけど乱暴な言葉遣い。
 どんな女だと思って待っていると、扉が開いた。
 そこに現れたのは深い紫を思わせる黒髪の僕より少し年上の少女。
 僕の姿を見ると大きく眼を見開いた。
「ナナ、リー?」
 V.V.も言っていた名前だ。
 そんなに驚くほど似ているのだろうか。気持ち悪いなぁ。
「……いや、すまない。い……知り合いの子に似ていたから」
 彼女は気持を切り替え、改めて僕に向きなおる。
「君は?」
「はじめまして、ルーシュ殿下」
 そう言うと、彼女―――ルーシュ殿下は突然警戒したような顔に変わる。
「コーネリア殿下の命で馳せ参じました」
「姉上の?」
 彼女は眉間に皺を寄せ、しばらく考え込むように腕を組んで視線を伏せる。
 ふと、彼女の腹部の膨らみに気づいた。
 妊娠?……聞いてないんだけど。
「ここじゃなんだ。中に入れ」
「え?あ……イエスユアハイネス」
 一瞬眉間に皺を寄せられてしまった。
 どうやらここでは彼女は皇女ではないらしい。
 珍しいものでも見るかのように、ナナエと呼ばれていた女の人は笑っていた。

  *  *  *

「……つまり、姉上は神楽耶に対抗してお前を送りこんできたと言うわけか」
 思いっきり要約されたそれがあながち間違いではないと判断した僕は素直に頷いた。
「それでお前はいいのか?若いようだが一応軍人の端くれだろう?先のない私なんかの騎士になってどうする」
「命令ですから」
「それは姉上の、と言うことか?」
「それもありますが……」
 V.V.―――嚮主の命令。
 でもそれは口にするわけにはいかない。
 僕は言葉を濁すに留めた。
「……まぁいいだろう。ライ―――もう一人の騎士候補だ。彼にも言ったが、私は知りもしない人間にナナリーを任せる気にはなれない。お前……そう言えば名前を聞いていなかったな」
「名前、ですか?ロロと呼ばれています」
「ファミリーネームは?」
「ありません」
 首を横に振ると、ルーシュ殿下は眉間に皺を寄せた。
「学園の入学手続きにはランペルージを使えと指示がありますが、呼び名はロロで構いません」
「ちょっと待て」
「はい」
「お前……ロロと言ったな。年は?」
「来期に高等部の一年に編入なのでそれくらいです。正確な年齢は自分でもよくわかりませんが」
「生まれは?」
「ブリタニアのどこかじゃないでしょうか」
「孤児、なのか?」
「ではないでしょうか。聞いた事はありませんが……」
「……そうか」
 ルーシュ殿下は疲れたように溜息を吐き、細い指を額に当ててまた何かを考え込む。

 そう言えばこんなに話をしたのは久しぶりで少し疲れた。
 ちょっとため息をついて、出されたグラスに口をつけた。
 茶色だったから紅茶かと思ったけど、何か独特な風味がある紅茶とは違うものだった。
「……………」
「ん?なんだ、麦茶は初めてか?」
「むぎちゃ……?」
「搗精し焙煎した大麦の種子を煎じて作った飲み物だ。茶葉を使用してないから正確にはお茶じゃないんだがな。日本では随分と昔から飲まれている飲み物だよ」
「はぁ……麦茶、ですか」
 もう一度口をつける。
 甘くない。だけど、まずくはない。
「ロロは可愛いな」
 くすりとルーシュ殿下は柔らかく微笑んだ。
「そうだ。アレはどこにやったかな」
「アレ?」
 首を傾げていると、ルーシュ殿下は僕にちょっと待っていろと言い残して部屋から出て行った。
 ちびちびと麦茶を飲みながら、僕は大人しく部屋で待った。

 時間にして恐らく4〜5分と言ったところだろうか。
 ルーシュ殿下は小さな箱を手に部屋に戻ってきた。
「手を出して」
「イエスユ……はい」
 僕は慌てて氷だけが残ったグラスを小さなテーブルの上に置いた。
 素直に両手を差し出せば、ルーシュ殿下は掌に乗るサイズのその小さな小箱を僕の手の上に乗せた。
 赤いリボンの掛けられたシンプルな可愛い小箱。
「あの……」
「あけてごらん、ロロ」
「え?あ、はい」
 リボンの端を指示されるままに解くと、白いハート形のストラップが姿を現した。
「女もので悪いが、ロロにあげよう」
「僕に?」
「ああ。嫌でなければな」
「嫌じゃ、ないです」
 手に取って見てみると、ロケットになっているようで中にはルーシュ殿下と僕によく似た少女がいた。
「中にある写真、私の隣に写っているのが妹のナナリーだ。誕生日は10月25日、学年はロロと同じだ。ふふ、こうして見るとロロとナナリーは双子のようだな」
 自分でも似ているとは思った。
 V.V.に言われた時と同じように気持ち悪いと思った。
 優しいルーシュ殿下のことは好きになれそうだけど、この子は好きになれそうにない。
「―――ロロは嫌か?」
「え?」
「聞いてなかったな?まぁいい。ロロさえ良ければお前は私の弟を名乗れば良い。ただのランペルージならば怪しまれるだろう?」
「おとう、と?」
「そうだ。姉上には私から言っておいてやるし、ナナリーに近づきやすいだろう?まぁ姉上は従兄弟か何かのつもりでランペルージ姓を名乗らせるつもりだったんだろうが……」
「弟……」
「そうだよ、ロロ」
「でも、ルーシュ殿下」
「兄弟はそんな風によそよそしく呼ぶのか?」
「……姉さん、って……呼んで、いいんですか?」
「もちろんだよ」
 ルーシュ殿下―――いや、姉さんは優しい笑みを浮かべて俺の頭を撫でる。
 慈しむようなその手に胸がじんと温かくなっていくのを感じる。
 嚮団では感じる事のなかった、暗殺の中唯一憧れた"家族"と言う温もり。
 人を殺すことに躊躇いも、何の感情も浮かばない僕がそれを得ることが許されるのだろうか―――
「僕は……人殺しです」
「それで?」
「それでって……貴女は人の親になるのでしょう!?そんな人が僕なんかに優しくして何の得がっ」
「損得で物事を判断するな。私はお前を守ってあげたいと思った。それだけでは証にならないか?」
「守って?」
「私の妹、ナナリーは幼い頃に目の前で母を殺されたことで目と足が不自由になった。私はそんな妹を今まで以上に守ろうと思った。目と足が不自由になったからじゃない。母を失った私たちには頼る人がいなかったからだ。姉―――いや、当時の私は兄と偽っていたが、上のものが下のものを守りたいと思う気持ちは損得勘定で動くものではないんだよ、ロロ」
「……僕には、わかりません」
「これから判れば良い。ロロは私の代わりに私の妹を守るのだろう?ロロは私の弟、ならば私がナナリーを守りたいと思うようにナナリーを守らなくてはいけない。ロロにとってもナナリーは妹になるのだから」
「妹?」
「そうだよ。優しい兄におなり、ロロ」
「妹……」
 愛せるだろうか―――自分そっくりの少女を。
「でもその前にやはり私と話をしよう。私にお前を理解させてはくれないか?」
 手を差し伸べられるような、そんな優しい言葉に、僕は少しずつ僕のことを話した。
 嚮団の話は躊躇われて誤魔化したけど、怒られることはなかったし、深く聞かれることもなかった。
 それから姉さんの話も聞いた。

 ゼロは愛すべきもののため立ち上がり、愛しき男を見つけ、愛しい男の子を孕み、すべてに決着をつけた。
 それが世界の知らぬ真実。
 姉さんが僕を人殺しと知って尚受け入れてくれるように、僕も姉さんがゼロと知って尚一層この人を守りたいと思った。
 騎士と言う形で無く、姉さんが守りたくても守れないものの"盾"に―――優しい兄になってもいいかなと思うくらいには。
 実際に愛せるかはわからないけど、姉さんが喜んでくれるのなら、僕は優しい兄になれる。



⇒あとがき
 へい、微妙です。さーせんorz
 はやく第三部唯一の藤ルル前面に押し出せる次の話に進みたいがために無理やり話を落としました。
 藤ルルファイヤー!!!←あまりの藤ルルの無さに暴走中☆
20080917 カズイ
res

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