01.誓われるゼロ

 白銀の髪に透き通るような白い肌。双眸を彩るは紫色。
 明らかに日本人とは違う顔立ちを持つ俺―――桐原ライは確かに日本人ではなかった。でもこの身体には半分日本人の血が流れているのも事実。
 調べてもらった結果は俺が日本人とブリタニア人のハーフで、しかも両方名だたる血筋の末裔とのこと。
 正直どうでもいい話なのだけど、そうもいかないのが俺の人生。となってしまったのは自分を兄と慕ってくれる少女の所為なのかおかげなのか……
 彼女の名前は皇神楽耶。血縁上俺の親戚にあたる彼女は一年前から合衆国日本に名を変えた極東の島国の一国家代表首席様である。
 とんでもない立場に居る彼女だけど、俺にとっては二つ年下のただの女の子にしか見えない。そう言ったら桐原公に気に入られたのが運のつきだったのかもしれない。うん、きっとそれが本当の理由だろう。
 ともかく、今の俺は合衆国日本に所属する一軍人である。この外見でいろいろ弊害はあるように思えるかもしれないが、時代を変えた黒の騎士団のエースパイロット・紅月カレンがハーフだったおかげで俺は順調に周りに受け入れられている。
 ただ、人として足りない面が多々あるのは自分でも自覚しているがこればっかりはどうする事も出来ない。

 なんとなくここまでの話でも判ったとは思うだろうけれど、俺はブラックベリオンが起こる半年ほど前からの記憶が一切ない。
 最低限以上の知識は持っていても人としての足りない面があった。例えば人づきあいだったり……後なんだろう。よくわからないが神楽耶にはよく怒られるし桐原公には笑われ、神埼氏には微妙な顔をされる。俺としてもその理由は知りたいのだがいまいち教えてくれない。
 まぁこの話はとにかく置いておいて、今俺はサイタマにあるとあるホテルの一室の前に居る。
 目の前には正装した神楽耶。彼女の周りには俺と同じようにSPの服装をした女性が2名いるだけだ。最低限の警備態勢をと決めたのは俺ではなく神楽耶なのだが、そこに対してはもうちょっと要求しておけばよかったかなとほんの少しの不安がよぎる。
 視線の先にある扉の奥には神楽耶が"優しすぎる"と語った少女が待っているはずだ。

「……兄上」

 うずうずとした様子の小声で話しかけて来た神楽耶は普段決して公私混同を良しとしないのに、今は俺を"兄上"と呼んできた。
 いやな予感がするとちらりと今回の相棒である部下の女性たち―――水無瀬と双葉を見ると、苦笑を浮かべていた。
 なんとなく察しながらも立場上何も言えなくなっている彼女たちの視線に、俺は思わずアイコンタクトでそうですねとそれに返してしまった。
「はいはい。もういいよ、神楽耶」
 どうせこのフロアには関係者以外立ち入ることさえできないのだから。
「ありがとうございます兄上。……ルル!」
 言うが早いか神楽耶は走りだし、扉を開け放つ。
 それはもう勢いのいい動作で、俺は思わず肩をすくめてため息をついた。
 眼前には開け放たれた扉の向こう、見目麗しい美少女に飛びつこうとしてぴたりと動作を止めた神楽耶の姿が見えた。
「い、いけませんわ。私としたことが」
 そう言うとゆくり歩み寄り、神楽耶は少女の前に立った。
 年はおそらく俺と同じだろう。身長も神楽耶との差を見る限り大差ないように思える。
 教会の奥、静かにイエス=キリストを抱く聖母マリアの慈悲深い顔であるように、彼女は優しく微笑んで神楽耶を出迎えていた。
「お久しぶりです、ルル。電話でもお聞きしましたが、お体は大丈夫ですか?」
「鏡志朗が来てからは随分と楽をさせてもらっています。便宜を図ってくださった皇代表には感謝しても足りません」
「そんなにかしこまらないで」
 俺はとりあえず室内へと入り、双葉を残して水無瀬に扉を閉めさせた。
「私の方こそルルに感謝をしなくてはいけないですわ」
「感謝?」
「そう。出会った一度目、まるで人形のように美しいあなたを見ました。強請って会いに行った二度目、貴方は私たち日本人の醜い激情に屈することなく妹と、己のプライドを守っていましたね」
「子どもの小さなプライドです。あの頃の非礼も重ねてお詫びします」
「必要ないですわ。だって私たち日本人が幼かった貴方にした仕打ちの方がもっと酷かった」
 神楽耶は俯き、ぎゅうっと拳を強く握った。
「時を越えてようやく再会した三度目。私は貴方が貴方だと気付いたときとても怖かった……あんなことがあったのにどうして日本を愛してくれるのかわからなかったのです」
「それは……」
 彼女は言葉に渋る。
「大体、理由があの箸にも棒にもならない大馬鹿野郎な従兄の所為なのだと気付いたときは本気であの馬鹿殺してやる!って思ったんですよ」
「あ、いや、それは……」
 激昂した神楽耶の姿に水無瀬はぎょっと目を見開き、四聖剣の面々も驚きを隠せないでいた。
 まぁ、普段は怒ることなんてしないし、こんな風な怒り方は人前では見せないからなぁ……

「なんでルルじゃなくてあんな女」

 俺にとっては神楽耶の口から一度聞いていたはずの言葉。
 だが彼女はその言葉に身体を突然強張らせ、表情が一気に青くなる。
「皇代表、どうかそのことは」
 今まで口を開かず彼女の隣に立っていた藤堂将軍が彼女の背を優しく撫でながら神楽耶の言葉を制した。
「そうですわね……あんな女でもルルにとっては縁者ですもの」
 水無瀬は話の流れから彼女の出自に気づいただろうが、そこは俺の部下。大人しく黙って聞いている。
 俺はちらりとそれを見て、改めて彼女を見た。
 彼女の表情を彩るのは罪人としての恐怖。
 水無瀬は知らないが俺は彼女がゼロだと知っている。だから神楽耶の言う女を殺したのが目の前の彼女で、二人の関係が義理の姉妹だったと言うことも知っている。
 神楽耶は気付いていないようだが、俺はなんとなく血染めのユフィがそう呼ばれるような原因を作ったのは彼女自身なんじゃないだろうかと思った。
 ゼロが作ってきた数々の奇跡。
 彼―――否、彼女が俺と同じ力を持っているのならば、不可能な話ではないだろう。

「失礼します、皇代表」
 そう言って藤堂将軍は彼女を椅子へと座らせた。
「まあ申し訳ありません、私としたことが、身重のルルを立たせっぱなしにしてしまって」
「言わない方も悪いのです」
 藤堂将軍はそう言うと、神楽耶の分の椅子まで引いた。
 その気遣いには年の差や経験の差を感じずにはいられなかった。多分それは俺よりも神楽耶の方が強く感じただろう。
「……本当、悔しいですわ」
 ぽつりと零す神楽耶の少しとがっていた。
 やっぱりな。拗ねてる。

『日向から桐原』
「はい、こちら桐原」
 イヤホンから聞こえた声に、俺は会話を邪魔しないよう小声で応える。
『コーネリア殿下が御出でなさいました。今からご案内します』
「了解」
 日向の配置は目立たないよう、同じフロアだ。
 そう時間もかからずこの部屋に到着するだろう。
 俺は話の区切りがいいところで神楽耶にそのことを伝えるべく耳打ちした。
「コーネリア殿下が御出でなさったようですわ」
「そうですか」
「通してくださいませ」
 神楽耶の言葉に従い、再びマイクに小声で声を掛ける。
「桐原から双葉。コーネリア殿下をお通ししろ」
『了解しました』
 神楽耶が席を立ち、彼女もまた席を立つ。

 この外見のこともあり、はっきりと顔を合わせる場に居合わせなかった俺は初めてコーネリア殿下の顔を見た。
 ゆるくウェーブを描く紫色の髪。きゅっと引かれた紫の口紅とグラマーな身体にぴったりとした軍服は蠱惑的だ。
 その後ろには殿下の騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードと、部下のアンドレアス・ダールトンの二人の姿があった。
 指定通り護衛はこの二人だけにしてくれたようだ。
 まぁ他に来ていた時のために日向と双葉に二人以上の場合は二人以外を別室に案内するよう伝えてあったがな。
「今回はこのように席を設けていただき感謝する、皇代表」
「いいえ。私もルルには会いたいと思っていましたから構いませんわ」
 一応表向きは皇代表とコーネリア殿下の極秘会食だからな。
 形通りの挨拶を交わし、コーネリア殿下は彼女の方へと歩み寄る。
「久しぶりだな、ルルーシュ。ギルフォードからますますマリアンヌ様に似てきたと聞いていたが、なるほど……そのドレスもよく似合っている」
 神楽耶の激昂よりも俺的には驚きの微笑みを浮かべ、コーネリア殿下は彼女の頭をそっと撫でた。
「元気そうでなによりだ」
「ありがとうございます。このドレスのこともそうですがあのことも」
「それについては気にするな。私たちのほうもどうにかしなくてはと思っていたからな」
 何の話だとでも言うような藤堂将軍の視線に曖昧に笑い、彼女は誤魔化した。
 恐らく戸籍の問題だろう。彼女は"ルーシュ・エル・ブリタニア"と言うブリタニアの皇族として名を連ね、そしてすぐに藤堂の元へ降嫁した。
 が、その情報は幾重にも隠されている。
 元凶は目の前に居るコーネリア殿下だ。
 会ったことはないが、神楽耶伝手にいろいろ聞いているし、やらされた。
 ……そう、ブリタニア皇家に突如現れたシュナイゼル殿下の秘蔵にして最愛の妹・ルーシュ皇女殿下降嫁が世間を賑わせるはずだったところを俺がシュナイゼル殿下にすら伝わらないよう隠ぺいした。
 俺って天才だなぁと現実逃避しながらの徹夜の作業。
 すべてはシュナイゼル殿下に対する嫌がらせと言う辺り、コーネリア殿下はお人が悪いのかお茶目なのかよく分からない人だ。
 まぁとりあえず典型的なブリタニア人の行動を彼女もしただけにすぎないのだろうが。

「水無瀬」
 ギルフォード卿に促されながらコーネリア殿下が席に着いたところで俺は水無瀬に声をかけた。
 水無瀬は了解とばかりに首を縦に動かして部屋を後にした。
 それを確認してから、俺は席に顔を向けた。
「水無瀬も席を外しましたし、気がねなくお話できますわね♪」
「失礼だが皇代表、彼は―――」
「お初にお目にかかります。私はキョウト六家が末席、桐原ライと申します」
「キョウト六家?」
「失礼だがその外見はどう見ても……」
「はい。見ての通りのブリタニア人とのハーフです。ですが血縁上間違いなく皇家の傍流でしたので、桐原公のご厚意で養子とさせていただいております。普段はこのように裏方の仕事をしています」
「それは最近の話と言うことか?」
「……そうですね」
 俺はふっと最初の記憶を思い出す。
 荒れた川の側、何かから逃げのびた俺は桐原公と出会った。
 記憶のない俺を道楽として拾った彼によって、俺は神楽耶と引き合わされた。
 キョウト六家の一員として強くあらねばならない少女に、俺は薄れた記憶の中の妹を自然と重ねていた。
 それによって少々悩んだこともあるが、今では神楽耶は俺にとって第二の妹であることに間違いはなかった。

「失礼ですが私はどの名で貴女をお呼びすればよいでしょうか?」
 そう言って俺はようやく彼女に視線を合わせることにした。
「ルルで構わない」
「それは貴女の名ではないと思うのですが」
「……何が言いたい」
「名を、存在を偽るのは終わりにしませんか?……貴女は今、藤堂鏡志朗に嫁いだ"藤堂ルルーシュ"でしょう?」
 彼女は目を丸くして驚く。
 俺は緊張させていた顔を緩ませ、何時も神楽耶に向けるものと同じ笑みを浮かべた。
「どうしても言っておかないといけないと思いまして。貴女はその名を誇ってすらいいと思いますよ」
「っ……ありがとう」
「―――ごほんっ!」
 ワザとらしく神楽耶は咳き込み、俺をジトッと睨む。
「兄上、貴方と言う人はまた……」
「ん?俺はおかしなことを言ったかな?」
 苦笑して後頭を掻けば、神楽耶が頬をぶすっと膨らませ、俺を睨んでいる。
 別に俺は特別なことは言ってないと思うんだけど。
「皇代表、彼はいつもこうなのか?」
「ええ。兄上はいつもこうです」
 厭味ったらしく言う神楽耶に俺は苦笑をするしかなかった。
「えっと……続きを話してもいいかな?」
「仕方ありませんわね。許してあげましょう」
「ははは……」
 神楽耶の御許しが出たところで俺は再び話し出す。
「ルルーシュ様がゼロだったことは神楽耶に聞いていましたし、失礼ですがルルーシュ様の昔の話も聞かせていただきました。が、私はそれでも決めかねていました。でもお会いして私は決めました」
「……何を?」
 俺は長い前髪を掻きあげ、額を晒し出す。
「っ……それは」
 そこにあるのは白い肌に生える赤い鳥の紋様。
 記憶を失う前から持っていた俺が俺であった証。
「最初、私はこれが何かを知りませんでした。でも任務で黒の騎士団に近づいた時、C.C.と言う少女にこれがギアスなのだと聞きました」
「なっ……C.C.……あの女っ!」
「口止めしたのは私です。一応キョウト六家側からの視察と言う名目で接触していたので……」
「だが」
「それに、白状しますと最近……先々週にも一度C.C.に会っています。任務で一度ブリタニアに行った時にあちらから接触してきたんですが、その時にCの世界の話も聞きました」
「……それで?」
 問うルルーシュ様に、俺は彼女の前で膝を折った。
「それでも、私は貴女に忠誠を誓いたいと思います」
「忠せ……ほあっ!?」
 驚いて奇声を上げる姿に俺は思わず笑った。
「貴女はC.C.と契約し、Cの世界に行くことを決意された。だから私はただの騎士ではなく、貴女の剣として貴女の守りたいものを守る騎士になりたいと思います」
「剣として?」
「ええ。貴女の守りたいものを守る盾はそちらに―――貴女の傍にいますから」
 そっと手で藤堂将軍を示せば、ルルーシュ様はかぁっと頬を赤く染めた。
 可愛らしい人だと思う。
「言いましたよね。私は貴女の昔の話も聞いたと―――私が守るのは貴女の御子ではなく、ナナリー様をです」
「ナナリーを?だがナナリーにはスザクを」
「そのスザクが信用ならないから私が言いだしたんですわ。スザクじゃ心許なさすぎますもの」
「都合よく俺は日本側の代表としてアッシュフォードに編入する一人に選ばれましたので。それを利用してナナリー様をお守りしようかと思っています。どうぞそれをお許しください、ルルーシュ様」
「私は……そんな風に誓われるような人間じゃ」
「半分は同情です。でも半分は、妹を守りたいと言う気持ちがわかるからです」
 俺はちらりと神楽耶を見た。
「私には黒の騎士団が現れるよりも以前の記憶がありません。それでも、神楽耶と同じくらいの妹がいたはずなのははっきりと覚えているんです。そして私は多分、その妹を守れなかった―――。罪滅ぼしと言いいますか……自己満足かもしれません。それでも私は貴女に代わって守りたいと思ったのです」
「ライ……」
 俺の表情に嘘偽りがないと彼女は理解しているようだが、それよりも戸惑いが大きいようだ。

「どうか貴女に忠誠を誓い、貴女に代ってナナリー様をお守りする御許しを」
「……ルルーシュ。俺は彼に任せてもいいと思う」
「藤堂……?」
「将軍職でも知る者は殆どいないが―――彼は機密情報部を統括している実力者だ」
「と言う事は、先日の一件は……?」
 藤堂将軍の言葉にコーネリア殿下が目を見開く。
「はい。機密情報部の長官として、私がすべて処理させていただきました」
「そうか。そのことに関してはブリタニアを代表し、感謝しよう」
「ありがたきお言葉」
「姉上、先日の一件と言うと……」
「ああ」
 まだ迷っていたルルーシュ様はコーネリア殿下が頷くのを見て、また目を見開き、俺を見る。
「……あれには見事なプロテクトが幾重にも掛けられていた」
「徹夜で頑張りましたので」
「想いも、力も認めよう。でも……」
 ルルーシュ様は目を僅かに伏せ、決意を決めて顔を上げた。
「私は知りもしない人間にナナリーを素直に任せる気にはなれない。来年の四月からならまだ時間があるだろう?暇がある時に孤児院に来い。お互いを理解するために話をしよう」
「承知しました、ルルーシュ様」
 俺は彼女に頭を垂れ、彼女の手の甲に唇ではなく額を乗せた。



⇒あとがき
 うわーん!上手くまとまってくれないけどこんな感じで第三部開始です。
 ライはゲームのキャラクターなんで自分の中でしっかり作り込むぞ!と思ってたのに作り込めてなかったですorz
 とりあえず、次はロロのお話です。V.V.や嚮団等を本編とどう絡ませつつどれだけ捏造するかが今からワクワクします。←まさかの考えなし宣言w

 ※補足、このお話のライはルルとの共通点を増やすため勝手に瞳の色を紫にしています。
20080911 カズイ
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