降嫁のゼロ
本来仕えていた主―――シャルル・ジィ・ブリタニアの死からちょうど一年。
世界はあの事件の少し前からは考えも出来なかった方向へと動き出していた。
今から八年前、同盟の証にと送られた皇子と皇女を殺してしまったために隙を作った属領国エリア11となった日本。七年の時を経て、ゼロを名乗るテロリストの下、日本奪還を成し遂げた。
時代の悪漢とも呼ばれるゼロは合衆国日本の設立と共にその姿を消してしまい、その正体は結局わからず仕舞いだった。
それでも彼が成したことは今、今日この時も世界を動かし続けている。
平和で、優しい世界に。
力で抑えるだけだったブリタニアが手を取り合うと言う正直信じられない道を歩んでいる。それはまさにゼロの仕業で、ゼロのお蔭なんだろう。
「なぁ、アーニャ」
私は隣に立つ、同じ皇帝直属騎士ナイトオブラウンズのアーニャに声を掛けた。
あ、ちなみに私はナイトオブラウンズのジノ・ヴァインベルグ。私がナンバー3で、アーニャがナンバー6ね。
「何?」
携帯を弄りながら適当に返事を返してくるアーニャ。ま、いつものようにブログの更新してるんだろうけど。
「もうすぐ着くってよ」
「聞いてた。判ってる」
と言いながらもその手は休まない。
「……どういう人選で選ばれたんだろうな」
私とアーニャが居るのはブリタニア本国―――ではなくて、合衆国日本……の上空を飛行している浮遊航空艦アヴァロンの中だ。
一応名目上は現皇帝シュナイゼル・エル・ブリタニア陛下が合衆国日本で行われる平和式典に参加するための飛行だ。
国主が傘下の同盟国に足を運ぶなんてどうかと思うとは思っても口には出せない。なにしろこの話、シュナイゼル陛下が乗り気と言うか……一年前、皇帝になる前から決まっていたことだったのだから。
「暇そうに見えたから、とか?」
「んな訳ないだろ!」
思わず突っ込みを入れてしまい、私はがくりと肩を落とした。
仕方なく眼前に見える景色に目をやった。
「あれが目的地、か。お、結構綺麗なとこじゃん」
神根島。
そう呼ばれる島に式典の前に立ち寄るのは、あそこにある遺跡を昔シュナイゼル陛下が調査に訪れたことがあるかららしい。
はっきり言うと、私たちはそれ以上聞かされてはいない。アヴァロンの他の乗組員なんかもっと事情を知らないはずだ。
それでもただ一つ、わかることがある。
「ああ、私のルルーシュがもうすぐそこに……」
うっとりと呟くシュナイゼル陛下が一応名門貴族の出である私ですら知らない最愛の妹姫にあの神根島で会えると言うだけで気色悪い顔……ごほん、鼻の下をのばし……ごほんごほん……だめだ、とてもじゃないがいい言葉が見つからない。
とにかく異常なくらい楽しみにしているということだ。
キチンとした時期を言うならば、今から五か月ほど前。皇室整理が行われた。
その時発表された資料の中に初めて見かけたのがシュナイゼル陛下の言うルルーシュさまだ。
だけど、公式では"ルルーシュ"ではなくて"ルーシュ・エル・ブリタニア"だ。確実にるが一つ多い。愛称……なのかな?
っていうかルルーシュってあれだよな、八年前日本に殺された……あ、いや日本で殺されたんだっけ?まその辺りはどうでもいいか。たしかその悲劇の皇子の名前だったよな。
私は一回だけルルーシュ殿下に会ったことあるんだよねぇ……女に生まれたほうがよかったんじゃないかってくらいの美少年。さっすが皇族!って思ったんだよ。
でもルルーシュ殿下の母親が庶民出のマリアンヌ后妃だったから父上が別に仲良くならなくていいって挨拶しかしてないんだよなぁ……もうちょい何かしゃべっとけばよかったなー。
シュナイゼル陛下も黙ってればかっこいいんだが……顔、崩れすぎですよー。
「おい、シュナイゼル。誰がお前のルルーシュだ。ルルーシュは私のものだ」
「私のじゃなくて僕たちのだよC.C.。訂正してくれないかな?」
仮にも大国ブリタニアの皇帝に対してふてぶてしい態度をとるのはC.C.と言う謎の女。
それに対してくすくすと笑うのがこれまた謎の少年V.V.。
私たちラウンズですら彼女の事はルーシュ皇女殿下からの預かりもの……いやいや人で皇帝自身が対等に口を聞くことを許してしまっていることくらいしか知らない
いや、ワンはV.V.の事は知ってたみたいだけど、口は一切割ってくれない。ケチ。
あ、後C.C.が異様なピザ好きってのも知ってるかな。あいつの部屋ものすっごーくピザ臭さいの!
「私はルルーシュが生まれる前からルルーシュを見守ってだね……」
「お前、それをこれから会うあいつの目の前で言ってみろ。即変態扱いの今度こそ縁切るぞこの野郎とばっさり切り捨てられるのが目に見えるぞ」
「うんうん。ルルーシュ怒りっぽいからきっと殴られるね。痛くないだろうけど」
「ルルーシュになら殴られよう罵られようと構わない!」
両腕で自らの身体を抱きしめ恍惚とした表情を浮かべる皇帝陛下。
C.C.が問答無用で蹴飛ばし、V.V.が追い打ちをかけている。
皆そんな皇帝陛下の無様な姿を見ないように必死に目を反らしている中、アーニャだけが平然とその光景にカメラを向けていた。
……私、なんで一年前のあの時にラウンズ辞めちゃわなかったんだろう。
* * *
とりあえずアーニャに自国の皇帝陛下の無様な姿だけはアップしてくれるなと神根島の風景を写真に収めさせることにした。
幸い、
「護衛は必要ないから!」
と神根島につくやいなやシュナイゼル陛下は全速力で遺跡の方向に向かっていった。
その後をC.C.とV.V.がさっさと追いかけ、私たちは全員見事な置いてけぼりをくらってしまったのだから。
「総員シュナイゼル陛下が戻るまで待機するように」
私は一応アヴァロン内で現状一番偉くなっちゃった人らしく声を掛け、アーニャに自由時間をあたえてアヴァロンでゆっくり休むことにした。
どうせ一応持ってきたトリスタンもモルドレッドも式典のお飾りになるだけしか用事はないのだから。
「……ルーシュ殿下か」
そう言えば資料も名前しか目を通していない。
ちょうどいい機会だと私は手元の機械で皇族の資料を呼び出して見た。
「…………ん?」
じっと文字を目で追っていた途中、私は不吉な二文字を見つけた。
"降嫁"
ブリタニア皇族の地位を捨て俗世に降りる、の典型嫁に行く。
仮にも皇族、しかも現皇帝の実妹が降嫁したとあればメディアが食いつかないはずがない。
普通話題になるだろ!
第一、あの人が溺愛している妹を嫁に出すのか!?
「……実は知らないとか言うオチがあったりして」
「何がですか?」
まさかねと呟いた私の台詞に今回アヴァロンを任されている一応名目は艦長の男が声を掛けてくる。
「いや、なんでもないよ」
私は笑って首を横に振り、画面を閉じた。
たぶん、その時だった。
一瞬身体の中なのか外なのかよくわからないが、を風が吹き抜けていくように何かが走った。
不快ではないそれはとても優しい祈りだったような気もする。
「あの、ヴァインベルグ卿……」
「もしかして……君も?」
「……はい」
「自分も……」
「自分もです」
誰もが同じ何かを感じたらしい。
よく判らないが、祈りだとわかるそれを感じてから数分後、シュナイゼル陛下は戻ってきた。
彼はやっぱりルーシュ皇女殿下―――いや、元だから様でいいのか?―――のご結婚を知らなかったらしく、ひどく落ち込んだ様子だった。
だがその数週間後、ルーシュさまの娘の写真を引き伸ばして執務室の壁にはる愚行を犯してまたデレデレした面に変わった瞬間、私は彼に同情した自分を後悔した。
ま、事が知れたルーシュさまの夫に知られて数か月写真が送られること無くなったらしくそれからはおかしな愚行にだけは走らないでくれた。
……ラウンズのこれからの仕事、こんな変態が皇帝だとばれないようにすることなのかなと思うと、やはりあの時辞めときゃよかったと思った。
⇒あとがき
アヴァロンお留守番組のお話でしたー。
ジノが出てくる前に書いたボツを加筆修正してるんで台詞以外はどうもキャラが違う気がしてならないのでどうかとは思ったんですが……ま、いっか!
私なんで一年前に〜の下り以降は一応加筆の部分なんですが、本来あったボツ部分はまたそのうちアップしますね。微妙ですが。
※ジノの口調など若干修正しておきました。
20080607 カズイ
20080904 加筆修正