魔法使いのゼロ

 私―――セシル・クルーミーのゼロを最初に知った時の印象は"正義の味方を名乗ったおかしなテロリスト・黒の騎士団のリーダー"だった。
 そしてスザクくんのゼロ批判を聞きながら、時折本当にそうかしら?と思うほど、彼は誰よりも弱者の味方だった。
 スザクくんは作戦の最中人命を優先した。
 対する彼は作戦の中で最小限の犠牲者しか出さず、実績を残し続けていた。
 データを仕事上目で追う私はその確かな数字にいつも疑問を抱いていた。
 彼はただのテロリストで収まるほどではない能力を有している、と。
 だから私はゼロと言う存在に正直興味を持っていた。
 でもゼロ批判をするスザクくんとゼロを擁護するような発言をするロイドさんの間に挟まれて本音を言ったことはなかったけど。
 思えばあの頃からロイドさんはゼロの正体を知っていたのかもしれないわね……私の出身みたいに特派のメンバー個人情報を勝手に明かしただなんてプライバシーの侵害だわ。
 でも、あの時私は初めて自分の中のブリタニアへの懐疑心を指摘されて自分の中の気持ちに気づかされた。
 だからと言ってゼロの行いがすべてよかったことだと認めるわけではないのだけど。
「セシルぅ?」
「!」
 目の前を浅黒い肌の手がひらひらと動く。
「大丈夫ぅ?」
 大学時代は同じ研究室にいて、ほんの少し前まではブリタニア軍と黒の騎士団と言う敵同士の位置にいたラクシャータの姿がそこにあった。
「大丈夫よ。それより、何か用かしら?」
 後始末に追われてKMFの技術者たちも問答無用で借り出されている忙しいこの時に。
 まぁ私もそうなんだけど、私は別の件でシュナイゼル殿下―――いえ、陛下になるのかしら―――に声をかけられ、ついさきほどまで時間を拘束されていたから論外ね。
「枢木スザクの所に案内してもらおうかなぁって」
「スザクくんの?どうして?」
「ちょぉっと様子見ぃ」
 ラクシャータは面倒くさいんだけどねぇと言った。
 多分、誰かに頼まれての行動だからだと思う。でも……誰に?
 彼女は誰かの頼みを素直に聞く人じゃないのに。
「後、一応挨拶ぅ?また一緒に研究できるわね〜……邪魔なのが一人いるけどぉ」
「邪魔って……いいわ、行きましょう」
 心底嫌そうな顔に思わずくすくすと笑いながら、私はラクシャータを案内すべく一足先に歩きだした。
 ラクシャータもその後を追う。

  *  *  *

「ここよ」

 認証キーを押して中へと入ると、そこは薄暗くてあまり長くは居たくない空間が広がっていた。
 気を取り直して歩き出すと、ラクシャータは何も言わずに続けて歩いてくれる。
 それにどこかほっとしながら、スザクくんが居る牢へと近づいた。
 彼への食事は私が届けていたから慣れたものだけど、あまり慣れたくもなかった。
 牢の中ではスザクくんが膝を抱えて頭をそこ埋めていた。
 鎖で繋がれた右手には見覚えのない血に濡れた何か。
 私以外で来た誰かがスザクくんに渡したもの。私はそれが何かを知らない。
「あんたが枢木スザクぅ?」
 それはなんだろうと思っている間に声を掛けたのはラクシャータだった。
 ゆっくりと顔をあげたスザクくんの顔はひどく億劫そうだった。
「あたしはラクシャータ。今度から同じ職場だろうからよろしくぅ」
 軽く言った挨拶の言葉を受け流し、スザクくんはまた顔を埋めた。
「あ、えっと……スザクくん、アヴァロンはもうすぐ日本に着きます。そうしたらしばらくあなたには休暇が与えられます」
 私は慌てて仕事の話をした。
 するとスザクくんはゆっくりとまた顔をあげた。
「これはシュナイゼルで……陛下からの命です。シュナイゼル陛下は第99代目ブリタニア皇帝に正式に就任することになったので、特派はシュナイゼル陛下からコーネリア殿下に一時的に預かりが移ります。後継は未定のためしばらくの活動は一時停止。正式な扱いが決定するまでは日本復興に助力するため黒の騎士団に派遣されていたキョウトの技術部と共同の職務になります」
「ようはぁ、第七世代のKMFと、純日本製のKMFの技術の探りあいよ」
 ラクシャータが私の横でキセルを外してふうっと息を吹いた。
「休暇の間に考えて欲しいの……」
 スザクくんにとってこの言葉は必要ないような気がした。
 だけど言わなくちゃいけないと、私は言葉を続けた。
「日本人に戻るか、ブリタニア人のまま軍人を続けるか」
「僕は、軍人です」
「そうね。だけどゆっくり考えて。それから……」
 ちらりと血に濡れた何かを見る。
「……やっぱり、時間は必要だと思うの」
 ここに来る人なんて限られている。
 そして、あの日ここに来たのは―――ゼロ。
 でもそのゼロはもうここにはいない。
「わかりました」
 気のない返事を聞き、私はため息をつきそうになった。
 だけどそれをぐっと堪えて、視線を落としたスザクくんを見つめる。
 それ以上の言葉はない。
「行くわよぉセシル」
「あ、はい」
 来る時とは逆に先に歩きだしたラクシャータに私は慌ててスザクくんに背を向けた。
「あ」
 でもそう呟いてラクシャータが振り返った。
「ゼロ、もういないから」
「……え?」
「復讐は無駄よ〜。あの子は自分の守りたいもののためだけにこの戦いに参加してたんだから」
「守りたいもの?……そんなもののために……」
「そんなものぉ?」
 彼女は鼻で笑った。
「あんただって守りたいもののために戦ってたんでしょ?あんたがそれを言う〜?」
「ラクシャータっ」
 お願いだからそれ以上言わないであげて、と目で訴えれば、ラクシャータは肩をわざとらしく落して了承してくれた。
「わかってるわよぉ。でもこれだけは言わせて。ゼロをゼロにしたのはブリタニア。そしてあんたよ。―――だから生きなさい」
 意味が分からないと言う顔のスザクくんに背を向けラクシャータは今度こそ用は済んだとばかりに歩きだす。
 私も慌てて歩き出し、その後ろで食器の動く音がした。
 生きるのに最低限の水しか口にしてくれなかったスザクくんが食事をしてくれているのかもしれない。
 そう思うと、少しほっとした。

  *  *  *

「ねぇ、ラクシャータ。さっきはどんな魔法を使ったの?」
「さぁね〜。あたしにもよくわかんないわよぉ」
 不快と顔に書いてあるようで、私は首を傾げた。
「もしかして、頼まれたの?……ゼロに」
 彼ならばわかる気がしたから、私はそう聞いてみた。
「そぉよ〜、あれはゼロの魔法。いい表現するじゃなぁい、セシル」
 くつくつとラクシャータは笑った。
「あの子は偉大な魔法使いよ。誰よりも優しくて、優しすぎた魔法使い」
 優しすぎた?
「……だから一人でどこかへ?」
「一人じゃないわ……二人よ」
 そう言ったラクシャータの顔はとても優しくて、柔らかだった。
 いつもの笑みとは違う笑みにどきりとしながらも、改めてこう思った。

 やっぱりゼロは魔法使いなのかもしれない。
 とっても不思議な人―――



⇒あとがき
 何を思ったか番外編でセシル視点やってみましたー!
 ……本当に何を思ったんでしょう私。
 魔法使いのネタはロスカラの主人公のネタだけど、まぁそこは……ドンマイ☆(BGMが羞恥心(笑))
20080531 カズイ
20080904 加筆修正
res

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