09.始まりのゼロ

 純白のドレスを身に纏うルルーシュのヴェールを剥ぎ取り誓いの口づけを交わしたことがもう何年も前だったようにも思える。
 だが、実際はあれから9ヶ月しか経っていない。
 鏡志朗はルルーシュの腕の中ですやすやと眠る我が娘をちらりと見た。
 再会できてからの11ヶ月、サイタマ孤児院での結婚式やルルーシュの出産、初めての子育てと色々慌ただしく日々は過ぎていった。
 幸せだった。
 だがその幸せが今日で終わってしまう。
 残り時間の正確な時間は一切判らない。それでも最後まで居たいからと、軍の仕事を休んでこうしてルルーシュの隣に居る。

 二人が今居る島は神根島と言う。静岡県にある伊豆諸島の一つ式根島に雰囲気のよく似たその島はかつて"伊豆七島の箱庭"と称えられたその姿をそれ以上に綺麗に残していた。
 白い砂浜と青い海には正直感嘆のため息が零れそうなほどだった。
 この場所が別れの場所にならなければ素直に感動出来たのだろうが、鏡志朗の心中は未だ複雑である。
 ルルーシュはルルーシュで目の前に聳え立つ不思議な文様が施された扉をじっと見つめている。
「……外が騒がしくなったな」
「ああ」
 洞窟の中に届いた音はそれほど大きくないのだが、それでもやはり自然の音だけが響きあい洞窟内まで届いていたこの場所にはよく聞こえる音だった。
 おそらくはアヴァロンの音であろうそれは神根島に着陸し、ようやくその時を迎えようとしていた。

「ルルーシュ!」

 歓喜に満ちた声が洞窟の入口から届く。
 不思議なことに光り輝く扉の前では辺りは洞窟内と言うのによく見えた。
 向こうからこちらに向けて早足で歩み寄った男にも同じことが言えるだろう。
「久しぶ……」
 言葉が途中で途切れ、歩み寄っていた足がぴたりと止まった。
 金の髪にルルーシュと同じ紫苑の瞳を持つ男の名はシュナイゼル・エル・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第99代目皇帝にしてまぎれもないルルーシュの腹違いの兄である。
 ルルーシュを溺愛していることはアヴァロンで会った時には判っていたが、その彼がルルーシュの腕の中にいる幼子を目にとめた瞬間完全に硬直したのは謎だった。
 そこで二人はおやっと思う。
 コーネリアは直接顔を出すことはないが、まめにルルーシュの子のためにと贈り物をしてくれる。偽装なのかついでなのかはよく分からないが、孤児院の子どもたちにもと色々送ってくれるコーネリアは、名を明かさず物を送りつけてくるので、孤児院ではある物語になぞり"あしながおねえさん"と呼んでいるのはここだけの話である。
 そのお礼と言っては何だが、子どもの成長を記録した写真やらビデオやらを定期的にルルーシュは送っているはずだ。もちろん結婚式の日にとった写真もあるはずだし、皇族としての名はあってないもので藤堂ルルーシュと戸籍上は変わっているはずだ。
 まさかシュナイゼルはそれを一切の資料を見ていないのだろうか。二人はそう思ったのだ。

「おい、ルルーシュ。その腕の中の生き物はなんだ」
 不遜なもの言いでそう言ったのは一年ぶりに声を聞くC.C.であった。
 その姿はシュナイゼルの奥にあり、彼女もまたルルーシュの腕の中の存在に驚愕していたらしい。隣にはまだ目を見開いているV.V.もいた。
「娘だ。生き物とか言うな」
「もしかして一年前のあの時はもう妊娠してた?」
 はっと我に返ったV.V.がそう尋ねる。
「してたな。じゃなきゃこの子はもう少し幼いはずだろう」
「ルルーシュ、相手はその隣の男などと言わないよね?」
 まるでこの世の終わりだとでも言うような顔をしたシュナイゼルにルルーシュは眉間に皺を寄せた。
「この子の父親は鏡志朗以外あり得ない!」
 きっぱりとシュナイゼルを切り捨て、ルルーシュは幼子を抱えなおした。
「一年と言う月日はこのためか」
 再び固まったシュナイゼルを無視し、C.C.がため息をついた。
「ああ。この子をどうしても産み、この子を守る場所を確保したかった。だからあの時一人で出て行った」
「それでもお前はルルーシュを追ったのか」
 C.C.が鏡志朗に視線を向けた。
「そうだ。俺はルルーシュが求めることをすべて為してきたつもりだ。だからこそ気付かなかった。俺は一度も自分から求めていなかったと。……俺はルルーシュを愛している。だから俺はルルーシュを追った。ルルーシュを求めるために。―――ただそれだけだ」
「……臭い男だ」

 ふっとC.C.は笑うと、ルルーシュの腕の中の幼子に手を伸ばした。
 愛おしげに撫でるC.C.に、ルルーシュの表情も綻ぶ。
「抱いてみるか?」
「いいのか?」
「ああ。ただし、落とすなよ」
「ふ、安心しろ。赤子を抱くのは初めてではない」
 そう言った通り、C.C.は眠ったままの幼子を目覚めさせることなくその腕の中へと移動させたのだった。
「この子の名は?」
「レイだ」
「ゼロの別称か?」
 C.C.の言葉にルルーシュは穏やかにただ笑った。
「それもあるが、他にも意味はある。レイには光と言う意味がある。……この子は私にとっての光だからな」
 ルルーシュはC.C.の腕の中にいる幼子―――レイの前髪をそっと撫でた。
「知っているか、C.C.。ゼロとは何もないんじゃないんだ……始まりなんだよ」
「……ああ、知っている」
 C.C.も微笑んだ。それはピザを食べている時とはまた違う、満足そうな優しい笑みだった。

  *  *  *

「こっちだ、ルルーシュ」
 シュナイゼルとも別れの挨拶を交わし、レイを鏡志朗に預けてルルーシュはC.C.の指示通り扉の方へと歩き出す。
 扉と言ってもその扉が実際開くことはないのだと言うことは鏡志朗も知っている。
 V.V.に手を引かれ、ルルーシュはサークルの中心に立った。
 少し離れた場所からそれを見つめる鏡志朗とシュナイゼルの耳には断片的に言葉が届く程度の小さな声のやり取りにもうすぐ時が来てしまうのかと目を細める。
 ルルーシュとシュナイゼルが話している間に目覚めた我が子は大人しく遠くに立つルルーシュを見つめている。
 この子はわかっているのだろうか、母がいなくなると言うことを。
 わかるはずがないだろうが何故だか不思議とそう思い、鏡志朗はレイの抱き方を少し変えた。
 指を咥えながら大人しくするレイと共に、膝を折り祈りを捧げる様子のルルーシュをじっと見つめた。
 しばらくするとかっと赤い光の柱が上り、それに呼応するように開くはずのない文様の扉がいずこかへと扉を開けた。
 普通に扉が開くのとは違い、扉の向こうにすでに別の場所―――空間が見えた。
 ただし、鏡志朗の眼にはその先の光景がよく見えなかったが。
「あれは一体……」
「Cの世界への扉、だそうだよ」
 隣に立つシュナイゼルが答える。
 だが視線はずっとルルーシュを見つめたままだ。それは鏡志朗もレイも同じである。
 サークルから立ち上がったルルーシュはC.C.とV.V.が伸ばした手を取り歩き出した。
 決して振り返ることなく、扉がゆっくりと閉じた。
 それと同時にサークルを中心に赤い光が辺りへと広がっていった。
 穏やかに風が吹き抜けていくような一瞬の出来事。

 "世界が等しく平等に優しくありつづけますように"

 祈るような声はルルーシュの声だったようにも思う。
 隣のシュナイゼルの耳にも届いているかは知らない。
 それでも彼女の声であればと思わずにはいられなかった。
「さて、私はこの足で式典に向かわなくてはならないが、君はどうする」
「来た時同様迎えが来る予定だ」
「そうか。では、ここでお別れだね。レイにはまた会ってもいいかな」
「かまわん。だがお互い立場があるからな……早々は会わさん」
「会えないじゃなくて会わせてくれないんだね」
 シュナイゼルは苦笑を浮かべる。
「では定期的に写真を。それで妥協しよう」
「……気が向いたらな」
 何故かはわからないが、シュナイゼルはルルーシュ同様にレイを溺愛しそうな気がしてあまり気分はいいものではなかった。
 それを親馬鹿の前兆だと言うことに気づかぬまま、鏡志朗はそう返答した。
「では」
 そう言ってシュナイゼルは扉に背を向け、アヴァロンへと戻っていった。
 残った鏡志朗はもう一度扉を見た。
 決して開くことのない扉は一度触れたからわかる。
 発光することもなくなったそれはただ壁面に描かれている文様にすぎないのだから。
「ルルーシュ、レイと共に待っているからな」
 だからいつか、また隣に戻って来い。
 強い意志を込め、扉をじっと見つめた後、鏡志朗はようやく扉に背を向けて歩き出した。

  *  *  *

 カタンッと音を立てて本棚から一冊の記念写真が落ちた。
 綺麗に綴じられた白い薄いアルバムの丸い円の中、幸せそうな一組の夫婦の姿があった。
 純白のドレス姿のブリタニア人の妻は膨らんだ腹部の前で小さなブーケを手に微笑んでいる。
 同色のタキシード姿の夫は日本人にしては高めの身長で、ぴんと背を伸ばし堂々としていている。彼も妻と同様に口元に笑みを乗せていた。

 誰もいない家の中、そんなアルバムが静かに主の帰りを待っていた。



⇒あとがき
 結局最後は藤堂視点で締めてみました。登場予定だったジノはあえてアヴァロン居残りっ子で。
 今回で第二部別路編終了です。ぐだぐだとしたお話に今までお付き合いくださってくださった皆様本当にありがとうございました。
 そして藤堂とルルーシュを幸せにしてくださいと言う願いを裏切ってごめんなさいorz
 どうしてもこのシーンやりたかったんです。二人を引き裂きたかったんです。←うぉぉい!!
 ロスカラとR2の影響が若干見え隠れしてるのは気のせいじゃありません。だって本当は別の場所でお別れするつもりだったんです。ブリタニアに行く予定だったんです。だからシュナイゼルにC.C.とV.V.預けたってのに……気づいたらお別れ場所神根島に変更って……自分でもびっくりです。
20080507 カズイ
20080904 加筆修正
res

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