08.純白のゼロ

 一日の始まりである日捲りのカレンダーを破り、ルルーシュはぽつりと呟いた。

「……そう言えば今日だったな」
「何がだ」
 朝の早い藤堂はその声を聞き届け、聞き返した。
「別に大したことじゃないが……」
 言いよどんだルルーシュは声を先ほどよりも小さくして呟いた。
「―――誕生日なんだ」
 誰のと問い返すほど藤堂は無粋ではない。
 言いづらそうにしてはいるが、自分から言うのもなんだと思って照れているのだから、間違いなく今日が誕生日なのはルルーシュだ。
 藤堂は少々の沈黙を保った後、ふうとため息を吐いた。
「ルルーシュ、そう言うことは早く言ってくれ」
「……すまない」
 しゅんとなったルルーシュの頭にぽんと手を置き優しく撫でる。
「別に怒ってはいないが、困ったな……今日か」
「何かあるのか?」
 いつもの通りであれば、少し早い朝食の後は藤堂と共に孤児院の近くに建てられたこの真新しい家から孤児院へ向かう予定のはずだ。
 子ども達の朝食はナナエと院長によって準備されるがその朝食の席は一種の戦場であり、それを見守るのが朝一番の仕事だ。
 それが終わったら洗濯をして、一時間の勉強時間と昼食等を挟んだ後の二時間の勉強時間を見守って……とルルーシュの頭の中には一日の予定がずらりとすぐさま並ぶ。
 軍への復帰は新年明けである藤堂は週に二回ほど引継ぎでキョウトの本部へ行ったりサイタマ基地へ向かったりと少々慌しい日もあるが、それが無い日―――たとえば今日など―――は一日ルルーシュの手伝いをしてくれているはずだ。
 何か用事があったとは思えない。
「……千葉が」
「千葉が?」
 ルルーシュはきょとんとした顔で首を傾げた。
 四聖剣は藤堂にとって特別な存在で、その中の唯一の紅一点である千葉だが、ルルーシュは彼女の名前が出たところで嫉妬はしない。
 彼女はあくまで藤堂を尊敬しているのであって、それが恋情でないのは知っているからだ。
 過去に嫉妬したこともあったが、千葉り朝比奈の仲を知ってからはそう言う意味で嫉妬することはなかった。
「詳しくは言わなかったが予定を空けておいて欲しいと」
「……そうか。四聖剣はお前たちにとって大切な存在だからな、仕方ないさ」
「そうじゃない。俺だけではなく君もだ。一応相模院長には伝えてある」
「そうなのか?」
「ああ。できればルルーシュには秘密にと言われていたが、もう当日だから構わないな」
 きょとんとしたルルーシュに藤堂は口元に笑みを浮かべた。
 そう言えば昨日「また明日」と院長に伝えたらどうも笑いを堪えていたような気がする。
 つまり院長もグルなのだろう。
「でも何の用なんだろう」
 詳しくは言わなかったと言っている以上、藤堂に答えは求めていないが、ルルーシュは思わず呟いた。

  *  *  *

「おっはよーございまー、っ?!」
「おはようございます」
 元気よく片手を上げて挨拶する朝比奈を押しのけ、千葉がにこりと人当たりの良い笑みを浮かべて玄関の前に立っていた。
 その後ろには笑いを堪えている仙波と、なんとも言えない感じの笑みを浮かべた卜部の二人も居た。
 数週間ぶりに会うが彼らに変わりは無いようだ。
「久しぶりだな」
「お二人とも元気そうでなによりです」
 にこりと笑う千葉は何故か正装をしていた。
 いや、千葉に限らず朝比奈も卜部も仙波も。
 前に会った時よりも少し着崩してはいるのだが、正装は正装だ。
 本当に何があるのだろうと戸惑っていると、千葉がルルーシュの前に立った。
「では、ルルーシュは私と。朝比奈は藤堂さんを頼んだぞ」
「はいはーい」
「返事は一回でいい。では、行きましょう」
 ぎっと朝比奈を睨んだ後、千葉はルルーシュの手を引いた。
「ち、千葉?」
「大丈夫です。行き先は孤児院ですから」
 朝比奈に向けた表情と違い、柔らかな表情で千葉は微笑んだ。
 まるで安心させるかのような表情にうろたえながらも、ルルーシュは千葉の後を追いかける。

 黒の騎士団にいた頃の千葉と言えばいつも表情を変えず冷静になんでもこなす、誰よりも男前な女性であった。
 ラクシャータとは違う意味で大人の女性なのだなとそう思っていたが、彼女はこんな風に表情がころころ変わるような人間だっただろうか。
 終戦から三ヶ月ほど経っただけだが、その間にも随分変わったことが嬉しいようで淋しくもある。
「その……朝比奈と上手くいっているみたいだな」
 ばっと振り返った千葉は驚いた表情でルルーシュを見つめた後、顔を急激に赤く染め上げた。
「そ、それはっ」
「あー……すまん。無理に返事しなくていい」
 なんとなくわかったから。
 ルルーシュは過剰な千葉の反応に微笑を浮かべ、孤児院の玄関に立った。
 千葉はごほんと咳払いをすると改めて口を開いた。
「相模院長には事前を話を通していますのでこちらへ」
 玄関を上がると、いつもの孤児院なのにどこか違う気がした。
 強いて言うなら雰囲気が、だろうか。

  *  *  *

 千葉によって導かれた場所は院長室だった。
 こじんまりとしたその部屋にはいつもあるはずのデスクや来客用のソファは壁際へと押しやられ、本宅にあった覚えのある化粧台が陣取っている。
 そして壁際には白い衣装―――
「これは……」
 純白のそれは、間違いでなければウェディングドレスだ。
 細部に至るまで意匠の凝らされたそれは間違いなくあの時のドレスと同じくオーダーメイドだろう。
 一般的なものと違うところといえば腹部が締め付けないゆったりしたものだと言うことだろうか。
「貴方のですよ」
 千葉に視線を送れば、千葉はやんわりと微笑んでそう答えた。
「採寸は先日のドレスを元にしたのですが、腹部はサイズを調節できるようにしてあるそうです」
「姉上がか?」
「ええ。まぁ、二人の結婚式を挙げさせたいと言い出したのは皇代表なんですがね」
 苦笑を浮かべる千葉に私はゆっくりとドレスに歩み寄った。
 触れた生地はとても柔らかく、肌触りがいい。
 いくら男として暮らしてきた年数のほうが多いとは言え私だって女だ。憧れが無いわけではなかった。
 目の前の純白のウェディングドレスは間違いなく私のためのものだと言う。
 思わず涙で視界が滲む。
「よかったですね」
 ぽんと千葉が背を撫でた瞬間ぽろぽろと涙が溢れた。
「っ……ありがとう……ありがとう……」
 嗚咽を零しながら繰り返す私を千葉は優しく背を撫でてくれた。

  *  *  *

 朝比奈に押し付けられたのは白いタキシードだった。
 訳がわからない俺に卜部がかいつまんで説明をしてくれた。
 籍しか入れていない俺たち―――と言うよりもルルーシュのために皇代表が結婚式を挙げさせたいと言ったのが今回の発端だと言う。
 元が教会である孤児院は場所として都合がよく、式は洋式だろうとあっさり決定。
 ならばドレスは自分がとコーネリアが言い出し、現場の担当は二人とSPや騎士以外で事情を知っている四聖剣となったらしい。
 相模院長たちはルルーシュがゼロだとは知らなかった……と言うか今でも秘しているのだが、俺が孤児院にきたことで黒の騎士団の活動に参加していたことは正直に話してある。
 そしてただのブリタニア人でもその辺りの貴族でもなく皇族なのだと言うことも明かしていた。一応広く口外しない約束を最後にして。

 着替えた後、勉強部屋として利用していた礼拝堂に入ると、相模院長とトオルくんとナナエくんの姿があった。
「相模院長〜、藤堂さんの準備できましたよー」
 ゆっくりと振り返った院長は俺の姿を見るとぽんと両手を叩いた。
「あらあら、よくお似合いよ。鏡志朗ちゃん」
 にこにこと微笑む院長。
「タキシードは似合ってますが……正直、微妙ですね」
 顔にまで微妙だと書いていそうな表情で卜部が言う。
「言うな」
 最初の頃は随分ともういい年だからと遠慮させてもらったのだが、この呼び名は一向に変わらない。
 曰く、「子どもはいつまでも子どもですからね」だそうだ。
 あの神埼氏でさえ未だに「たっくん」なのだから、それに比べれば随分と可愛いものだと思う。
 しかし孫は普通に名前で呼んでいるが、その差はなんなのだろう……謎だ。

「それにしても結構綺麗になるものだな」
「がんばったんだもの当然ね。で、後はこれを飾りをつけるだ・け♪」
 ふふっと笑うナナエくんの言う通り、丁寧に掃除された教会には既に十分なくらいに綺麗になっている。
 ナナエくんが示したのは花や鳥やら一生懸命折ったのであろう折り紙が入った小さな箱だった。
「一生懸命さが伝わってくるな」
 所々よれているのもまた味がある。
「そりゃぁ皆ルル先生が好きだからな」
「あんたも含めてねー」
「うがー!言うな、切なくなってくるから!!」
「おーっほっほっほ!もっと言ってあげるわミスターフラれマン♪」
「聞こえない聞こえないー!!」
 両手で耳を塞ぐトオルくんにナナエくんはけらけらと笑いからかいつづける。
 ルルーシュ曰く、ナナエくんがトオルくん―――だけじゃないらしいが―――をからかうのは生きがいなんだそうだ。
 彼女に意見できる人間などこの孤児院には相模院長とルルーシュくらいのものだったらしい。
 一応俺は年上と言うことで敬われているらしいが、触らぬ神になんとやらと言うし、俺はトオルくんから静かに目を逸らした。
 トオルくんが「藤堂先生の裏切り者ぉ!」と叫んでいるが、そこは聞かなかった振りだ。
 ルルーシュが朝比奈をからかうよりは少々過剰だが、身体的被害は少ないのだから大丈夫だろう。
「さて、私はルル先生の方を見てきますかね」
 やんわりとその光景を無視して一人すたすたと教会を出て行く院長は誰よりもマイペースだった。



⇒あとがき
 なにげに藤堂さんがトオルに対して酷い人( ´∀`)ノシ
 今回の話を受け継いで次回、多分第二章終了……ではないかと。難しいかしら?
 とりあえず『再会のゼロ』のあとがきで宣言したことは欠片だけ出せたので満足。……と言うことにしておきます。←おいwww
20080309 カズイ
20080904 加筆修正
res

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