07.四聖剣とゼロ

 私は妊婦が悩まされる悪阻に人ほど悩まされず、料理も平気で作っている。
 最初その光景を見た鏡志朗は「大丈夫か?」と眉間の皺を深くして聞いて来た。
 どうやら昔、道場で教えていた子どもの母親の悪阻がひどく、弟が出来ると言うその子どもからその話を聞いたことがあるらしい。
 妊娠初期にKMFに乗っていたことも相当怒られたが、よくよく昔を思い起こしてみれば私の……というか母上の家系は安産家系だったはずだ。多分そのおかげもあると思う。
 母上もナナリーがお腹にいた頃にいろいろやってたなぁ……いろいろ……いや、これ以上考えるのはよそう。

「ルル、入っても大丈夫か?」
「大丈夫だ」
 扉をノックする音が聞こえ、私は振り返らずに答えた。
 化粧台の鏡に映る扉が開き、鏡志朗が部屋に入ってきた。
「そろそろ時間だ」
「もうそんな時間か?」
 鏡志朗の手を取って私は立ち上がった。
 今身に纏っているのは紫色のシンプルなパーティドレスだ。
 いつもつけている眼帯はそのままに、伸びてきたとはいえまだ短い髪はロングのストレートウィッグをつけて誤魔化している。
 ドレス自体は胸の下で絞る形にはなっているが、それほどきついものではないし、お腹もほとんど目立たない。
 それに可愛らしい意匠が凝らしてデザインであるところを見ると、どうやらオーダーメイドのようだ。
 通りで電話口でサイズを詳しく聞いてくるはずだ。
 風邪を引かないようにと一緒に贈られてきたウィッグもそうだが、本当に私のことを考えて選んでくれたのだなと思う。
 そう思うと、まだ後ろめたくはあるけれど早く会いたいと思う。
「似合っている」
「ありがとう、鏡志朗。鏡志朗もスーツ姿似合ってるぞ」
 日本人にしては高め身長を持つ鏡志朗は、姿勢もいいからかっちりと着込んだスーツが鏡志朗の魅力を引き立てていてかっこいい。
 鏡志朗の手が伸び、私の頬を擽る。
 それに擦り寄るようにして私は目を伏せた。

「……ごほんっ」

 わざとらしい咳に私は鏡志朗から慌てて離れ、開いたままの扉の奥を見た。
 そこにいたのは顔を赤くしたフェイだった。
「お迎えの人、来てます」
 顔を俯かせたまま、すっと玄関の方を指差す。
 とりあえずいえることは、今日はフェイと一緒にユウとエリカがいなくて良かった。
「今度からはちゃんとドアをしめてからお願いします」
「すまない、フェイ」
「いいんです」
 フェイは顔を更に赤くしながら、首をブンブンと振ったあと、直ぐに早足で行ってしまった。
「ルル」
「なんだ」
「……いや、なんでもない」
 鏡志朗は曖昧に言葉を濁すと、私の手を取って歩き出した。
 ……何を言おうとしたんだろう。


 外へと続く玄関の扉を開くと、そこには黒のスーツをぴしっと着こなす朝比奈と千葉の二人が居た。
 二人を指名したのはこちらなので驚くことはなかったが、二人は私の顔を見て驚いているようだった。
 私がゼロなのだろうかと言う不審の視線に私は悠々と微笑んだ。
「久しぶりだな、朝比奈、千葉」
 答えはそれだけで十分だったようで、二人ははっと居住まいを正してぴっと敬礼をした。
 そこはなんとも軍人らしい反応だと思う。
「詳しくは車の中で話そう」
 扉を閉めた鏡志朗の苦笑から察するに、子ども達がこちらを覗いていたのだろう。
「そうだな」
 私は鏡志朗に手を引かれ、車の中へと乗り込んだ。

  *  *  *

「……まさかゼロが女の子だったなんて」
 走り出してしばらくして、朝比奈がそう切り出した。
「私もてっきり男だとばかり……」
 千葉も表情にあまり出てはいなかったが、動揺していたようだ。
「表でも男として暮らしていたからな。疑問に思わなくて当然だ」
「でもなんでです?そんなに美人なのに」
「……美人は関係ないと思うが?」
「そこはノリって言うかー……って睨まないで下さいよ、藤堂さんも千葉さんも!」
 信号が赤へと変わり、車が一時停車する。
「女だとイロイロ都合が悪かったんだ。妹を守らなきゃいけなかったし、妹は私が女だと知らなかったからな」
「ゼロだと言うことも?」
「もちろん。私=ゼロと知っていたのは鏡志朗とC.C.だけだった。ロイドやシュナイゼルには私から話したがな」
「そこずっと疑問だったんですけど、ゼロって現皇帝とどういう関係なんですか?」
「今はゼロじゃない。本名はルルーシュ。今はL.L.……ルルと呼ばれている。……これを先に言うべきだったな」
「そうだな」
 千葉が苦笑するのを見て、私も苦笑を浮かべた。
「私のチェスの腕前と、ロイドが母上のファンだったことがきっかけだろうな」
「ファン……ですか?」
「ああ。ブリタニアの騎士侯だったんだ。閃光と言う二つ名を持った数少ない女性騎士侯だった母はブリタニア皇帝の目に止まり……私と妹が生まれた」
「ってことは……」
「ゼロ……じゃないや、ルルって皇族?」
「第十一皇子にして第十七位継承権を持っていた。庶民出の母を持っているにしては少々高すぎる位だがな」
「ひぇー」
「それでもいつかは皇女に戻るのだと髪を伸ばしていたんだが、こちらに来るときにばっさり切った。これはウィッグだ」
 長いストレートの髪を指で弄る。
「伸ばしていればこのくらいにはなったかもしれないな」
「それは是非伸ばしてください」
 片手でハンドルを切りながら、朝比奈がぐっと親指を立てる。
 千葉は「運転中、運転中」と呪文のように呟きながら、振り上げた拳を押さえ込んでいた。
 ……千葉の苦労が垣間見えた気がする。

  *  *  *

 ブリタニアの建築物であるホテルの一室に私と鏡志朗は案内された。
 千葉が私たちの前を、朝比奈が後ろを歩きながら通された部屋の中には卜部と仙波の姿が既にあった。
 室内で待っていた二人は驚きと困惑の入り混じった顔で私と鏡志朗を見つめていた。
「やっぱり仙波さんたちも驚きますよね。彼女がそうですよ」
 扉が閉まるのを確認した朝比奈はそんな二人に噴出してそう告げた。
「お、女だったのか?」
「ああ。今はルルと呼ばれている」
 手を差し伸べれば、戸惑ったように返してくる。
「ずるっ!ルル、俺……………はいいです」
 千葉に睨まれ、朝比奈はゆっくりと上げた手を下ろした。
 それに苦笑しながら、車の中でも話したことを仙波と卜部にも簡単に話した。
 やはり二人も私が皇女だったのだと言うことには驚いていたが。


「お前達には迷惑をかけるが、来年から俺はサイタマ基地へ移動が決まった。それについてきてほしい」
「忙しくなりそうですが、藤堂将軍のためならば」
「藤堂将軍居る所、四聖剣在りですよ」
「異論ありません」
「望むところですよ」
 色よい四人の返事に鏡志朗はほっと胸を撫で下ろした。
「でもなんでサイタマなんですか?」
 首を傾げる朝比奈に鏡志朗は言葉に詰まる。
「私が孤児院を離れられないからだ」
「あの孤児院になにか?」
「それもあるが……今五ヶ月目なんだ」
 その言葉に四人ともがそれぞれ驚いた様子を隠せないでいた。
「そ、それって日本返還前にはもう妊娠してたってこと!?」
「そういうことだな」
「二重生活にテロ活動にKMFの操縦……なんてタブーばっかり……」
「だが経過は順調だ。元々安産家系だったみたいからな」
「それでも限度があります。……心中ご察しいたします、藤堂将軍」
 千葉は鏡志朗に同情の眼差しを送る。
「ラクシャータにもよく言われた。だがガウェインを手に入れてからの操縦はC.C.がメインで行っていたから対して負担ではなかった」
「不規則な生活は明らかな負担だったろうがな」
「……そこは言うな」
 蒸し返す鏡志朗に私はぷいっと顔を背けた。

―――バンッ!

 それと同時に勢いよく扉が開いた。
「ルル!」
 扉を開けて入ってくるなり……いや、扉を開けた時点で既にそうなのだろうが、神楽耶は代表としての顔が崩れ、普通の少女のようにぱたぱたと走ってきて私の傍へと駆け寄る。
 だが私に飛びつく直前、はたっと神楽耶は焦る気持ちを慌てて抑えた。
「い、いけませんわ。私としたことが」
 途中からはゆっくりと歩み寄り、神楽耶は私の前に立った。
 以前と変わらず小柄な少女はじっと私を見上げる。
「お久しぶりです、ルル。電話でもお聞きしましたが、お体は大丈夫ですか?」
「鏡志朗が来てからは随分と楽をさせてもらっています。便宜を図ってくださった皇代表には感謝しても足りません」
「そんなにかしこまらないで」
 感極まり、瞳を潤ませながら神楽耶は私に微笑む。
「私の方こそルルに感謝をしなくてはいけないですわ」
「感謝?」
「そう。出会った一度目、まるで人形のように美しいあなたを見ました。強請って会いに行った二度目、貴方は私たち日本人の醜い激情に屈することなく妹と、己のプライドを守っていましたね」
「子どもの小さなプライドです。あの頃の非礼も重ねてお詫びします」
「必要ないですわ。だって私たち日本人が幼かった貴方にした仕打ちの方がもっと酷かった」
 私なんかよりも傷ついた顔を浮かべ、神楽耶は俯いた。
 彼女はあの頃と変わらない優しい心をもっていたのだと改めて感じた。
「時を越えてようやく再会した三度目。私は貴方が貴方だと気付いたときとても怖かった……あんなことがあったのにどうして日本を愛してくれるのかわからなかったのです」
「それは……」
 スザクを愛していたからだ。
 日本じゃない、スザクを……
「大体、理由があの箸にも棒にもならない大馬鹿野郎な従兄の所為なのだと気付いたときは本気であの馬鹿殺してやる!って思ったんですよ」
「あ、いや、それは……」
 不味い。それは流石に不味い。
 激昂した神楽耶は今ココにスザクがいたら本気で殺しかねない勢いだ。
 ブリタニア人風の容姿を持つ神楽耶のSPは動じる様子を見せなかったが、他のSPや四聖剣の四人はさすがに神楽耶の変貌に唖然としている。

「なんでルルじゃなくてあんな女」

―――ギクッ
 身体が強張り、嫌な汗が吹き出る。
「皇代表、どうかそのことは」
 鏡志朗が私の背を優しく撫でながら、神楽耶の続く言葉を止めさせた。
「そうですわね……あんな女でもルルにとっては縁者ですもの」
 違うんだとも言えず、ただ私は鏡志朗に少し身を預けた。
 あれは意識が残りつづける限り、私が忘れてはならない永遠の罪だ。
 姉上にはまだ言っていない。私の身体を気遣い、落ち着いてからでいいからといってくれた。
 本当はとても気になって居るはずなのに……
「失礼します、皇代表」
 鏡志朗は神楽耶に断りを入れると、私の背を押して再び椅子に座るよう促した。
「まあ申し訳ありません、私としたことが、身重のルルを立たせっぱなしにしてしまって」
「言わない方も悪いのです」
 鏡志朗はそう言うと、神楽耶の椅子も引いた。

「……本当、悔しいですわ」

 ぽつりと零す神楽耶に藤堂は首を傾げた。
「私もルルを好きだったのに愚鈍な従兄の所為でろくに会うことも叶わなかったですし、藤堂のことは後から報告されるし」
 頬を膨らませ、両腕を組む神楽耶に私はただ苦笑を浮かべた。
「申し訳ありません、皇代表」
「神楽耶って呼んでくださいませ。話し方も気安い方が好みですわ」
「ふふ。わかりましたよ、神楽耶」
「ああ、やっぱりルルは可愛いですわ!」
「そうですか?」
 首を傾げると、神楽耶は「そこがいいのですわ」と微笑んだ。
 ふと神楽耶のSPの一人―――先ほどのブリタニア人風の年若いSPだ―――が神楽耶に何か耳打ちをしにやってきた。
「コーネリア殿下が御出でなさったようですわ」
「そうですか」
「通してくださいませ」
 SPにそう言うと、神楽耶は席を立った。
 私も席を立ち、開く扉を見つめた。

 緩くウェーブを描く紫色の髪。
 きゅっと引かれた紫のルージュ。
 一ヶ月ぶりに姿を見る姉上はいつもの軍服に身を包み、後ろにはギルフォードとダールトンの二人を従えていた。
 どうやら護衛の騎士は二人だけのようだ。
「今回はこのように席を設けていただき感謝する、皇代表」
「いいえ。私もルルには会いたいと思っていましたから構いませんわ」
 一応表向きは秘密裏の皇代表とコーネリア第二皇女の会食である。
 形通りではあるが挨拶を交わし、姉上は私の方へと歩み寄る。
「久しぶりだな、ルルーシュ。ギルフォードからますますマリアンヌ様に似てきたと聞いていたが、なるほど……そのドレスもよく似合っている」
 微笑みながら、姉上は私の頭をそっと撫でた。
「元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます。このドレスのこともそうですがあのことも」
「それについては気にするな。私たちのほうもどうにかしなくてはと思っていたからな」
 なんの話だと言う藤堂の視線を曖昧に笑って私は誤魔化した。



⇒あとがき
 超ぐだぐだorz
 もうどこで終わっていいのかよくわからなくなりました。
 微妙にスランプのまんまなので、自分落ち着いたらそのうち修正します。
 っていうか五ヶ月目って記入しましたが普通何週目とかっていいますよね……しくった(´Д`;)
20080205 カズイ
20080904 加筆修正
res

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