06.再会のゼロ
涼しくなってきた秋風そよぐ中、俺は白いシーツの伸ばすように振った。
手馴れた洗濯は本日二度目のものだ。
最初は本当に10人程度の孤児院だったここも、神埼と言う支援があるためか家を失った沢山の子どもたちの家―――帰る場所となった。
その分洗濯物の量も食事の量も最初のころより増えたのだ。
元教会だった建物にそんな子どもたちの人数に部屋数が追いつくはずもなく、隣にある院長の本宅も利用している。
本宅は年老いても使いやすいようにスロープなどが充実しているので、俺は近々そっちに部屋を移動する予定だ。
もし転んだりなんかしては大変だからと言う院長の気遣いは大変ありがたかった。
元々院長も夜は職員のナナエとトオルの二人に任せて本宅に戻っていたから、俺としても少し気が楽だった。
本宅はエリア11と呼ばれていた時代に作られたため、純和風とは言いがたいが、中には純和風の部屋もこっそり作られていてどこかほっとする。
そう言えばそれを思わず零したとき、院長は少し驚いた後、優しく微笑んでくれた。
「ルル先生、こっち終わったよ」
「おわったよー」
家事全般を良く手伝ってくれるアカネと、その妹のユイが籠を片手に戻ってくる。
アカネとユイの年はちょうど俺とナナリーが日本に来たときの年だ。
ふと日本に来たばかりのことを思い出す。
あの頃は本当に大切なものは世界で母上とナナリーだけだった。
俺を気に掛けていたコーネリアやユーフェミアの両皇女が身近にいたおかげで、皇女と言う立場が皇子よりもどれほど生き辛い立場か知りながら、俺は髪を伸ばし、いつかは皇女に戻るのだとそう思いながら暮らしていた。
だが母上をテロに殺され、感情のまま父に抗議し、皇位を自ら捨てた。
日本に人質として送られることが決まった日、母上を守りきれなかったことも含め、長くなっていた髪を切り落とした。
日本に送られる間はずっと、せめてナナリーだけでも殺されないようにしてやろうと考えていた。
"ブリタニアの皇子と皇女"と名目上送られていても、実際の皇位はすでに廃していた。日本人は誤解を鵜呑みにしていただけだ。
自国の人間すら信じられなくなっていたのに日本人を信じられるはずもなく、誰にもナナリーを触らせたくなくてナナリーを背負って、子どもには少々長く辛い石段を必死に登りきった。
その先で暮らすうち出会った人物の一人―――そうあくまで一人にすぎなかった藤堂を7年と言う長い月日を空けて再会し、愛してしまったのだ。
ずっと"好き"という想いを友情だと思い込んで誤魔化してきた報いを受けた俺の傍にいてくれると言って、抱きしめてくれた。
砕け散った稚拙な恋愛感情。気付くのが遅すぎたそれに感謝すら覚える。
確かに求めるのは俺からばかりだったけど、それでも愛してくれた。大切にしてくれた。
それだけで十分だ。
「ルルーシュ」
それでも、ただ一つ捨てきれない自身の名を呼ぶ彼の声が今はとても恋しい。
* * *
テロが起きて数日しか経っていないと言うのに、恐らくは日常へと戻っている活気はあるが少し寂れたゲットーの町を歩いた。
一応は軍属に戻ったことで届けた無期の休暇申請はあまり良い顔はされなかったが、話を聞きつけた神楽耶嬢……いや、今は皇代表か、が受理させたのだ。
ほんの数分ではあったが、彼女と面会することを条件とされた休暇。
その面会も彼を頼みますと言った短い願いを聞き届けるためのものだった。
"彼"と言ったのは護衛のために居た側近を考えてのことだろう。彼女はラクシャータから大体の事情は聞いていると言っていた。ならばルルーシュが男ではなく女なのだと知っていても可笑しくは無い。
表情には見せなかったが、彼女の瞳は悔しさが滲んでいた。
一国の代表となった彼女は簡単にルルーシュに会いに行くことはできない。
だからこそ頼んだのだろう。
ルルーシュの居場所に気付き、どうしても会いたい衝動を抑えられなくなった俺に。
ルルーシュ……いや、ゼロの願いを聞き届けるならば俺は軍に居なければならなかっただろう。
だが俺は軍人である前にただの人だ。彼女を愛してやまないただの男なのだ。
幼い頃、俺を"奇跡の藤堂"になさしめた息も絶え絶えだったブリタニアの小さな皇子。
死んだと思っていた皇子と七年の時を経て再会したとき、俺は皇子が本当は少女だったのだと言うことを知った。
そして、今にも押しつぶされそうな未成熟の心を包むように強くあの小さく細い身体を抱きしめたとき、愛しいと思った。
いつだったか作戦の後に雪崩れ込むように彼女に誘われるままに彼女を組み敷いた。
獣同士が貪りあうように、昂ぶった気を抑えるかのような行為ではあったけれど、出来る限り初めての彼女を気遣って抱いた。
最初に抱いたその日、夜中に目覚めた彼女は身体の痛みに悩まされながら起き上がり、泣きも、笑いもせず、ただじっと宙を見上げていた。
俺は起きたそぶりを見せず、そんな彼女と同じ空間を過ごした。この時俺は彼女を手放したくないと思った。
黙って消えたあの時、C.C.と交わした一年後まで残りの時間、彼女の傍で彼女を愛してやりたいと思った。
だけど彼女の願いを優先させようと思っていた俺が俺の足を止めていた。
スザクくんと再会して、テロのニュースが流れて、ラクシャータの些細な変化に気付いて、そしてようやくたどり着いた彼女へ手がかり。
あの時のように悔いるのは嫌だった俺は、躊躇わず一歩を踏み出した。
視線の先にあるのは少し小高い場所にある洋風の教会。
奥には別の建物も見える。あれがサイタマ孤児院。
あの頃は師範をしていた相模師匠(せんせい)が運営している孤児院。そして神埼氏の三男坊でもある孫のトオルくんがいると言う孤児院。
あそこにルルーシュの手がかりがあれば良いが……
俺は歩みを早めた。
* * *
「―――ルル先生」
「!」
「ルル先生、手が止まってるよ?」
アカネの声にはっとして、俺は慌ててシーツを干しに掛かった。
「せんせ、だいじょぶ?」
「ちょっと考え事してたんだ。あまり気にするな」
くしゃりとユイの柔らかい髪を撫でると、ユイはきゃあっと嬉しそうに声を上げた。
思わず俺は笑みを浮かべ、最後の一枚に手を伸ばす。
「―――ルルーシュ」
懐かしい響きを持つその声は俺の耳に届いた。
伸ばしかけた手を思わず止め、俺は顔を上げた。
薄く開けた唇。
喉がカラカラになって言葉が中々出てこない。
会いたかった。
会いたくなかった。
そんな相反する思いが胸を締め付ける。
「……藤堂」
それでもどうにか名を呼んだ。
絡み合った視線が外され、確かに膨らんだ腹部に視線が向かう。
俺は腹部を押さえ、一歩後ろに下がった。
正直この場から走って逃げ出したい。
だけどそれはこの子のためにならないし、なにより逃げたところですぐに捕まるのは考えなくたってわかる。
「ルルーシュ」
もう一度、藤堂は俺の名を呼んだ。
無性に怖くて、思わず肩がびくりと揺れる。
「俺は今まで、君が求める通りにしてきた」
真っ直ぐな瞳は鋭いくせに、卑怯なくらい優しい。
「だがそれはただの俺の逃げだった」
たまに見せる小さな笑みを浮かべ、俺に歩み寄る。
「遅くなってしまったが、俺にも求めさせてはくれないか?お前を。お前の守りたいものを」
「とうど……」
「"空気を読め"」
意地悪そうな笑みに変えて頬を大きな手が包み込む。
「……鏡志朗」
あったかい。
そう思った瞬間、ぽろりと一滴の雫が零れ落ちた。
それをきっかけに次々と涙が溢れ出す。
悲しくは無いんだ。ただ愛しくてたまらない。
「誰だ!!ルル先生泣かしてるヤツは!」
誰だこのシリアスぶち壊す馬鹿は。涙が止まったぞ。
……ってそんな馬鹿はここには一人しかいないがな。
「空気読んでよ、トオル兄」
額を抑え、アカネが呟く。
反対の手で目隠しをされていたユイはその手を退け、トオルを見る。
「ね、ね!こーいうのまがわるいっていうんでしょ?」
「そうだね、間男?」
「いや、それはまた意味が違うからな、アカネ」
「ま、間男……!」
「そこ、ショックを受けるな!」
涙の跡を拭い、俺は溜息をついた。
「トオルくんか。随分と大きくなったものだな」
目の前の藤堂はと言えば感慨深げにそう呟いた。
「なんだ、知り合いだったのか?」
視線を上げれば、藤堂はいつもの顔をしていた。
「ああ。昔、交流試合の時に会った」
「……そう言うつながりか」
そう言えば神埼は元々道場を開いていたんだったな。
エリア11になったことで道場は潰され、日本に戻ったところであれから七年。門下生も散り散りになっただろうし、道場の主だった院長の夫は既に亡くなっている。
前に聞いた話だったが、それほど気には留めていなかったな。
「道場か」
「一度だけ来たことがあったな」
そう一度だけ。
スザクに連れられ、藤堂を紹介されたのだ。
その時と出会った時、そして殺されそうになった日から藤堂と別れたあの日まで。
日数にして一週間もない幼い頃の自分と、藤堂の時間。
「あの頃はまさかお前を愛す日が来るとは思わなかった」
「俺もだ」
特に意識もせず結んだ手があたたかい。
反対の手はまた腹部に当てて、藤堂に少し寄りかかった。
傍にいてくれるだけでこうも暖かい気持ちで居られるなんて思わなかったな。
手放したくないな。
この子も、藤堂も、今の生活も全部。
今まで失ってきた何よりも手放したくない愛しくてたまらないもの。
だけど確実に今このときも時は迫ってきている。
きっと別れは辛くなるだろう。
「鏡志朗」
俺は強く彼の手を握った。
⇒あとがき
再会いたしました〜。でもこれが第二部の最後ではありません。
ようやく第二部折り返し地点でございます。完結できるのか不安になってきたぞww
次回は院長による藤堂の意外な過去暴露を予定。
上手くいくといいな……(遠い目)
20071027 カズイ
20080904 加筆修正