04.不明のゼロ
ゼロの全てを知る者なんて、結局はゼロ本人だけだった。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは7年前、日本の地で。
ルルーシュ・ランペルージは混乱の最中、ゲットーで。
それぞれまったく別の人間として死んだとされている。
ルルーシュ・ランペルージの葬儀は遺体がないまま行われたのだと紅月は寂しそうに語った。
彼女は知らない。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在も、その死が偽りだったことも。
ルルーシュ・ランペルージが死んだのはゼロが魔女に連れられ、一人どこへとも知らぬ場所へ行くためのものだったと。
一体どこから計算していたのか。
スザクくんに生きろと言った時はすでに決めていたのだろうか。
C.C.に一年の猶予を貰い一人でどこかへ行くことを。
どうして一人を選ぶ。
俺が傍に居ると言ったのに―――
「ここいいかな?」
「ああ、どうぞ」
「って、あれ?南さんって指輪してましたっけ?」
目ざとく見つけたらしい朝比奈に南が「ああ」と呟く。
「作業中は外してるからな」
「ああ、それで」
南は黒の騎士団の初期のメンバーであり、共に戦ってきた仲間。
そして今は月下の整備をラクシャータじきじきに任された一人だ。
俺を含め、大多数の黒の騎士団のメンバーたちはこのキョウトに駐留し、合衆国日本の国家代表である皇神楽耶を支えるべく日々奮闘している。
ブリタニアとは同盟を結ぶ形になったとはいえ、隣は大宦官が支配する中華連邦。
平和とはまだ少し遠いが、それでもブリタニアとの停戦以前に比べれば随分と落ち着いたほうだろう。
ブリタニア皇帝がシュナイゼル・エル・ブリタニアに変わったことで日本に対する姿勢は優しいものになった。
すべてはこの日本にルルーシュがいるから。
それとは知らず、誇りも文化も取り戻した日本は、合衆国として日本人に限らず嘗てナンバーズと呼ばれていた人種も含め、多くの外国人を受け入れている。
平和な国・日本。
嘗てのその姿に少しずつ近づいているのは確かだった。
「……なんだ?」
じっとそれを見つめていた朝比奈に南が食事をしていた手を止めた。
「や、小指って珍しいなぁと思ってさ」
「願掛けしたいことでもあったのか?」
俺がそう聞くと、南は目を大きく開いた。
「……知ってるんですか?」
隣にいた杉山も俺を凝視する。
「ピンキーリングだろう?」
何故そこまで聞くのだと思いながらも、俺はその指輪の名称を言った。 そのすぐ後、ガシャンッと誰か―――それも複数―――が食器を落とす音が響いた。
「朝比奈さんが知らないことを知ってるだなんてっ!」
音の先を辿れば井上が驚愕の表情でそこにいた。
その隣には同じく食器を落としたらしい千葉の姿があった。
「……何故そこまで驚く必要がある」
「普通驚きますよ」
正気に戻った南が言う。
「ピンキーリング?なんですかそれ」
意味が分からないらしい朝比奈は首を捻るばかりだ。
「藤堂さん、私応援します!」
がしっと井上の手が箸を握っていた俺の手を無理やり掴んで言う。
「……何をだ」
「だから正直に言ってください。相手の子いくつなんですか!?」
「「ええええええ!?」」
杉山と朝比奈が同時に立ち上がった。
前から思っていたが、この二人のキャラが似ていると思うのは俺だけか?
「と、藤堂さんの年齢だと高校生は犯罪ですよ!!」
「ええええええ!?」
朝比奈がさらに驚く。
「こ、高校生?!なんでそんな断定できるの!?」
「だってピンキーが流行ってるのってブリタニアの高校でなんですよ!ちなみにこれはカレン情報♪ってことはブリタニア人で高校生ってことじゃない!平和によって結ばれる愛……ああ!す・て・きv」
手を離してくれたのは助かったが、井上のテンションがやけに上がっている。
赤くなった頬を両手で押さえ、くねくねと……だが千葉が止めに入るとぴたっと動きをやめた。
「で!」
「で、とは?」
「相手の子です!どんな子なんですか!!」
「ちょっ、井上さん!」
「どんな、と言われてもお前たちも知っているだろう?」
「え?」
「ゼロだ。確か紅月から聞いたとか言っていたが、他にも色々な指輪の意味を教えてもらった」
「なーんだ、ゼロかぁ」
残念、と井上は肩を落とした。
だがゼロと言う言葉に誰もが表情を翳らせるさまが伺える。
特に日本人は、ゼロを英雄視していた。ゼロがブリタニア人だと言うことも、本当はまだ17歳の少女だったと言う事も知らない。
誰も知らないゼロ。
ゼロをゼロにしたのはブリタニアであり、ゼロ自身。
ゼロ……お前はどこにいる。
ルルーシュと言う名を捨て、存在を消し、今は何を名乗り、どこにいると言うんだ。
* * *
「だーかーらぁ、そうしたらこっちとのバランスが崩れるでしょうがぁ」
画面を指差しながらロイドさんに難癖をつけるのはラクシャータ・チャウラーさんと言って、日本側から派遣されているナイトメア開発に関わる一人だ。
あの日アヴァロンでの一件のこともあり、僕はあまり彼女が好きにはなれないでいた。
それでも妥協するのはこれが仕事だからと割り切れる冷静な自分が居るからだろう。
「でも〜その分新しいパーツを加えて新しい武器を……」
「ふざけんじゃないわよぉ、武器増やすなんて持ってのほかぁ!」
二人を仲裁するのはもっぱらセシルさんの役目だ。
だけど今日はセシルさんは風邪で休み。どうやら昨日の雨に降られたらしい。
ランスロットに乗るようになってKMFのことを少しずつ理解してきたつもりだけど、さすがに専門過ぎて間に口を挟むことが出来ない。
仕方なく、僕はコーヒーを載せたお盆を手にその場で待機するしかなかった。
「スザク」
不意に声を掛けられ、僕は振り返る。
そこにいたのは、最近見慣れ始めたぴんと後ろ髪を逆立てるボーイッシュな雰囲気のカレン。
学校では堂々と日本人を名乗っているけど、ここで紅蓮弐式のパイロットを続けているのはナイショだ。
といっても、一応ナナリーとミレイさんはそのことを知ってる。
ナナリーにカレンと仲良くなったことを誤解されたくなかったからカレンに相談して先に話した。
ミレイさんにはカレン自身が明かしたらしい。黒の騎士団にいた事も―――
僕もミレイさんもルルーシュが誰に殺されたのか口外する気はなくて、結局その秘密は僕とミレイさんとゼロ本人、そして藤堂さんだけが知っていることになる。
「ちょっと、無視しないでよ」
「ごめん、ちょっと考え事してて。で、えっと、何?」
「あんたにお客」
「客?……僕に?」
僕を目的に来るに客なんて心当たりがなくて、首を傾げた。
「神埼道場の三男坊って言えば判るとか言ってたわよ?知り合いじゃないわけ?」
「神埼道場の三男坊……もしかして、神埼トオル?」
「「お前にだけは絶対負けない!」」
そう言って睨みあっていた記憶が不意に蘇る。
確かルルーシュが日本に来るよりも前のことだ。
自慢じゃないけど筋の良かった僕は同じ道場の同年代に敵はいなくて、少し上の子たちと稽古させてもらっていた。
その当時の僕はそのことでかなり天狗になっていて、そんな僕を見かねた藤堂さんが引き合わせてくれたのが彼―――神埼道場の三男坊・神埼トオルだった。
年は僕と同じで、お互いムキになっていたんだよなぁ。
「なんか懐かしいなぁ」
「あっそ。じゃあ行って来たら?ここは私が代わってあげる」
ひょいっとお盆を取り上げられ、僕は急に手持ち無沙汰になった。
「えっと、どこに?」
「この棟の入り口よ」
「ありがとう、カレン。後よろしく」
僕はそう言ってその場を駆け足で後にした。
8年ぶりくらい、かな?
昔の知り合いなんて殆ど会えてないから嬉しい。
ルルーシュは死んでしまったし、ナナリーは今もブリタニアから隠れて暮らしてる。
藤堂さんは今の日本の中心・キョウトにいるからルルーシュのことを聞いたのが最後に会った日かな。
他には本当、殆どいなかったから、僕は少し浮かれていた。
「トオル!」
飛び出した先、居たのは赤いメッシュの入った青年。
一瞬僕は固まってしまった。
彼はすっと手を上げ、にっと笑った。
「よお、スザク」
懐かしい笑み……なんだけど!
「何その変わり様!!」
「お前こそいい子ちゃんに変わったくせに今更何言ってんだよ」
呆れたようにそう言って、彼は僕に歩み寄る。
背は僕よりも高くて、雰囲気も随分と大人っぽい。
昔は本当に良家のお坊ちゃんらしくいい子ちゃんって雰囲気だったのに、この8年の間に彼には何があったのだろう。
「スザクがアッシュフォードに通ってるってニュースでやってたの思い出してさ。ほら、叙勲式辺りのころ。んで、聞いてみたら会長さんがこっちだって教えてくれたんだよ」
「ミレイさんが?そうかそれで……あれ?でもなんで突然」
「弟が来年からアッシュフォードに編入することになってさ。その様子見ついでに挨拶に来たって訳」
「弟……ああ、四人兄弟だったっけ」
「そ。西の桐原、東の神埼ってね。一応神埼の人間として先陣切ってブリタニアと仲良く手を繋ごうってわけ」
「トオルの弟が後輩になるのか……」
「まぁ、仲良くしてやってくれよ。頭はいいけど、その分あいつ体力ないんだよなぁ〜。護衛も兼ねた奴を一緒に入学させる予定はあるけどさ、日本人ってほとんどいないじゃん?頼むぜ、スザク」
「うん」
僕は素直に頷き、トオルは満足そうに笑んだ。
「なぁスザク。お前、まだやってるか?」
トオルは竹刀を握るように手を出した。
「まぁやってるけど……一応ブリタニア人だから最近は割とブリタニアの剣術を使ってるんだけど」
「は?何、お前、まだ日本に帰化してないわけ?」
「まだって言うか、僕はこのままブリタニア人のままでいるつもりだよ」
「せっかく今が日本人に戻れるチャンスなのに」
「そうだけど……まぁ、色々あって」
正直何を言っていいのか分からないし、僕は曖昧に笑って誤魔化した。
「そっか……。にしても残念だなぁ、気合入れる意味もこめてお前と打ち合いたかったのにな」
「気合?なんで」
「……実はさ……プロポーズしようと思っててさ」
「ぷろっ……ええ!?」
「彼女さ、妊娠してるんだ。そろそろ五ヶ月」
「ねぇ、それってもしかして違う人、の……?」
トオルは苦笑を浮かべる。
「そう。相手の男に妊娠したって言えなくて、日本返還のゴタゴタに紛れて家出したらしくて、今俺のばあちゃんの孤児院で子どもたちに住み込みで勉強教えてるんだ」
「既婚者にプロポーズってなんか違うんじゃないか?」
「既婚者じゃねぇよ。未婚。シングルマザーってヤツ?……相手のこと聞くと泣きそうな顔するからあんまり聞けねぇんだけどさ」
トオルは目を細めて笑った。
その笑みから、本当にその人のことが好きで愛してるんだなぁって伝わってきた。
―――RuRuRu……
ふとトオルの端末が音を立てる。
「あ、俺だ。悪い」
トオルは僕に断りを入れ、携帯を開く。
「どうした?……ああ、わかった。……じゃあ、後でな」
「弟さん?」
「説明終わったから生徒会室でお茶貰ってるんだってさ」
端末を胸ポケットに仕舞い、トオルはくつりと笑った。
「俺、そろそろ行くな」
「うん。あ、連絡先聞いていいかな?」
「サイタマゲットーの……って、今書くものないから会長さんに渡しとくよ」
「わかった。連絡する」
「待ってるぜ」
こんと互いの拳をぶつけ合う。
なんだか懐かしい感覚に僕は久しぶりに心から笑った。
⇒あとがき
接点を無理やり作ってみた。オリキャラ神埼トオルくんです。
トオルがプリポーズしようと思ってる人こそルルたんです。
でもこんな形じゃなくてちゃんと出したいよ〜!!(泣)
20070725 カズイ
20080903 加筆修正