03.沈黙のゼロ

 ルルーシュはテロに巻き込まれて死亡したのだと会長は他の生徒たちに説明した。
 だけど本当は、少し違う。
 ルルーシュは殺されたんだって、少し落ち着いた会長から聞いた。
 見ていたと言う人が言うには、争うような声が聞こえて駆けつけると、直前に銃声が聞こえ、駆けつけたときにはルルーシュの遺体が残されていたと言う。
 誰かに知らせようと外へ出たところ、建物は爆発、崩壊し、火の手まで上がったのだという。
 アッシュフォード学園の制服を着た少年と言うことで学園に知らせ、その外見特徴からルルーシュだと判明したのだった。
 第一、この騒動で怪我をしたものは居ても死んだ生徒は他にいなかった。家族を失った奴とかは居るみたいだけど、皆生きてる。ルルーシュ以外全員。
 遺体は結局見つからなくて、遺体の無い葬儀はシャーリーのお父さんの葬儀の時よりも悲壮だった。

 俺はただ嘆くしかできなくて、他の皆もそう変わらなかった。
 自宅通いってこともあって数日振りに会ったカレンも戸惑った様子で参列していたし、シャーリーはまだどこか信じられないと言う様子だった。
 軍は暇を貰ったと言うスザクは壊れた人形のように、表情もなく死んだような目でじっとルルーシュの墓を見つめていた。
 形ばかりの葬儀は正直、どう言っていいのかわからない。
 ルルーシュとナナリーちゃんには他に家族も親族もいなくて、目の見えないナナリーちゃんの変わりに会長が送葬者を務めた。
 思えば俺、ルルーシュのこと結構知らないことが多かった。
 知っているのはいつだってナナリーちゃんが一番で、次が会長とスザクだったってこと。
 ものぐさで、だけど頭よくって、俺の悪友。
 知らないことがあってもそれでいいって思ってたけど、それって結構寂しいことだったんだな。

 一人、また一人と人が離れていく中、スザクは動かなかった。
 じっと墓を見つめ、ぎゅっとポケットの中のものを強く握っていた。
 ぐしゃっと言う音が聞こえて、それがなんなのかはわからなかったけど、ルルーシュとの思い出なのかもしれないと思った。
 その隣にいたナナリーちゃんはスザクよりもどこか落ち着いて、静かな表情で墓を見ている。

「スザクさん、ちょっといいですか?」
 不意にナナリーちゃんが口を開き、スザクを見上げた。
「……うん」
 やはり機械的に返事をするだけのスザクはナナリーちゃんと向き直ってもその表情に光が射すことは無い。
 よく笑って、悲しんで、怒って……表情がくるくる変わる、結構わかりやすい奴だったのに……
 本当、壊れた人形のようだ。
「少し屈んでいただけますか?」
「……うん」
 ルルーシュの死を告げたときの会長と少し違うけど、腰をおろし、まるで騎士のように立つ。
 まるで、なんて変だよな。スザクは騎士だったんだ。
 ユーフェミア様があんなことしなきゃ、今だって普通に騎士様で……
 本当、ユーフェミア様はどうかしている。
 日本人を、ブリタニア人を、皆を裏切った血塗れの皇女。
 ……だけど、スザクが愛した人。
 正直、複雑っちゃ複雑だ。

 ナナリーちゃんは優しい子だ。悲しむスザクの頭をそっと撫でるのかもしれない。
 そう思って俺たちは二人を見守る。

―――パシンッ

 次の瞬間、聞こえたのはスザクの頬がひっぱたかれる音だった。
「枢木スザク!あなたは生きているのですよ!だったらお兄さまの分まで私を守りなさい!!」
 目を見開くと、乾いた涙の所為で目がパリパリした。
 まあ、簡潔に言うと、びっくりした。
 でも、これはユーフェミア様に次いでルルーシュを失ったスザクにはいい薬だったのかもしれない。
 目をぱちりとさせたスザクは徐々に光を取り戻していき、そして呆然と返事を返した。
「はい」
 それにどこか安心する俺がいた。
「……戻りましょう」
 微笑むナナリーちゃんに言われ、俺たちはその場を後にした。
 一度だけ振り返って、ルルーシュの墓を見た。
(なぁ、ルルーシュ。お前、なんでゲットーに行ったわけ?)
 答えなんてあるはずもなく、俺は墓に背を向けて歩き出した。

  *  *  *

 正直、遺体が見つからなくて当たり前だった。
 17歳の少年の遺体なんて、見つかるはずが無い。だって、ルルちゃんは女の子だったのだから。
 焼け焦げた悲壮な爪痕の残る惨状。
 それは私たちブリタニア人が目を逸らしつづけてきた属領の現実の姿。
 どうしてルルちゃんがここを訪れたのか判らない。
 咲世子さんが言うには、その日人に会うと行って出かけていったらしい。
 直前に電話をかけてきたという人物の正体は結局判らず仕舞いだった。

「ルルちゃん……」

 貴方の秘密は私が守ります。
 ナナちゃんのことも私が守ります。
 だから、私を見守っていて。

「……ガーッツ!!!」
「久しぶりに聞きましたよ。その言葉」
 苦笑を浮かべ、ここまでつれてきてくれたリヴァルが私にヘルメットを投げて遣した。
「戻りましょ、会長」
「そうね」
 シートに滑り込み、私はヘルメットを被った。
「しゅっぱーつ!」
「はいはい」
 苦笑を浮かべながら、リヴァルはバイクを走らせた。
 少しずつ、けれど急速に動き出す新しい時代。
 最初に宣言をしたゼロは居ない。それでもその意思を継ぐ時代の王たちが居る。

 何故かアッシュフォード家に手紙を送ってきた新しい王たち。
 皇神楽耶とシュナイゼル・エル・ブリタニア。
 連盟となった書状はスザクくんについてのことだった。

 枢木スザク。旧日本政府の首相枢木玄武の嫡男。
 戦後と言う状況で彼の心境がどうあったのかは知らないけれど、ブリタニア軍に志願し、名誉ブリタニア人となった。
 当時の総督であったクロヴィス殿下暗殺の容疑で逮捕され、ゼロの出現で疑いが晴れた。
 その後、どういった出会いをしたかは聞いていないけど、元副総督のユーフェミア殿下の口添えによってアッシュフォード学園に編入。
 ルルちゃんとは知り合いの可能性があることは考えていたけど、まさか親友だったとは思わなかった。
 正直言って皇族の口添えで入学する子がいるって聞いたときはぞっとした。
 祖父の顔が青ざめていたし、否と言えるはずもなく受け入れたけど、ルルちゃんが笑ってくれるならいいと思っていた。

 だけどふとした瞬間、ルルちゃんが苦しそうな目でスザクくんを見ていたことに気づいてしまった。
 それは恋をしているようで、微笑ましいようで……でも背筋に悪寒が走った。
 何故だか分からないその思いは時が過ぎるごとに少しずつ薄れていった。
 そしてルルちゃんのそれがある日を境に消えたとき、私は無性にほっとした。
 でも違う心配が生まれた。
 ルルちゃんがどこか艶めいたため息をついたあの瞬間、思わずルルちゃんを呼び出してしまった。
 ルルちゃんは曖昧に笑って、はっきりとは口にはしなかったけど誰かと関係を持ったのだと分かった。
 その相手はスザクくんではないことは確かだった。
 正直驚いた。まさかルルちゃんがそんな風に誰かと関係を結ぶなんて思っていたからかもしれない。
 学校に来ない日はその人と一緒にいるのかもしれない。そう思うと何も聞けなかった。
 死ぬ前にその人には会えたのだろうか。思わずそう思うけど、過ぎたこと。ましてや私に関係のないことに首をはさめるはずもなかった。
 第一相手の名前もどんな人かも知らないんだから。

 ……じゃないじゃない。スザクくんのことだ。
 二人はスザクくんの処遇についてアッシュフォード家に連絡を取ってきたのだ。
 スザクくんがこれからブリタニア人でありつづけても、日本人に戻ろうとも、そのままあの白いナイトメア―――ランスロットのディバイサーを続けてもらいたいと言う。
 そのため、嘗てナイトメア開発に関して栄華を誇っていたアッシュフォード家にスザクくんの後見人となって欲しいとの事。
 後見人となるならば爵位を上げると言う。母は俄然やる気で、祖父はスザクくんならばと言っている。
 仕えていた人物が残虐な行いをし、そしてゼロに殺されたなんて、正直スザクくんの気持ちは計り知れない。
 親友だったルルちゃんまで死んだなんて辛かったと思う。
 でもスザクくんにはナナちゃんが居る。
 優しくて、しっかり者で、目が見えない分、目に見えない想いに聡かったナナちゃんが……

「ねーリヴァル」
「なんですかー?」
「スザクくんとナナちゃんさ、上手くいくといいね」
「!……そうですね」
「なによ。なんでそこで驚くわけー?」
「や、話急だったし」
 リヴァルはくつくつと笑う。
「俺も似たようなこと考えてましたから」
 ルルちゃんが居なくなった場所に行ったから、そこから二人に行き着く。
 ま、それだけ三人の世界がアッシュフォード学園(あそこ)にあったってわけよね。

  *  *  *

「たっだいまー!」
「おかえりミレイちゃん」
「ただいま、ニーナ」
 バイクを片付けてくると言うリヴァルと別れてクラブハウス内にある生徒会室に入ると、私はざっと室内を見回した。
「っ〜!……おかえりなさい、ミレイさん」
 指をアーサーに噛まれているスザクくんがいた。
「スザクく〜ん、またなわけ?」
「……はい」
 しゅんとなったスザクくんに私は思わず吹き出した。
 どうやら本当に元に戻ってくれたらしい。
「スザクくん、ちょっといいかしら」
「?……はい」
「ニーナ、リヴァルにお茶入れてあげてて」
「うん、わかった」
 私は滅多に使うことの無い奥にある会長室の鍵を開けた。

  *  *  *

「どこから話たらいいのかしら。……スザクくん」
「はい」
「多分軍の方でもう言われてると思うけど、スザクくんはこれから選ばなくちゃいけないわ。日本人に戻るか、名誉ブリタニア人のままでいるか」
「その答えなら決まっています。僕は軍人ですから」
「……そう」
 軍人……か。
「それに、ルルーシュの代わりにナナリーを護るって決めましたから」
「うん、いい表情ね。話って言うのはこの後なんだけど、スザクくんがどっちの道を選んでもアッシュフォード家があなたの後見人になることになったって報告」
「後見人?」
「そ。仕えるべき主人があんなことになっちゃったでしょう?正直軍属で有りつづけるならスザクくんの立場はとっても危ういし、それに……」
 ナナちゃん。
 どうしてシュナイゼル陛下と皇の姫が知っていたかは知らないけど、彼女の保護をアッシュフォード家を通じてしていきたいと言う。
「会長?」
「あ、えっとね。ま、こっちも色々あるから、とにかくいろんな面でサポートするってこと」
「すみません、迷惑かけて」
「気にしないで。アッシュフォードの爵位も上がることになったし、大分融通利くようになるから」
「それじゃあロイドさんとの婚約……」
「あー、あれは一応破棄。あの人のお目当てはうちのガニメデだったから」
 納得がいったのか、スザクくんは苦笑いを浮かべていた。
「スザクくんがブリタニア人のままってことは、日本人は当分一人だけになっちゃうのね」
「そうですね」
 スザクくんはそう言えばという顔をしたあと苦笑した。
 葬儀の日からそうだったけど、皆最初は驚いた。そのときたしかスザクくんは驚いてなかったような気がする。
 ま、男女の仲と言うし、何かあったんでしょう。
「大分印象変わったものね」
 病弱を装っていたカレン・シュタットフェルトはどこへやら。
 毛先をぴんと逆立てて、どちらかと言えばスポーティな印象さえ与える紅月カレン。
 周りはハーフであったことを隠すためだと思い込んだみたいだけど、そうと知っていた私にまで隠していたくらいだものね。
 今度こっそり聞いておきましょう。

「……会長。実は話しておかないといけないことがあるんです」
「ん?何ぃ?」
「ルルーシュのことで」
 スザクくんは思いつめたような顔で言った。
 ルルーシュのこと?
 ポケットの中から、スザクくんは血に汚れた生徒手帳を取り出した。
「独房でこれを渡されました。自分が殺したと」
「……誰、が……?」
 名はルルーシュ・ランペルージ。
 写真はルルちゃんで……間違いなくそれはルルちゃんが携帯していた生徒手帳。
「―――ゼロです」

 時代の悪漢にして英雄。
 黒の騎士団を率いたテロリスト―――ゼロ。

「ゼロはルルーシュが"何者"か知っていたんです。"名前"を知っていました」
 鍵を掛けているとはいえ、隣に人が居ることを気にして、ちゃんと口にはしなかった。
 ルルちゃんは皇族だったから殺された。
 クロヴィス様やユーフェミア様、そしてシャルル皇帝のように。

 ゼロは知っていたと言うのだろうかルルちゃんが女の子だったと―――

 私は怖くなって両腕を抱え込むようにして摩った。
 何も言わないゼロが怖い。
 それをスザクくんがどうとったかはしらないけど、スザクくんはただ黙って俯いていた。



⇒あとがき
 はい、これで生徒会メンバーサイド終わり。
 今度こそ藤堂かルルの視点に戻して再会への道をば切り開きます。
20070624 カズイ
20080903 加筆修正
res

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