02.非道のゼロ

 コツコツと、軽い足音が二つ。アヴァロン内部の牢に居る僕の耳に届いた。
 おそらく女性の足音だろう。だけどそんなことはどうでもいいと、僕は顔を上げることも無く、抱えた膝に更に顔を埋めた。
 鎖でつながれた右手には血に塗れた学生手帳。
 表紙にはルルーシュ・ランペルージと書かれたアッシュフォード学園の生徒手帳は非道なテロリスト・ゼロが投げ捨てていったものだ。

 僕を救って、愛してくれたユフィを殺した。
 それだけでも許せなかったのに、ゼロは僕の大事な親友を殺した。
 ルルーシュはブリタニアの皇族としての名を捨てたと言うのに、どうして殺されなくちゃいけなかったんだ。
 シュナイゼル殿下もコーネリア殿下も生きていると言うのに、何故ルルーシュをっ!

「ここぉ?」

 そう言って立ち止まったのは僕の居る牢の前だ。
 戦地へと向かっていたアヴァロンに不要な捕虜など居るはずも無く、投獄されているのは僕だけだ。
 コーネリア殿下は他の騎士と一緒に別室へ軟禁されていると言う。
 今から戦場になるからと伝えに来てくれたセシルさんが言っていた。
 あの時、僕は何も言えなくて、顔を上げる気力もなくて、ただセシルさんの話を聞いているだけだった。

 この世界にはルルーシュが居ないから。
 大事な親友がいないから。
 世界がすべて灰色に見えてしまう。

「あんたが枢木スザクぅ?」
 語尾を延ばす女性の声に僕はゆっくりと顔を上げた。
 誰かは知らないが、褐色肌のキセルを片手に持った白衣の女性だった。
 その隣にはセシルさんが居た。
 ちらりと視線を向けたけれど、何もする気が起きない。
 億劫だった。
「あたしはラクシャータ。今度から同じ職場だろうからよろしくぅ」
 実に軽い挨拶を聞き流し、僕はまた膝に顔を埋めた。
「あ、えっと……スザクくん、アヴァロンはもうすぐ日本に着きます。その後しばらくあなたには休暇が与えられます」
 仕事の話だ。顔を上げなくちゃ。
 僕はそう自分に言い聞かせ、また顔を上げた。
「これはシュナイゼルで……陛下からの命です。シュナイゼル陛下は第99代目ブリタニア皇帝に正式に就任することになったので、特派はシュナイゼル陛下からコーネリア殿下に一時的に預かりが移ります。後継は未定のためしばらくの活動は一時停止。正式な扱いが決定するまでは日本復興に助力するため黒の騎士団に派遣されていたキョウトの技術部と共同の職務になります」
「ようはぁ、第七世代のKMFと、純日本製のKMFの技術の探りあいよ」
 ふっとキセルを外してふうっと息を吹いた。
 軍服を着ていないことから彼女が黒の騎士団の一員であることはわかっていたけど、おそらく彼女はセシルさんの言うキョウトから派遣されていた技術部の人間なのだろう。
「休暇の間に考えて欲しいの……日本人に戻るか、ブリタニア人のまま軍人を続けるか」
 セシルさんは少し考えてそう言った。
「僕は、軍人です」
「そうね。だけどゆっくり考えて。それから……」
 ちらりと僕の手の中の手帳を見る。
「……やっぱり、時間は必要だと思うの」
「わかりました」
 僕は返事をした。
 多分きっとどうあっても答えは変わらないと思う。

「行くわよぉセシル」
「あ、はい」
 コツコツと、靴音が響く。
「あ」
 不意に立ち止まって振り返る。
「ゼロ、もういないから」
「……え?」
「復讐は無駄よ〜。あの子は自分の守りたいもののためだけにこの戦いに参加してたんだから」
「守りたいもの?……そんなもののために……」
「そんなものぉ?」
 彼女は鼻で笑った。
「あんただって守りたいもののために戦ってたんでしょ?あんたがそれを言う〜?」
「ラクシャータっ」
「わかってるわよぉ。でもこれだけは言わせて。ゼロをゼロにしたのはブリタニア。そしてあんたよ。―――だから生きなさい」
 意味がわからない。
 困惑する僕を残し、彼女は歩き出した。
 それを追うようにセシルさんが小走りに走っていく。

 気力は無かったけれど、置き去りにされた食器の上のパンに僕は手を伸ばした。

  *  *  *

 アッシュフォード学園のクラブハウス。
 避難することなく、私たちは学校で待機していた。ほとんどの学生がそうだ。
 不安にかられながらじっとテレビの画面を見る。
 怒涛の数日が続くこのイレブン―――ううん、もう日本なんだよね。
 この地は合衆国日本と名を改めた。
 シュナイゼル殿下が黒の騎士団と手を組んだと言う報道がされた半日後、日本の代表を名乗る皇神楽耶と言う私よりも多分年下の女の子が宣言して生まれた新しい国。
 ブリタニアの管轄から外れたこの国と、ブリタニアの友好を記す同盟が取り計らわれた。
 これによって日本に在住したままのブリタニア人の人権が保障され、そして名誉ブリタニア人となっていた人たちが日本人に戻ることが許された。
 全てゼロのおかげだと日本人はカメラを前に歓喜していた。

 ゼロ―――非道なテロリスト。
 仮面と黒い服やマントでその姿を隠す謎の男。
 その正体は、本来この場所に居るべき少年。生徒会副会長ルルーシュ・ランペルージ。
 書いた覚えの無い私が捨てた手紙から判った正体。
 だけど本人にもその妹のナナリーちゃんにも告げることはどうしても出来なかった。
 だって私、彼のこと知らないんだもの。
 不思議でたまらない自分の記憶。
 リヴァルが私とルルーシュが仲が良かったのにとぼやいた言葉にますます混乱して、イライラした。

 それももう終わり。
 日本の勝利ともブリタニアの勝利とも言い切れないこの戦いは終結を迎えた。
 テレビの中の式典のニュースを告げるキャスターを私はじっと見詰めた。
「……え?」
 不意にリヴァルが身体を起こした。
「どうかしたんですか?」
 目の見えないナナリーちゃんが首をちょこんと傾げてリヴァルに問い掛ける。
「あ、いや……見間違いだよ……きっと……そんなはずあるわけないって」
 引きつった笑みを浮かべながらリヴァルはもう一度画面を見る。
 キャスターの頭上に位置する部分に白い文字が右から左へと次々と流れていく。
 場所と名前。続くのは死亡・重症等のあまりよろしくない言葉。
 延々と流れつづけるそれにリヴァルは誰の名を見たと言うのだろう。

―――ガチャッ

「会長」
 扉が開いて入ってきたのは会長だった。
 俯いていてその表情はよく判らない。
 少なくともいつもの明るい雰囲気とは180℃違って見えた。

 会長はまっすぐナナリーちゃんの下へと歩み寄り、そして腰を下ろして目線を合わせた。
 そっと手をナナリーちゃんの膝の上に置いた。
「ミレイさん?」
 首を傾げるナナリーちゃんを見上げる会長の表情は泣きそうだった。
 なんだか嫌な予感が胸を過ぎった。
「ナナちゃん……あの、ね……ルルちゃんが……」
「お兄さまがどうかしたんですか?」
 会長は口元を押さえ、視線を逸らした。
 肩が震えて泣いていた。
「会長……もしかして……」
 リヴァルの言葉に、私は咄嗟に視線を動かす。
「……正直に言ってください、ミレイさん」
 ナナリーちゃんは落ち着いてそう言って微笑んだ。
 優しく会長の髪を撫で、言葉を待つ。
「ルルちゃん、が、ね……テロに巻き込まれっ……」
 それ以上は言えないのか、また黙り込んで肩を震わせる会長の髪を撫でながら、ナナリーちゃんは宙を仰いだ。
「ナナリーちゃん」
「……覚悟、していましたから」
 そう言って微笑むナナリーちゃんに私は涙を流した。

 イライラって言うより、不安だったのかなぁ。
 報道では言ってなかったけど、ブリタニア皇帝を殺したのはきっとゼロ。でも合衆国日本が宣言された日以降、報道でゼロの姿は見えない。
 シュナイゼル殿下……ううん、もうすぐ陛下よね―――も日本の代表もゼロの意思を継いでなんて言葉を使った。
 ゼロは居ない。
 それは同時にルルーシュがいないと言うことを示していたから。

 ねえ、どうしてゼロになったの?
 どうしてスザクくんと一緒にいて笑っていたの!?
 酷いよ……こんな風に気丈に笑うナナリーちゃんを置いていくなんて……

「……私より、きっとお兄さまの恋人の方が辛いですから」
「こい、びと?」
「はい。いつからか、お兄さまの雰囲気が変わって……そのときから置いていかれることは覚悟してたんです」
 ぽろりと閉じられていた目から涙が零れた。
 堪えていたものが溢れ出すように。
「でも、こんな……お兄さま……っ」
 辛くないはず無いよね。
 私はつられるように涙を流し、ナナリーちゃんの身体を後ろからぎゅっと抱きしめた。

 皇歴2007年、初秋。
 世界的にも歴史に残るブリタニアの新時代の始まりの二日後の出来事。



⇒あとがき
 何故かシャーリー視点をプラス。
 ナナリーは目が不自由な分気配を悟るのが上手だと思います。
 なので、ルルーシュの気持ちの変化にも気づいていて、しかも肉体関係まで持ってるのも気づいてます。
 本当はナナリーを悲しませたくなかったんだけどなぁ……
20070611 カズイ
20080903 加筆修正
res

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