01.消えたゼロ
「"処刑してくれ"」
無感情にそう告げる。
「我が君!」
「最後まで聞け。そう言うつもりだっただけだ」
その言葉に思わず肩の力が少し抜けた。
「もう言わない」
「ゼロ……」
安堵していた。
ほんの束の間の出来事。
「だが魔女との契約には代償が必要だ」
「そうだな」
第三者の介入。
誰もがその声の元を探した。
「―――ゼロ、共に行こう。それで契約完了だ」
浅葱色の髪を靡かせ、ブリタニアの囚人服を身に纏った少女が手を差し伸べる。
黒の騎士団内ではゼロの愛人だと囁かれたこともある。
無理も無い。
ゼロが本当は彼女―――C.C.と同性の少女であるのだと知っているのは、黒の騎士団で俺だけなのだから。
キョウト六家の重鎮・桐原が知っているらしいが、彼は正確には黒の騎士団の人間ではないので頭数には入れない。
「C.C.。契約を違える事になるかもしれない。だが一つだけ願わせてくれ」
「本当にお前は我が儘だな」
「いいじゃないC.C.」
にやりとC.C.は笑う。
「ああ、我が儘なんだ。一年だけでいい。待ってはもらえないか?」
「ダメだ」
希う言葉。
C.C.はあっさりとそれを否決した。
「いいじゃないC.C.」
もう一人。少年がC.C.の隣にいた。
C.C.に似たような格好をした、小さな少年だった。
「V.V.」
C.C.は嫌そうに少年の名を呼んだ。
「契約は契約だ」
「なら僕と新たに契約すれば問題ないでしょう?」
V.V.と呼ばれた少年はゼロの元へ歩み寄った。
能面な表情で、長い髪をずるずると引きずりながら歩く姿は人形でも見ているかのようだ。
「始めまして、ゼロ。僕はV.V.。C.C.と同じで違う存在」
「V.V.、お前の願いは?」
「C.C.と同じだよ。君が願いをかなえるまで、契約を重ねることで左目の力を押さえることもできると思う。どう?」
子どもらしからぬ口調は、不吉を運ぶ。
「……いいだろう。結ぼう、その契約」
ゼロはV.V.の手を取った。
その瞬間、ゼロの身体が電流に打たれるがごとくびくっと跳ねた。
「ゼロ!!」
思わずゼロに駆けより、俺は崩れ落ちたゼロの身体を支えた。
「契約完了だ」
「ゼロに何をした」
「契約を交わしただけだよ。君は知ってるんでしょう?」
ゼロを見れば、覚醒したのか、俺を拒絶するように立ち上がった。
「……先に戻る。何かあれば声を掛けろ。この場はシュナイゼル、藤堂、お前たちに任せる」
ふらふらとする足取りで歩き出すゼロの後をロイドが追おうとした。
「やめておけ」
C.C.がそう言いながら、ロイドの腕を押さえていた。
「忘れたか?あの子が"誰"を殺したのか」
誰もが口を噤む。
"父親殺しをした子にお前たちが何を言える?"
その目が静かに問う。
傍に居ることさえも許さないと言うのか、ゼロ。
俺は怒気を抑えるよう静かに呼吸を整え、シュナイゼルを見た。
「知らせは私の方で出そう。この戦いは君たち日本の勝利だ。……ブリタニアは大きくなりすぎた」
寂しそうに目を伏せ、皇帝に背を背ける。
「力だけではまた悲劇を生むだろう。だからこそ、私はこの世界を変えなくてはいけないね」
ゼロから受けとったディスクに口付けをし、彼は歩き出す。
その後ろをディートハルトとロイドが追った。
ディートハルトは興味がシュナイゼルに移ったのだろう。
「俺たちも行くぞ」
「「あ、はい」」
紅月と扇が俺の後を追って歩き出す。
* * *
皇帝の崩御が伝えられたことで、ブリタニアの敗戦となった。
だがこの戦いは黒の騎士団と共闘したシュナイゼル、コーネリア両名の反逆と言うことで世界に知らされた。
いまだ大国であるブリタニアが急速に力を失ってしまってはEUや中華連邦に付け入る隙を作ってしまうからだ。
新たな皇帝にはシュナイゼルがつくだろう。
第二皇子ではあるが、あいつはその力がある。ゼロも前にそう言っていたことがある。
停戦の後始末を終え、アヴァロンに月下を収容した。
「お疲れ様です、藤堂さん」
いつものように少し気の抜けた風の笑みを浮かべ、朝比奈が声を掛けてきた。
先に戻っていたのは朝比奈と卜部の二人のようだ。
「千葉と仙波は?」
「二人ともまだ借り出されてます。俺たちは一時休憩中です」
卜部はそう言うと手に持っているカップを見せる。
「藤堂ー!」
上の方から声が掛る。
大きな声は辺りに反響して、一瞬どこからの声だと思わせた。
上を見れば、手摺から身を乗り出す玉城の姿があった。
「お、朝比奈たちも居るじゃねぇか。手の空いてる幹部は集合だとよ」
「わかった」
返事をし、視線を下ろす。
朝比奈は肩を竦め、カップの飲み物を一気に飲み干す。
卜部もまた飲み干すと、二人に飲み物を渡したであろう井上にカップを返した。
「ありがとう」
「いいえ」
「行きましょうか、藤堂さん」
「ああ」
卜部の言葉に歩き出す。
* * *
会議室の役目も果たす広い空間にぽつぽつと人影が揃っている。
そこにゼロの姿は無かった。
部屋かとも思ったが、もう大分時間が経っている。
もう出てきていてもおかしくないはずだ。
「ゼロはどうした」
近くの紅月に問う。
だが紅月は「え?」と僅かに驚いた様子で問い返すだけだった。
「C.C.は?」
「ガウェインありませんでしたよ」
朝比奈がそう言えばと言う。
「ゼロも一緒じゃないですか?」
卜部の言葉に俺は紅月と顔を見合わせる。
誰も知らない。
ゼロは一人になりたいと言ったのだ。
「玉城」
扇が玉城に声を掛けた。
「あ?なんだよ」
「ゼロはどうした」
「ゼロなら戦場に出るって言ってたぜ」
違和感。
「シュナイゼル殿下!」
紅月が副官らしき人物と話しながら入ってきたシュナイゼルに声を掛けた。
「ゼロを知りませんか!?」
「ゼロ?あの子がどうしたんだい?」
「ここに居ないんです」
「居ない?」
シュナイゼルは眉を顰める。
「君たちは聞いていないのかい?」
「え?」
「ゼロは、出て行ったよ」
しんっと鎮まりかえった空間。
「ど、どういうこったよ」
「私も詳しくは知らないのだがね……C.C.が」
「C.C.!?どうしてあの人だけ……」
「いや、V.V.もだよ」
不安がる紅月に、シュナイゼルは優しく言った。
「二人が居れば居場所が知れるから預かれと押し付けられてね」
シュナイゼルは寂しげに笑った。
「追いかけたら嫌いになるなんて酷いと思わないかい?」
「……それだけ守りたいものがあるんでしょぉ?」
キセルを揺らしながら部屋に入ってきたのはラクシャータだった。
「なぁんで君が知ってるわけぇ?」
ロイドがラクシャータに歩み寄る。
「あんたには関係ないわよ。プリン伯爵」
トントンと指でロイドの額を突付いた。
「君はすべて知っているのかい?」
シュナイゼルの言葉にラクシャータはにやりと笑う。
それは肯定の意味だ。
「あの子が本当に守りたいもの、知ってるのあたしだけだったしぃ」
ちらりと視線がこちらに向かい、ラクシャータは優越気味に笑う。
傍に居てやると言ったのに……
お前の守りたいものとは何だ。
あまりの自分の無力さ加減に腹が立ち、俺は壁を無言で叩いた。
⇒あとがき
ここの会話をあまり考えず藤堂が壁を殴るというシーンを考えていたので、藤堂の視点にしたのは疲れました。
まぁ、とりあえず、こんな感じではじまりまする。
20070501 カズイ
20080903 加筆修正