証欲すゼロ

 幼くして、俺は女であることを捨てた。
 母の愛は歪んでいたから。
 母にとって女としての栄光を二つ与えられたことなどどうでも良かった。
 母は父を愛していた。
 自分を殺す子どもを産めと、言外に言う男を愛したのだ。

 歪んだ母の、女としての愛を見てきたからこそ、私は誰も愛せないと思っていた。


 藤堂鏡志朗。


 7年前の対ブリタニア戦でブリタニアに土をつけた奇跡の男。
 占領後は、反ブリタニア組織・日本解放戦線の客分だった。
 ブリタニアに囚われ、四聖剣の救援要請もあり騎士団へ招いた。

 助けてくれたことに感謝を述べた藤堂は俺の仮面の内を見せろと求めた。
 藤堂は桐原と同じで俺を知っていたし、口を割らない男だとわかっていた。だから脱いだ。
 桐原の時と違ったのは、俺が弱っていたことだろう。
 表に出てくるはずがないと信じていたスザクがあの白兜のパイロットだったと知り、落ち込んでいた。
 あいつは父親殺し以外にも自分に隠し事をしていたのだ。
 親友だと言ってくれたのに―――

 昔からそうだ。
 スザクと違って藤堂には何故か素直に言えた。

 いや、言わなくても無言の態度で返してくれた。


 だからこそ私は彼に憧れ、そして愛したのだ。

  *  *  *

 長い黒髪、変わらぬ紫電の双眸。
 いつもはしない化粧をして、俺は租界を一人歩いていた。
 その辺にでも居るようなブリタニア人の普通の少女。
 この変装には訳がある。

 藤堂と再会したあの日、藤堂は俺を抱いた。
 それは俺が望んだ結果で、ただ性急なそれは思わぬ結果を残した。
 なんとなくの予兆や想像よりも、確かな確証がほしかった。

 俺が妊娠しているのかどうか。

 それは今後の活動に支障をきたす。
 もし妊娠していたとしたら、俺はきっとおろすことだけはしない。
 優しく耳に残る"ルルーシュ"と呼ぶ藤堂の声を思い起こす。

 証が欲しかった。
 藤堂に愛されたと言う証。
 そして、私が愛した証。
 だから私は藤堂にずっと一つだけ嘘をついた。
 時折中に出してしまい謝罪する藤堂に自分は避妊薬を飲んでいるから大丈夫だ、と。

―――ドンッ

「ほあっ!?」
 突然の衝撃に、身体が後ろ向きに倒れそうになった。
 だけどそのまま倒れるわけには行かない。
 とりあえず受身の態勢を取ったが、衝撃は訪れなかった。
 腕が一瞬痛くて、気づいたら、誰かの腕の中に包まれていた。
「大丈夫か?」
 優しげな、気遣うような声に、俺は顔を上げた。
「あ、は……い?」
 扇ぃぃぃぃぃ!?
 なんで!?お前日本人だろ!なんで租界に居るんだよ!
 そう思いながらも、冷静を装い俺はちゃんと地に足をつけた。
 良く見ればその隣に銀髪に褐色肌の女性がいた。
 とてもじゃないが日本人には見えないし、どこか見覚えがある。どこだ?
「ああ、失礼。イレブンに触られては迷惑だよな」
「いいえ。助かりました」
 これは事実だ。
「お子さんが?」
「え?」
 女性の声に、俺は腹部を無意識に押さえていたことに気づく。
「あ、その……まだ、はっきりわかっているわけではないんですけど……」
「そうですか。気をつけてくださいね」
「はい。お二人はデートですか?」
「あ、いえ、そんな」
 わたわたと慌てるところを見ると、扇の片想いか。
 だが、この二人はどうやって出会ったのだろう。
 まぁ、人の出会いなんてわからないものだよな。
「それじゃあ、私はこれで」
 二人に軽く頭を下げ、俺は歩き出した。
「行こう千草」
 扇は彼女のことをそう呼んだ。
 日本人のような名前、だが彼女は生粋のブリタニア人だ。
 一度振り返り、二人を見る。
 幸せそうな、恋人。……否定していたが。
 あんな風に歩けることはきっとないだろう。

 自分はこの左目の対価を払い、"Cの世界"という場所へ連れて行かれるのだ。
 結末を早急に迎えるのは簡単だ。
 だが、もし本当に妊娠しているとしたら……悪戯に戦場を混乱させたほうがいいのかもしれない。

「……ふっ」

 母上のことは言えないな。
 私もまた、人よりも歪んだ愛し方しか出来ないのだから。



⇒あとがき
 千草っていうかヴェレッタが殺されそうな勢いの最後が許せない。
 っつーわけでそこも救済したいと思いまっする!←古い
20070419 カズイ
20080903 加筆修正
res

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