10.さよならまであと3秒

 6年間過ごしてきた忍術学園を身一つで巣立っていったあの日。
 僕は後悔するであろうことをわかっていながら誰にも告げずに去った。
 否、去るつもりだった。
 皆より一足先に忍術学園を出て行こうとした僕を引き留めたのは一つ年下の後輩。
 卑怯だと僕を罵り、泣きそうな顔で向けた拳は大したことなくて、僕はそれを交わして何も言わず今度こそ学園を立ち去った。
 想いは胸の奥にひっそりと仕舞い込み、僕は忍になった。
 仲良くつるんでた六人の中で多分、僕が一番早く有名になったんじゃないだろうか。
 結局、雑渡さん……組頭に引っ張られるままにタソガレドキの忍になり、手を真っ赤に染めて。
 そう言えば、この間フリーでやってた久々知と死合ったっけ……結局それどころじゃなくなってしまったけど。
「伊作くーん。ぼーっとして大丈夫?もう酔っちゃってるかな?」
 組頭がふと僕の目の前に現れて、楽しげに笑う。
 あ、いけない、この酒宴が終わったら組頭の包帯巻き直さないと。
「少し考え事してただけで、酔ってはいませんよ」
「えー?それはそれでつまらないね。昔みたいに酔っぱらってみようじゃないか。ささ、ぐいっと」
 何が楽しいのか、組頭が僕の空になった御猪口に酒を注ぐ。
「組頭、無駄ですよ」
「なんだ尊奈門。邪魔をするんじゃないよ」
「別に邪魔するつもりはありませんけど、伊作くんは笊通り越して枠ですから酔いませんよ」
「え?何時の間に酒の耐性付いちゃったの?」
「前に戴いた忍務でちょっと……すいません。お言葉通りになるのはもう無理です」
「それは別にいいけど……つまらなくはないかい?」
 ちらりと組頭は珍しく酒を楽しむ部下たちに視線をやる。
 今日は殿のお言葉で貴重な無礼講であり、羽目を外さない程度に皆酒を楽しんでいる。
 僕を含め皆今から戦だと言われたらちょうど気分が高揚して逆に調子がいいくらいで留めている辺り、プロだよなあと思う。
 かつて忍術学園で馬鹿騒ぎしていた頃をふと思い出して、小さく自嘲した。
 もうあの頃には戻れやしないと言うのに、ふとした時に過る幼い頃の記憶と言うのはしつこい。
 いいえと言う意味も込めつつ、僕は首を横に振った。
「楽しんでいますよ、一応。いただきます」
 組頭が注いでくれた酒に口を付け、僕は微笑を浮かべる。
 酒で酔うことはないけど、これがうまい酒だと言う事くらいは分かる舌にはなってきた。
 明日馬鹿にならない程度に飲めばいい。
「……で、何考えてたんだい?」
 ふと鋭く光った組頭の目に僕は苦笑を浮かべるしかなかった。
 尊奈門さんと一緒に飲んでいたと言っても態々近づいてくるほど組頭も暇じゃない。
 小頭みたいに上の人間たちに囲まれて飲んでいたはずなのに、お気に入りとは言え僕みたいな下っ端に態々話しかけるほど組頭は安い人ではない。
「昔の事、ですかね」
「そう言えばこの間の戦に居たね、忍術学園の子。確か、久々知兵助くん?」
「はい。良く覚えてますね……逃げられちゃいましたけど、少しだけ話をしました」
「どんな……って、聞いてもいいのかな?」
「大した話じゃありませんよ。後輩が死んだって聞いたくらいです」
「僕も知ってる子かな?」
「変装名人」
「あー、鉢屋三郎くん。でも彼って君が手放しで褒めてた後輩じゃないかい?」
「自刃したそうです。文を預かったとかで押し付けられちゃいました」

「あらら……その様子だとまだ読んでない?」
 いいの?と言うような視線に僕は首を横に振った。
「燃やしてしまいましたから」
「……よかったのかい?」
「ええ」
 想いは生涯告げぬと決めた。
 だから僕は鉢屋を避けて学園を後にした。
 そしてまた、僕は鉢屋を避けてここに居続けるだろう。
「僕はタソガレドキの忍であり続けたいので。……昔の忍者に向いていない伊作に戻りたくないんです」
「君の決意は固いね」
 くしゃりと組頭は僕の柔らかな髪を掻き混ぜる様に撫でた。
「でも、今は酔ったことにして泣いてしまいなさい」
 ぐいっと引っ張られ、僕はくすりと笑った。
「いいえ。一緒に燃やしましたから」
 文と一緒に、胸の奥深くに仕舞い込んだ恋心も。
「……それじゃあこの勢いで僕の物になってみる?」
「それも一興ですね」
「ちょ、ちょっと……二人とも!?」
 慌てふためく尊奈門さんを横目に、雑渡さんは人目を気にせず僕に口付た。

 鉢屋、君への恋は僕にとって最大の"恐れ"だったよ。
 だから、さようなら。
 そしてこんにちは。僕の"救い"になってください、雑渡さん。



⇒あとがき
 尊ちゃんが涙目だといいのにと思いながら書きました。←
 よし伊作×三郎の続きを!と意気込んだらまさかの雑渡×伊作になってて自分でもびっくりしました。
 本当はこのお題文次郎×三郎でやろうと思ってたのに、影も形もないね!!
20110106 カズイ
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