07.ごめんもう笑えない

「じゃあ、行ってくる!」
「おう、行ってこい!」
 決心して出ていく乱太郎を見送り、きり丸はにかりと笑った。
 入学受付の時に出会ってもう四年たった。
 気付けば僕を気に入ってくれた鉢屋先輩と同じ学年まで上がってきていた。
 相変わらずの井垳模様の制服は今までの横向きとは別の意味で体格の良くなった僕には小さくてあの頃の制服には袖を通せない。
 ほっそりとした様子で成長したきり丸も背がひょろっと伸びて同じく袖を通せない。
 それは出て行った乱太郎もそうだ。
 だけど僕みたいに制服を二度も新調するはめになったのは誰もいない。皆三年生に上がる時と四年生に上がる時の一度くらいだ。
 替えの制服に紛れてあの頃の制服の切れ端を取っておいてお守りにしたのは確か四年生の時だ。
 初めてこの手を血で染めて、きり丸は戸惑っていたし、僕だって冷静じゃいられなかった。
 冷静だったのは血を見慣れていた乱太郎くらいで、他のは組の皆も似たり寄ったりだ。
 覚悟は決めたはずだったのにと宥めてくれた先輩方に後で零せば、最初はそんなもんだとからっと笑われてしまった。
「ねえ、きり丸……よかったの?」
「何が?」
 乱太郎を見送った背がこちらを振り返ることはなく、ただじっと乱太郎が消えて行った戸を見つめ続けている。
 今はもう卒業された大好きな立花先輩みたいに綺麗な髪が、きり丸が俯くと同時にさらりと揺れた。
 僕たちの学年で女装が一番うまいのはきり丸だ。そのための努力を決して惜しまず、その女装姿でアルバイトを熟して学費を稼ぎ続けた。
 辛いことだって一杯あった。
 一年の頃みたいに自分が裕福だから言えたことが今は無暗に口に出来ない。
 僕はもう子どもじゃなくなってきていたんだって気付いた時にはきり丸の背がとっても小さく見えた。
 だけどきり丸はずっと気丈に振舞うから、僕は笑ってその場を和ませることに徹した。
 甘え方を知らないきり丸は土井先生や中在家先輩たちのおかげで甘える事を知ったし、学年が上がっていき恋をすることも人を愛すことも知った。
 そしてそれが酷く険しい恋であることも、僕は一緒に知った。
「……これでよかったんだよ」
 そう言うきり丸の声は震えていて、僕は乱太郎が出て行った戸をじっと見つめた。
 きり丸は乱太郎が好きだった。乱太郎は気付いてないし、は組の仲間でもこの想いを知っているのは庄左エ門とか兵太夫とかちょっと大人びてそう言う話が分かる人だけだ。
 僕だってきり丸と乱太郎の傍に居なきゃ団蔵みたいにのんきなこと言えたんだろうけど……
 きり丸がはっきり乱太郎を好きだと思ったのは三年生の時で、僕が気付いたのはそのもう少し後だ。
 兵太夫が言うには一年の頃からそうだったらしいけど、僕ら鈍いからわかんなかったんだよってことにした。
 作法委員の長になった兵太夫だけど、きり丸の事に関してはからかう事はなく、ただ「きついだろうけどがんばれ」ってその背を叩いていた。
 きっときり丸がその想いを秘め続けるって決めたからだと思う。
 乱太郎はずっと同じ委員会の川西左近先輩に恋をし続けていた。
 でもそれを自覚した時、川西先輩はもうろ組の伏木蔵を選んでて、落ち込んだ乱太郎は慰めてくれた能勢先輩に落ちた。
 それが三年生の時。きり丸が自覚したのも妙に乱太郎が図書室に来るなと疑問に思い始めたのがきっかけ。
 ……人生ってあんまりうまくいかないものだと思う。
「きり丸……」
 深く息を吸い、顔を上げたきり丸の肩が震えているのに僕は気付いた。
 ああ、泣いているんだと思った。
 声は届かないけど、呼吸音が乱れているのが良くわかる。
 僕に出来る事なんてきっとほとんどない。
 ただ震えるきり丸の背を後ろから抱きしめて頭を撫でてあげた。
「ごめんっ……もう、笑えない」
 震える声で言ったきり丸は、声を押さえながらではあったけど、ひっくひっくと泣き出した。
「うん、お疲れ様。もう泣いていいんだよ、きり丸」
 今度は君を見てくれる人が現れることを僕は切に願うよ。
 僕らの友情は、永遠だ。いつまでだって死なない限り、僕は見守るよ。


⇒あとがき
 かっこいいしんべヱが書きたかったんですけど……きり丸失恋しとるがなっ!!!
 取り敢えずこの後落ち込んでるきり丸に団蔵が急に恋してくっついちゃえば話落ち着くと思うんだ!←
 ……しかし自分、まさかの久乱にびっくりした。左乱に激しく違和感感じたからってどうして打ち直した!
20101019 カズイ
res

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