04.好き、だけじゃ、
鉢屋三郎と言う男を理解できるのは誰もいない。
彼が主に顔を借りている不破雷蔵ですら理解しようとしているだけで理解が出来ているとは思えない。
まあそれは鉢屋以外にも本当は言える事だろうけど。
「どうしたんですか、善法寺先輩」
ひょいっと顔を覗き込んできた鉢屋に、僕ははっと現実へと思考を戻す。
「なんでもないよ」
「の割には手が止まってましたけど」
「ちょっと考え事してただけだよ」
僕は止まっていた手を動かすべく意識を鉢屋の腕へと戻した。
今日は五年生と六年生の合同実習で、殆どの五年生が手ひどくやられた。主に小平太の、最終的には仙蔵の所為で。
小平太の暴走にも、最終的に仙蔵が怒ることもある程度予想出来ていた僕は逃げようとしていつものように小平太が掘り散らかした塹壕に落ちた。
それが不幸中の幸いだったのか、僕は土汚れがひどいだけで特に大きな怪我もなく授業を終えることが出来た。
二人の暴走に慣れている六年生に怪我人は少なかったけど、五年生の被害は大きい。
二人を止めるために奔走した文次郎と長次の二人は慣れているため掠り傷で済んだみたいだけど、巻き添えを食らった鉢屋はこうして腕を怪我した。
そう重症ではないけれど、利き腕の怪我はあまり甘く見てはいけないとその場で治療をすることに決めたのは僕だ。
各々撤収していき、先生方は他に残っている生徒が居ないか見回りに行っている。
そう、この場には二人きり。
「……鉢屋」
「はい?」
こてんと首を傾げた鉢屋は不思議そうに僕を見ている。
一つ年下の、真の顔も見せぬ男。
僕も随分と不毛な恋をしたもんだ。
まあでももう十分だろう。
きゅっと包帯の端を結んで僕は思わず笑った。
「はい、おしまい」
「いっ!?」
ぽんと怪我の上を叩けば、ひょうひょうとした顔が痛みに歪む。
「いきなり何するんですか!」
「ふふ、これに懲りたらああ言う時は無茶せず他の人に任せるんだよ」
そう言えば鉢屋は表情を歪ませた。
「何を言うかと思えば……あんたも大概ですね」
「もうすぐ卒業だしね。言っておける事は今のうちに言っておくに越したことはないだろう?」
けれど僕も忍を目指す身だから、この想いだけは生涯言の葉には乗せることはないだろう。
「後悔はしたくないんだ」
嘘ばっかりな口。
僕は笑って鉢屋の頭を撫でた。
いつの日か、手を血で汚さず平和な時代が来ればいいのに。
そうすれば僕は、君をいつか手にかけるこの恐れから解放されるのに。
好き、だけじゃ、足りない想い。
だけど、乗り越えられないのがこの時代。
「―――大事な後輩だからね」
⇒あとがき
突発的に浮かんだ伊作×三郎。ドマイナーすぎだぜ私。
思考→執筆→完了までの時間が30分なかったってお前っ!って話です。
20101019 カズイ