03.流れないなみだは
「ぐあぁっ」
醜い男の断末魔。
飛び散る血の音も不快で、眉根を寄せながらも苦無についた血を掃う。
獲物となった男の懐に手を差し伸べ、目的の書状―――少し血で汚れてしまった―――を掴んですぐにその場を後にする。
上級生になれば殺しの忍務が徐々に増え、かつての先輩方の苦労もこの手で知っていく。
血を洗い流し、臭いを消し、狂気を払い、いつもの笑みでもって後輩たちを包む大きな存在であった。
「……終わった?」
見張りをしていた喜八郎と合流すれば、私の格好に一瞬眉根を寄せてそう問うて来た。
見ればわかるだろう、この血塗れの姿を見れば。
「嗚呼」
「……そう」
もう五年の付き合いだと言うのに相変わらずつかめない同室の相棒に思わずため息を吐きながらも、この場を去るために私は走り出した。
体育委員で鍛えられた脚力は意識しておかなければ同学年である喜八郎を置いて行ってしまうほどになっていた。
あの人は無自覚に私のような人間を作る素質があったようだ。
思わず今は学園を去って行ったあの人を思い起こし口元が笑みを作る。
「滝」
「何だ」
「思い出し笑いをする人はエロいんだって」
「は?」
走りながら言われた言葉に眉根を寄せれば喜八郎は何でもない顔でのたまった。
「今度試してもいい?」
「馬鹿か」
呆れたように言えば、喜八郎は口を尖らせた。
「ちぇ」
「お前なあ……相手が居るのにそう言う事を言うな」
「滝は貞操概念が強すぎだよ」
「うるさい」
軽く頭を殴れば、喜八郎は頭を押さえながらもついてきた。
あの人が……七松小平太先輩が卒業されてから早いもので二年が経つ。
六年生になった私は体育委員会の長として、又六年生として日々を過ごしている。
その生活の些細な所で七松先輩はと結び付けて考えてしまうほどに重傷な想いを生ませたのはあの人だ。
ただ尊敬してひたむきに見つめていたあの背中が一度だけ振り返って私を見てくれた。
壊れ物を扱うように抱いて、だけど何も言わずに卒業していった七松先輩を私は未だに好いている。
私を友として好いていてくれる喜八郎はそれが腹立たしいらしく七松先輩の事を嫌っている。
「あ、滝く〜ん」
ぶんぶんと就業場所で手を振って待っていたのはタカ丸さんだった。
一緒に行動をしているはずのは組のペアの姿がない。
「お疲れ様、滝くん」
「タカ丸さんこそ。えっと、ペアの人は?」
「彼心配性だから近くの見回りに行ってるよ。もう少ししたら戻って来るんじゃないかな?」
苦笑するタカ丸さんは懐から手拭いを取り出すと私の顔についていたのであろう血を拭ってくれた。
「とりあえず顔だけでも拭いておいた方がいいかなって。痛い?」
「いえ、すいません」
「タカ丸さんかっこいー」
棒読みで褒める喜八郎にタカ丸さんは照れたように笑いながら拭き終わった手拭いを離してくれた。
「三木ヱ門たちはまだのようですね」
「うん。でも集合時間まではまだ時間があるしもう少し待ってみよう」
「はい」
本来必要な三年半を努力と持ち前の努力で補ったタカ丸さんは体力的には私たちよりやや劣ってしまうものの、今や立派な六年生だ。
出会ったころの幼さは当になく、精悍な顔立ちが空を見上げる。
「まだかなあ」
その視線を追うように空を見上げれば月のない空は何も見えない漆黒だった。
あの人は今頃その色の忍装束に身を包み、どことも知れぬ場所で私と同じようにその身を血で汚しているのだろうか。
だとしたらきっと、私よりも深い血の色に染まっている事だろう。
「滝」
「嗚呼、わかってるよ」
あの人はきっとこの世で迎えに来てくれることはないだろう。
自嘲気味になってしまいそうな笑みを堪えて、視線を落とした。
流れないなみだはどれほど心に溜まっているのだろう。量る術はない。
⇒あとがき
こへ滝が酷い話も好きです。滝ちゃんの泣き顔そそられる。
小平太、お前そのポジション私に寄越せ!と一人心の中で叫んでます。
20101019 カズイ