02.知ってるよ、好きだから

 存在感が薄いと、よく言われる。と言うか、よく存在を忘れられる。
 同室の藤内が手を引いてくれなきゃ、誰も僕に気づかないんじゃないかって思った頃もあった。
 先生はそれは一つの武器になると言うけれど、同じ学び舎に居てその存在を気付かれないと言うのはとてもさみしいことだと思う。
 そんな僕に藤内以外で手を伸ばしてくれる数少ない人で、僕の名前を憶えてくれるのが作ちゃんと食満先輩だ。
 作ちゃんは僕と同じ三年生で、ろ組。
 食満先輩は伊作先輩と同じ六年生で、僕と同じは組。
 二人とも用具委員で、綾部先輩が掘りに掘りまくって僕が落ちた蛸壺から助けてくれた。
 それがきっかけで作ちゃんとは仲良くなって迷子捜索の手伝いをするようになったし、食満先輩には医務室でよく声を掛けてもらえるようになった。
 二人とも似た出会いなのに、僕は作ちゃんじゃなくて食満先輩を好きになってしまった。
 存在の薄い僕なんて眼中に入るだけましなんだとわかっていてもそれでも焦がれずにはいられなかった。

―――ドンッ

「!?」
「うわあっ」
 僕がぼけっとしていたのもあるだろうけど、向こうも僕の存在に気づかなかったんだろう。
 曲がり角で人にぶつかった僕はあっさりと後ろ向きに倒れた。
 僕が倒れるくらいだからぶつかった相手は上級生なのだろう。
「あいたた……」
 背中が痛むのを感じながら起き上がると、驚いた顔をした先輩が居た。
 六年い組の立花仙蔵先輩だ。
 いつも澄ました顔をした先輩の表情が驚きに満ちていて少し間抜けに見えた。
 だけどその顔は僕と視線が会うとすぐに消えていつもの澄ました顔になる。
「大丈夫か?」
「あ、はい……慣れてますんで」
「ふむ……存在感が薄いのだな」
 はっきりと言われた言葉が胸に突き刺さる。
「よく、言われます」
 言われてうれしい言葉ではないが、一応立花先輩なりの褒め言葉なのだろう。
 この人はとても歪んでいるから。
 でもきっと立花先輩は気付いていない。
 僕が三年生の中で貴方の後輩の藤内と一番仲が良いんですと言っても立花先輩は理解しないかもしれない。
 興味のない人間に立花先輩は一々気を払うようなお方じゃない。
「用具委員ならまだ活動中だぞ」
「はい、ありがとうございます」
 きっと僕を用具委員だと勘違いしたんだろう立花先輩に笑みを向け、僕はそのまま目的地を目指して歩き出した。
 本当、酷い人だと思う。
 立花先輩が来た道を辿れば仲よさげにじゃれあっている用具委員の姿が見えた。
 小屋を修理中と言う事で生物委員の姿はなく、本当に用具委員会の皆だけ。
 キラキラと眩しいくらいに温かそうな雰囲気が見ていて微笑ましい。
「あ、数馬!」
 こちらに気づいて作ちゃんがにかりと笑う。
 釣られるように食満先輩が僕を見て、穏やかな笑みを浮かべている。
 流石は六年生と言うべきなんだろうか。見ていて切なくなる。
 食満先輩、僕は知っています。貴方が好きだから。
 だからそんな風に瞳の奥で静かに泣きそうにならないでください。
「食満先輩」
「どうした?また伊作が穴に落ちたか?」
「……はい。昨日と同じ場所です」
「またあいつは……」
 苦笑を浮かべ、しゃがみこんで一年生たちの頭を撫でていた食満先輩が立ち上がる。
「想像した通りになっちゃったねぇ」
「はにゃ〜……保健委員ってものすっごーい不運なんだねぇ。想像しないようにしなきゃ!」
「そうだね。想像したら乱太郎が穴に落ちちゃうなんて……すごーい」
「それってすごいのぉ?」
「今日は乱太郎当番じゃないから落ちてないよ。……多分」
 きゃっきゃとはしゃぐ一年生たちにそう突っ込みを入れていると、食満先輩の手がくしゃりと僕の頭を撫でる。
「ちょっと待ってろよ」
 そう言って颯爽と駆けて行く食満先輩の後ろ姿を目で追った。
「……数馬」
「……うん」
 大丈夫。わかってるよ、作ちゃん。
 そんな意味を込めて僕は返事をした。
 気付いていて、僕らは知らん振りをする。
 いっそ作ちゃんを好きになればよかったと思う。
 悲しいくらい一方通行な僕らの想いはいつまで平行線で居ればいいんだろう。
 すべてが立花先輩次第なんて、あんまりだ。本当、酷い人。



⇒あとがき
 実は藤内→作兵衛→数馬→留三郎→仙蔵→?くらいだったらいいなとか思ってます。
 なんて平行線な片想いwww
20101123 カズイ
res

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