05.不思議な存在
空から降ってきた少女はナナエと言うらしい。
艶やかな黒髪を持つ少女はどこかノリコに似ていた。
ノリコと初めて出会った頃よりも言葉を知らないナナエはノリコを知っていた。
多分彼女にとってノリコだけがこの世界の繋がりなのだろう。
俺がノリコを知っているとわかると、彼女はふにゃりと力の抜けた笑みを浮かべて泣き出してしまったのだから多分そうだ。
何故彼女がノリコを知っていたのかはわからないが、ノリコを知っていたようだから連れてきた。
そして彼女は今、ジェイダ左大公の保護を受けている。
まあその事実に変わりはないのだが、それは一応表向きだ。
ノリコとイザークたちがザーゴに戻ってきてから彼女の今後の身の振りは恐らく変わるだろう。
ノリコはこの世界に残る事を選んだが、ナナエは元の世界へ帰りたがっているはずだ。
夜更けにふっと窓から顔を出し、寂しそうに空を見上げているのを見かけたことがある。
今にも泣きそうな顔は何故か脳裏に焼き付いて離れない。
「パーナダム」
彼女は俺を見つけると笑顔を向けた。
ノリコとは違う笑みだ。
ノリコの笑みを色取り取りの花と例えるなら、彼女の笑みは淡色のひっそりと優しく咲く花のようだ。
燦々と輝く太陽のような笑みではなく、月の光のように淡い微笑み。
「お手玉」
すっと両腕を伸ばしながらナナエが見せてくれたのは小さな布袋だ。
中に何が入っているのかはわからないが、同じような形のそれは数個、彼女の手のひらの上に乗っていた。
「玩具だってさ」
彼女の周りに居た二人がそう言う。
二人はどうやら彼女の遊ぶ姿を見ていたらしい。
「俺たち二つまでは出来たんだけど、流石に三つ以上はナナエしか出来ないんだ」
「?」
言葉の意味が分からず俺は首を傾げる。
「やってみてよ」
ロンタルナが三つだけ彼女の手に残して微笑めば、ナナエは心得たとばかりに頷き、それを一つまた一つと宙に放り投げた。
右手で放り投げたそれは左手に移りくるくると廻る。
不思議な遊びだが、どうにも難しい物の様だ。
その隣でコーリキが同様に挑戦しているが、失敗して最初の一つ以外は床に落下していく。
「やっぱり二つが限界だな」
「パーナダム、遊ぶ?」
「あ、いや……俺は仕事が……」
断りを入れれば、ナナエははっとした顔になり、慌てだす。
ぱたぱたと手を動かし聞きなれない言葉が飛び出す。
「ごめんなさい!パーナダム」
ぐるぐるといくらか思考を巡らせた後、ナナエ女はそう言って深々と俺に頭を下げた。
そして顔を上げたかと思えばコーリキとロンタルナに向けてもぺこぺこと頭を下げる。
「コーリキ、ロンタルナ、私、引き留めた。ごめんなさい」
しゅんとした顔になるナナエの頭をロンタルナがぽんぽんと撫でる。
「いいよ、忙しいのはパーナダムだけだから」
「お、俺は別に……」
「女の子泣かしたー」
「うっ」
「私、泣く、ない。コーリキ、パーナダムいじめる、だめ!」
「誤解だよナナエ、いじめてないって」
ぺしりとナナエがコーリキの右手を軽く叩く。
「これこれ、何をじゃれている」
眉を八の字に下げていたナナエはその声にはっと顔を上げる。
現れたのはジェイダ左大公だ。
ジェイダ左大公の顔を見たナナエはにこりと、彼女に似合いの笑みを浮かべる。
その笑顔に思わずほっと胸を撫で、ジェイダ左大公に頭を下げる。
「……あ」
不意に声を発したナナエが虚空を見つめて立ち上がる。
両手を頬に這わせ、「わあ!」と歓喜の声が零れる。
「ノリコ、来る!」
「え?」
「ザーゴ、来る!」
顔を赤くし、笑うと言うよりにやけた顔になったナナエに俺はジェイダ左大公を見るが、ジェイダ左大公も分からないようで思わず首を傾げる。
その時ジェイダ左大公がやってきた方向からアレフ隊長が走ってきた。
「ジェイダ左大公、ノリコたちがもうすぐ着くと占者が……?」
アレフ隊長の言葉に皆が言葉を失っていると、アレフ隊長も流石に場の空気に首を傾げる。
俺たちは皆、思わずナナエに視線を向けるが、ナナエは何故自分が見られているんだろうと首を傾げていた。
「ナナエは……占者の力があるのか?」
「せんにゃ?」
「占者だ」
「占者?」
ナナエには聞き覚えのない言葉なのか、首を傾げるばかりだ。
だけど確かにナナエは不思議な存在だった。
ノリコと同等か、それ以上に……
⇒あとがき
今回はパーナダム視点でした!
何となくコーリキ・ロンタルナ・パーナダムは年が近いからって公式の場以外はため口聞いてそうなイメージだったので呼び捨てです。
本当はどっちだっただろ。調べるの面倒くさかったんでまあとりあえずこのままで。
加筆に合わせ彼女と呼んでいた部分を名前呼びに変えました。パーナダムが名前連呼……滾るっ。
20060318 カズイ
20110612 加筆修正