03.知っている事

 ぱちっと目を開くと知らない天井がまず飛び込んできた。
 やっぱり元の世界には戻ってはいなかった。
「目、覚めた?」
 女の人の声に視線を動かすと、そこに居たのは黒髪の綺麗な女の子。
 ぱっと見た感じでも彼女がお嬢様なのだとすぐに分かるほど私とは明らかに持つ雰囲気の違う女の子だった。
 目を瞬き、再び天井を見上げる。
 さっき居た部屋とは違うみたいだけど、同じ邸の中だと思う。天井の雰囲気が似てるもん。
 ゆっくりと起き上がり、改めてきょろきょろと部屋の中を見渡した。
 やっぱり高そうなものばかりが置かれている。私って場違いじゃないかな?
「何してるの?」
「「何してるの?」」
 意味は分からなかったけど、言葉をそのまま繰り返してみた。
 意味が分からないって感覚は元の世界でも経験があった。
 だけど今私が感じているのは日本人が突然インドに来ちゃいましたって感覚だ。
 わかるかな?
 多少齧ったことのある英語があるアメリカに行くのとは訳が違うって言いたいんだけど……
「島国の人間だったわね」
 女の子はそう言えばと言うように独り言を呟く。
 上手く聞き取れなかったので反芻することも出来なかったけど、なんだか急に怖くなった。
 目の前の女の子が私に危害を加えるような人には見えないけど、やっぱり怖い。
 こんな見も知らない世界、言葉も通じなくて、文化も違う。
 本当、典子さんは凄いな。
 私がこの世界で知ってる言葉なんてとても少ない。
 その中でも一番覚えているのはココ。
 典子さんが一番最初に理解したと言う水と言う意味の言葉。
 今はそれを覚えていてよかったと思う。
「……みず」
 飲む動作をしながら私は目の前の彼女にそれを伝えた。
 彼女はほんの少し驚いた顔をしたけど、こくりと頷いて部屋を出て行った。
 言葉はこれから少しずつ覚えて行けばいい。
 きっと大丈夫。私は一人じゃない。
 場所は違っても、同じ世界からこちらにやってきた人がいる。
 だから大丈夫。私は頑張れるよ。
「はい、水よ」
 そう言って差し出された器には透明な水が確かに注がれていた。
 すんと匂いを嗅いでみたけど、特に何も感じないからやっぱり水だ。
 私は器に口を付け、ゆっくりとそれを口に含んだ。
 この世界で初めて飲んだ水を私は何故か甘いと感じた。
 その後は一気に飲み干して、ほうと息を吐いた。
 そう言えばさっきのアレはなんだったんだろう。また出来るのかな。
(典子さん)
 目を伏せ、そう呼びかけてみる。
 だけど反応はなかった。
 もしかしてイザークと典子さんみたいになにかきっかけがないと繋がらないのかな。
(典子さん……私、不安です)
 目を閉じて、ぎゅっと身体に掛けてあった布団を握り締める。
(だって、あなたしか知らないんだもの)
「―――ねえ」
 突然女の子が声を掛けてきた。
 その声にはっと顔を上げると、女の子は綺麗な笑みを浮かべていた。
「私、は、グローシア」
 そう言って彼女は自分を指差して言った。
 多分私にわかりやすいようにとゆっくり紡いでくれたのだろう。
「あなた、は?」
 そして私を指差したって事は、私の名前を聞いてるんだよね。
「奈々枝。私、は、奈々枝」
 間違ってないよね?と不安になりながらも彼女の言葉を真似て言えば、彼女は私の名前を小さく反芻した。
「ナナエ……ね。確かにノリコの名前に似てるわね」
 あ、典子さんの名前、知ってるんだ。
 思わずほっと胸を撫で下ろした後、直に私は大きな声を上げた。
「グローシア!」
 その突然の大声に、彼女は驚いて目を見開いた。
 でも彼女に私が上手く説明できる方法がない。
 とりあえず、私がグローシアが名前だと分かったのは彼女を知っていたからだ。
 彼女―――グローシアさんはザーゴの国のギレネー・デ・ジェイダ左大公の令嬢だ。
 やっぱりお嬢様だった!
 そして典子さん以外に知っている人が今目の前に居る。
 私はその事実にへなへなと身体の力を抜いた。
 グローシアさんが居るってことはここはザーゴの国なのかな?
 だとしたら、もっと一杯居るはずだ。一方的にだけど、知ってる人。



⇒あとがき
 今度はグローシア。
 って、女ばっかり……
20060318 カズイ
20110430 加筆修正
res

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