02.私と典子さん
たどり着いたのは大きなお城みたいなところ。
彼は門番に軽く声を掛けながら中へと入っていく。
顔パスってことはこの人偉いのかなぁ……
不安になりながらも彼の後を追ってお城の中に入る。
案内されたのはその中の一室で、犬に待てを指示するかのように私に指示をしたその人はどこかへ行ってしまった。
なんだか居心地が悪くてそわそわしながらも、用意された椅子に座って大人しく待つ。
暇だからほんの少し回想してみる。
ちょうど自分の進路に迷いを覚えて悩んでいた私は、本屋さんで偶然にも出会ってしまった。
それが『彼方から』との出会い。発売してから一年が立とうとしてたけど、私はやっと出会ったの。
自分は大きな世界の中の小さな歯車だけど、微力ながらにそれを世界に広げているんだって。
言うのは簡単だけど、私は『彼方から』に心まで揺さぶられてそれまでの悩みなんか一気に吹っ飛んじゃった。
それからかな、私の周りが突然変わったのは。
あ、悪いほうにじゃないよ?もちろんいい方に。
でもね、たった一つだけ、どうしようもならなかったことがあるの。
それは私がこの世界に来るきっかけになった出来事。
目の前をひとつのボールが転がって、それを拾おうとして道路に歩み出た。
その直後、まったく気づくことなかったトラックの突然の登場に身体が硬直して、気づいたらそのまま吹き飛ばされていた。
思い出すと少し寒くなって両腕を摩った。
でも私は生きている。
生きてるんだ!
そう思うと再び目頭が熱くなった。
だけど泣かなかった。
いつまでも泣いていられないってそう思ったから。
それにしても、いつまでここに居ればいいんだろう。
決意を新たにした私は、この部屋唯一の扉を見つめた。
誰も来る気配はない。
椅子から立ち上がり、窓枠のそばに歩み寄る。
綺麗な緑と、小鳥たちの囀り。
目を閉じるとそれが胸の中にすっと沁み込んでくる。
この世界も自然のある場所が与える安らぎはあちらの世界となんら変わらないんだと思う。
ううん、身近に感じるからか余計にこっちの世界の方がもっと綺麗だと思う。
典子さんが一生懸命光を撒いているからかな。
「あ」
不意に何かが見えて、私は思わず声を上げた。
そして目をぱちぱちと瞬かせた上に、目を擦ってみる。
だけど確かに部屋の中央にキラキラとした光が見えて、その先に一人の女の子が見えた。
「誰?」
私が思わず呟くと、彼女はその声に反応して振り返る。
色素の薄い髪、きっとこの世界で誰よりも私に近い面立ち。
(立木、典子さん?)
(私のこと、知ってるの!?)
彼女は私の考えを肯定するように驚いた。
(私、何も言ってないよね?)
(イザークと話してるみたい)
イザーク。
たしか典子さんが最初に彼方の世界で出会った人だ。
(心で会話してるってこと?)
(うん)
こくりと彼女は頷いた。
(知ってるみたいだけど、私は立木典子。あなたは?)
(私は斎賀奈々枝です。どこにでもいる高校生です。私は『彼方から』に、貴方に……貴方達に憧れています)
はっきりと言った言葉に、典子さんはふふっと笑った。
(なんだか少し照れるな)
(そこにイザーク、さんはいるんですか?)
(うん。いるよ)
(私と典子さんだけの会話ですか?これ)
(そうみたい)
再び彼女は頷き、横の誰かと会話する。
その言葉はこの部屋に連れて来た人と同じ異世界の言葉だと気づいた。
多分、件のイザークと会話しているんだ。
(そっちの世界はどうですか?)
不意に典子さんがそう聞いてきた。
(平和です。でも、私はもう……)
(?)
―――コンコンッ
不意に聞こえた扉をノックする音に光は掻き消え、典子さんの姿は見えなくなった。
代わりに部屋に入ってきたのは黒髪の男の人だった。
私はなんだか妙に脱力してへたりとその場に座り込んだ。
その人を見たからじゃなくて、たぶん疲れたから。
なんだか意識がふわふわするのを感じながら、私は目を閉じた。
⇒あとがき
取りあえず典子登場でぃえす。
20060318 カズイ
20081216 加筆修正