01.異世界トリップ


 はるか
 彼方から
 皆さんへ

 この物語を
 送ります
   ―立木典子―





 今更言ったところで誰も信じてくれないかもしれない。
 だけど私―――斎賀奈々枝は始めからそれを感じていたんだ。
 とてつもない何かが始まる予感を。
 この『彼方から』と言う本と出会った時から。

「……でもでも、こんなのないー!!」
 と、思わず叫んでしまうのはご愛嬌。
 ……ってそんな場合じゃなくてね。

 私が気づいたとき、足場不安定な建物の屋根の上だったの。
 だけど突然ふわって風が吹いたかと思うとぐらっと身体が揺れて落下。
「いやー!!!」
 ぎゅっと目を強く閉じる。
 だけど飛び降り自殺の死体に私はなってなどいなかった。
『ぐっ』
 低いうめき声。
 ……みたいな感じの声。
 私は恐る恐る目を開く。
 青い空と一緒に見えたのは、金色のふわふわした髪と、端正な男の人の顔。
 ちょっと釣り目だけど、カッコいい部類に入りそうな人だ。

『大丈夫か?』
「?」
『……?』
 私が首を傾げると、彼は眉を寄せた。
 なんて言ったのかわからなかったんだもん。
 そう思いながら、改めて自分たちの体勢を知る。
「きゃあ!!」
 慌てて彼の上から離れ、しどろもどろ。
「気が付いたら建物の上で、風が突然吹くから落ちちゃって……そのっ悪気はなかったんです、ごめんなさい!」
 早口にまくし立てるよう言う。
『島国の人間か?』
 彼は酷く冷静に一言何かを言った。
 その言葉の意味はわからなかったけど、私もほんの少し冷静になれた。

 そして改めて彼の服装を見た。
 見たことの無いファンタジーな服装は、まるであの本の世界のようで……
「"典子"」
『え?』
 私は思わず彼の服をぎゅっと掴んで必死に叫んでいた。
「"典子"を知ってますか!?」
『ノリコを知っているのか?』
 何を言っているのか判らなかったけど、ニュアンスで。
 私はこくりと頷いて、ほんの少しほっとして。
 思わず力が抜けてしまって、ついでに気が抜けて、ぽろぽろと涙が零れた。
「典子さんの世界だぁ……」
 少なくとも、まったく知らない世界じゃないって言うことが、私に安堵を与えてくれた。



 突然泣き出した私に慌てた彼は私の背を撫でてくれた。
 人が集まってきて、恥ずかしくなった私は、彼と一緒にこそこそと場所を変えることにした。
 その場所はとても庶民がいけるような雰囲気が無くて、なんだかちょっと恐かった。
 だけど私は恐る恐る彼について歩いた。
 待っていろというように彼が指示したから、私は用意された椅子に座って大人しくしていた。
 暇だからほんの少し回想。

 ちょうど自分の進路に迷いを覚えて悩んでた私は、本屋さんで偶然にも出会ってしまった。
 それが『彼方から』との出会い。
 自分は大きな世界の中の小さな歯車だけど、微力ながらにそれを世界に広げていけるんだって……
 言うのは簡単だけど、私は『彼方から』に心まで揺さぶられて、悩みなんてふっとんじゃった。
 それからかな、私の周りが突然変わったのは。
 あ、悪いほうにじゃないよ?もちろんいい方に。
 でもね、たった一つだけ、どうしようもならなかったことがあるの。
 それは私がこの世界に来るきっかけになったこと。
 目の前を一つのボールが転がって、それを拾おうとして道路に歩み出た。
 その直後、私はトラックに吹き飛ばされていた。

 思い出すと、少し寒くなって両腕を摩った。
 でも、私は生きてる。
 生きてるんだ!
 そう思うと、再び目頭が熱くなった。
 だけど泣かなかった。
 いつまでも泣いていられないってそう思ったから。



⇒あとがき
 始まりー……って、何してるの自分!!
 誰夢とは決めずに進行☆
20060331 カズイ
20070425 加筆修正
res

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