母親
2042年7月29日、私は地球発第55次超長距離移民船団マクロス・フロンティアで早乙女有亜として生を受けた。
双子に生まれたことが幸いし、私はどうにか両親にさほど怪しまれずその生を全うしていた。
とは言え長男として生まれた有人と違って家を継ぐ必要のない私には歌舞伎の稽古と言うものはなかた。
それでも早乙女家の長女として礼儀作法はしっかりと叩き込まれた。
有人には負けるけど、きちんと女性らしい振る舞いも出来る。
でも、それじゃあ私が知る限りの未来には不安が残る。
「ねえ、かあさま」
有人が歌舞伎の稽古をしている間、暇な私は母さまの膝の上で母さまを見上げる。
「なに?有亜」
優しい母さまの顔が私の柔らかい髪を櫛で梳きながら見下ろしてくる。
「あるとがけーこしてるあいだ、あいきどうやりたい」
「……どうしたの?突然」
「にいさんがたのそうだったし、かっこいいから!」
にっと元々考えていた言い訳を口にしながら笑えば、母さまは寂しそうに笑った。
父さまから攻略すればよかったかなと考えが過った。
「ねぇ、有亜」
母さまは細い手で私の頭をそっと撫でる。
「貴方の眼にはどんな未来が見えているのかしら」
どきっと心臓が跳ねた気がした。
「……とても心配よ」
きゅっと優しいく抱きしめる腕がとても暖かい。
突然胸が苦しくなって、気づいたら彼女の彼女の腹から私は生まれた。
有人と一緒に抱き締めてくれた細く頼りないけれど大きいと感じた彼女が、また少し小さく感じた。
「だいじょうぶよかあさま」
舌足らずだけど、さっきまでよりもはっきりとした口調で私の言葉を紡ぐことにした。
「わたしはあるとのおねえちゃんだから、まもりたいだけなのよ」
そう言うと、母さまは思いを堪えるように私の身体を強く抱きしめた。
痛いと思ったけど、私はただその痛みを受け入れた。
* * *
死を待つだけの病―――V型感染症に私が掛かることはできない。
だけど私は歌が好きで、有人を、皆を守りたい。
その結果に、救えないことがあってもそれでも心の幸いであればと思う。
「ふえ、有亜……っく」
「大丈夫よ、有人」
二人きりの部屋で、堪えていた涙を溢れさせて泣きじゃくる有人の身体を包み込むように抱き締め、その頭を撫でた。
あの日母さまがしてくれたように優しく。
一層強まった涙に私はすうっと息を吸った。
「……わたしのなまえをひとつあげる」
どうかこの子が苦しい道を歩まぬよう。
少しでもいいから家族として、双子として、大切な存在として苦楽を私が一緒に背負えるよう。
そんな風に願いながら歌を紡ぐ。
歌い終わる頃には腕の中で有人は小さく寝息を立てていた。
「おやすみ、有人」
こめかみにそっとキスを落とすと、閉じたままの扉に声を掛けた。
「手を貸してくれますか?」
そっと掛けた声に反応して扉が開かれる。
暗い顔をした矢三郎兄さまがゆっくりと部屋に入ってきて、有人を寝かせる手伝いをしてくれた。
目の端を赤くして眠る有人に少しほっとした。
「有人は大丈夫よね、兄さま」
「有亜さんが泣かせてくれましたから」
「……だといいけど」
無力な父さまを恨み、自分を殺してほしくなかったから泣かせたけれど、それでも母さまを失った悲しみは強すぎた。
「それよりも私は有亜さんが心配です」
「私ですか?」
「ええ……貴方も泣いていいんですよ?」
「……わかってます。でも……」
母さまはやっぱり"母さま"で、"母さん"じゃない。
それでも近しい人が亡くなったのは悲しい。
「薄情かもしれないけど、葬儀の時に泣いたので……それできっと十分だったんです」
微笑みすら浮かんだ私の頭を矢三郎兄さまの大きな手が撫でる。
「有人さんに弱みを見せたくないのはわかります。でも、辛い時は私を……私でなくてもいい、誰かを頼ってくださいね」
「……はい、矢三郎兄さま」
それでも私は、きっと誰かを頼らないんだろうなと思った。
⇒あとがき
夢主は精神年齢上がりすぎて姉と言うよりも気分は自分も母な域にいます。
でも母じゃないから、頼らないで自分でできるんじゃないかなとか思って無理しそうかなと言うのが私の考え。
……大方この解釈と違う方向で話が進む可能性の方が高いですけどね。←おい
20090115 カズイ