歌姫
世の中、何が起こるかわからない。
だから面白いんだけど……これはない、かな。
「銀河の妖精……シェリル・ノーム……」
アルトにさんざん強請って買ってもらったCDは、もちろんそのシェリルの曲。
今でもあの衝撃の日を覚えている。
あの日、私は何の気なしにアルトの背後を付いてまわりながら(決して憑いてではない)ふとモニターを見上げた。
そこに当時デビューしたてほやほやのシェリル・ノームの姿があったのだ。
人々を引きつける力を持った歌声、紡ぐのは聞き慣れてはずのひどく懐かしい旋律。
その直前まで騒いでいた私を不思議に思って立ち止まったアルトが頭を抱えるほどの大絶叫と勢いあまってポルターガイストなるものを引き起こした私。
まぁ忘れられるはずないよね。
「……アリアの好みがわからねぇ」
カモフラージュ用に携帯を耳に当てつつ、眉間に皺を寄せてCDを睨むように見つめるアルト。
「どこがいいんだよ、こんな女みたいな男」
そう、男なんだよ。シェリル・ノーム。
銀河の妖精って呼ばれてるのに男……美貌の男性ってのは認める。
でも私自分の方が実年齢年上だろうとお姉様vきゃぴっとじゃれついてみたかったのに……まぁ実際そんな機会に恵まれたらお兄様と呼んでみようとは思ったけどね。
『アルトはシェリルの事嫌い?』
「……舞台に立つ人間としては認めてやる」
『うわ、上から目線。もーアルトは素直じゃないなぁ』
「るせぇよ」
あ、アルトの機嫌が急降下した。
もーなんなのさ。お姉ちゃんわかりませんよー?
『よしわかった。1番早乙女アリア、歌います!』
「は?」
アルトの正面、私は地面に足を降ろすようにきちんと立った。
すうと息を吸い込み深呼吸。
紡ぐ歌は小さい頃うっかり歌ってからは誰に突っ込まれることなく歌い続けていた"アイモ"。
この姿は誰にも見えないしこの声は誰にも聞こえないけど、それでもアルトには聞こえる。
だから私は歌い続けられる。
アイモ。
私はここに居るわ。
貴方を守るために生を受けたのよ。
きっとそうだと信じているから、だから……いつか応えて。
彼女たちの歌声のように届いて欲しいなんて、私には無理だけど、それでも私は歌が好き。
貴方が……皆が大好きなの。
* * *
「どうしたの?ミシェル」
ふと見慣れてきた同級生の姿に視線を止めると、隣を歩いていた女性が不思議そうに問いかけて来た。
「あそこに同級生がいたんだよ」
CDを睨むように見つめながら電話をしている様子の同級生―――早乙女アルトを示すようにすれば彼女はまぁと一瞬驚いたあとふふっと笑った。
「何?」
「私一瞬女の子かと思っちゃった。失礼ね、男の子なのに」
「ああ、あいつはどうみても姫だから仕方ないよ」
そう言えば彼女はもう、ミシェルったらとくすくすと笑った。
―――アイモ アイモ ……
ふとこの辺り一帯を賑わせていた銀河の妖精シェリル・ノームの歌声に混ざって違う歌声が聞こえた。
柔らかな大人っぽい優しい声音。
意味の分からない単語が続く歌だと思った。
「どうしたの?ミシェル」
さっきとまったく同じ問いに俺ははっと我に返った。
「なんでもないよ、行こうか」
彼女の腰もとに手を這わせ、導くように歩きだした。
一度だけ、ちらりと視線を向ければ、アルトが珍しすぎるほどの優しい笑みを浮かべていた。
「……あり得ない」
⇒あとがき
最後にアルトと夢主の歌い終わった後書こうかと思ったけど面倒くさくなっちゃいましたorz
20090112 カズイ