夢泪
もぞりと動く音に俺は意識を呼び起こす。
痺れる腕から温もりが離れ、蒲団が少し剥がれ落ちる。
アリアが目を覚ましたんだと思ったが、眠気には勝てずにまだ少しまどろむことにした。
そろそろと起きたアリアはベッドからすぐに降りず、ぼんやりと座り込んでいるらしい。
昨日少し頑張りすぎた所為で立てないのか?と一瞬考えもしたが、それならアリアはまず面倒くさがって起きない。
最初色々あって強姦まがいにアリアを抱いてしまった時、アリアは「死ぬ……って言うか死ね」とベッドの上で呻きながら怒りに打ち震えていた。
うん、あの時の俺はとにかく若かったのだ。
誤解していたとはいえあんなひどいこと……
でも申し訳なさと一緒にうっかり可愛いと思ってしまい、後で問答無用で殴られた。腹を。
……合気道を習ってただけあって良い拳だった。
っと、そうではなくて。
「……あ」
小さく声を発したアリアに、俺は目を開ける。
視界に飛び込んだのは身体を小刻みに震わせているアリアだった。
「アリア」
「……ミシェル」
真っ青な顔でポロポロと涙を零すアリアは俺の胸に飛び込んできた。
「ミシェルっ、ミシェルっ」
何度も名前を呼んであらん限りの力で抱きついてくる。
その姿はとても愛しい……のだけど、アリアはこう見えて馬鹿力だ。
……正直痛い。
だけどいつもは強気のアリアが、こうして泣きついてくるなんてよっぽどだ。
あの時だって怒りはしたけど泣きはしなかったのに……
「どうした?アリア」
震える背中に手を回し、もう一方の手で頭を撫でる。
長い黒髪の上を滑らせると柔らかい感触が伝わってくる。
「怖い夢でも見た?」
嗚咽を零しながら、アリアはこくんと頷いた。
「そっか……でも、それは夢だろ?」
アリアは何も言わなかった。
ただ俺を抱きつぶさんばかりの力は弱まって、すんと鼻を鳴らす。
少しは落ち着いたようだ。
「……夢じゃ、ない」
「?」
「ずっと……昔の事」
アリアはそう言うとまた黙り込んだ。
アリアは俺に秘密を持っている。
多分それ関係なんだろう。
弱音を吐くのは俺ではなくて隊長。
力いっぱい愛情を注ぐのはアルト。
俺はアリアの恋人だけど、泣き場所ですらないのかもしれない。
だって俺が俺の前で流すアリアの涙を見たのはこれが初めて。
「……俺じゃ役不足?」
顔を上げたアリアはきょとんと俺を見上げる。
マズイ、未だに俺はシェリルに嫉妬しているらしい。
「ごめん、なんでもない」
顔を背ければ、アリアは眉間に皺を寄せた。
「なんでもある顔。何よ、まだシェリルと付き合ってたこと根に持ってるの?」
「な!?」
「お姉さんをなめちゃいけませんよ、ミハエル・ブラン君」
「お姉さんって、俺はアリアの弟になった覚えはありません」
「図星の癖に」
精一杯の虚勢でもって俺はアリアの額を指で弾いた。
「あいた!」
「泣き虫なお姉さんはいりません」
「なによー!」
「わ、馬鹿っ」
上半身を起こしたアリアは自分が裸のままだと言うことを忘れているらしい。
朝っぱらから見事な目の毒だ。
「わっ、ミシェルのエッチー!」
「悪いの俺!?」
アリアの見事な平手の音が部屋に響いたのは自然の流れだ。
* * *
「あのなぁ、お前ら痴話喧嘩は良いがもうちょっと静かにやれ。大体なんで朝っぱらからお前らは」
……云々かんぬん。
こんこんと朝食を前に、私とミシェルはオズマからの説教を受けていた。
オズマ……と言うかリー家の部屋で致した揚句に早朝から喧嘩をしていれば怒られるのも無理はない。
「……説教も良いけど、朝飯覚めるんだけど」
お玉片手に仁王立ちのアルトがぼそっと静かに男らしい低い声音で呟いた。
その不機嫌さに当然恋人であるオズマは凍りつくし、弟大好きな私も凍りつく。
ミシェルは純粋に大人しい親友の男らしい怒りに凍りついていた。
「「「申し訳ありませんでした姫!」」」
「おーてめぇら全員今すぐそこに正座しやがれ!!!」
……結局のところ皆お姫様には逆らえないのです。
「で、結局アリアはなんで泣いてたんだよ」
どうにか朝食にありつくと、アルトがそう切り出してきた。
「え?あ、ああ」
一瞬なんのことだと思ったけど、そうか夢のことかとすぐに考えが行きついた。
「ミシェルが死ぬ夢を少々」
「え?俺!?……っていうかなんでアルト相手だと素直に話すんだよ!」
「何言ってんの、当たり前でしょ?」
アルトは目に入れても痛くない私の可愛い大事な弟、大事な半身なんだから!
……精神はどうであれね。
「俺、アリアの恋人だよね!?」
「そだっけ?」
「な!?」
パニックを起こしたミシェルが可愛くてすっとボケると、ミシェルの顔が蒼くなる。
ああ、だめその顔たまんないわ。
……別にSっ気はないつもりだったんだけど、つい腐心がね……いらぬ妄想を脳裏に届けてくれるんだ。
性根の腐った腐女子を許して、ミシェル。
「うそうそ。えーっと、ごめんね?」
そしてアルトを見ていてよく理解した小悪魔テクもしっかり利用。
本当便利だこの無駄に綺麗な顔。
「うっ……そんな上目づかいで見ても許し……」
「ごめんね?」
後押し。
「……ます」
「わーい!」
「ミシェル、アリア甘やかすなよ。つけあがるだろ」
半眼でオズマが私とミシェルを睨む。
……ガジガジと箸を噛んでいるとアルトに怒られるって学習してないオズマも十分可愛いんだけどね。
「別にいいんじゃねぇの?面白いし」
「……お前も案外酷いよな、アルト」
がくっとオズマは肩を落とすのだった。
……アルトは何か変なことを言ったかしら?
お姉ちゃん、わかりませーん。
⇒あとがき
シリアス決まらないぜこいつら☆
なんか無性に泣く夢主が書きなくなってつらつら書いてしまいましたが、特に意味はございません。
気にしちゃいやんですよ。
20091003 カズイ