熱唱
ダイヤモンド クレバスで始まったライブ。
隣が空席のシェリルから真正面に位置するその席で、私はじっとシェリルを見つめた。
不安に揺れるシェリルに私は悠然とただ微笑み返した。
大丈夫だよ、きっと還してあげるから。
シェリルはそれに応えるように強気に微笑んだ。
「俺の歌を聞けー!」
鞭の音が響き、射手座☆午後九時Don't be lateの前奏が始まる。
光の中でシェリルの衣装がお馴染みのセクシーな軍服に代わるのを見ながら、私はそっと左耳に指を這わせた。
幸運のお守りが少し熱を持ったように熱かった。
私に出来るのは祈ること、願うこと、そして強く想うこと。
* * *
最後のナンバーの紹介をしていたシェリルの目に突然涙が浮かんだ。
不安なんだ。
まだ10代後半の男の子だもんね、私だって不安だったんだもん……
泣くわけないと言いながらも顔をそむけてしまったシェリルに客席は静かにざわめいた。
駄目、歌手のシェリルが崩れてく。
―――キーンッ
私じゃない、どこかから反応を感じた。
それは左耳のフォールド・クウォーツだった。
ランカちゃんが家からこのライブ映像を見ているのかもしれない。
強い反応に私は指を這わせて叫んでいた。
「シェリルー!」
暗闇の中、こちらからシェリルは見えるけど、シェリルから私は見えないかもしれない。
でも、昔有人が言ってた。
暗くても舞台に立つ人間には客席に座る客が見える。
舞台に立つ人間としてではなく、舞台に立つ人間の心の中で―――
不思議な話だと思ったけど、今はそれを信じたい。
「…………」
シェリルが私の方を見て、そっと右耳に指を這わせた。
熱いよ、シェリル。
「……なぁ皆。ちょっと我儘言わせてもらってもいいかな。この最後の曲だけはある人のために……いや、ある人たちのために歌いたいんだ」
ざわめきが消えていく。
誰もがシェリルの言葉に耳を傾けていく。
「今遠いところで命を掛けてる人たちのために……そして、お前にも……一緒に歌って欲しい」
そっと差し出された手に、私はこくりと頷いた。
「ありがとう皆、愛してるぜ!」
身体が熱い。
「絶望からの旅立ちを決めたあの日」
「あたしたちの前にはただ風が吹いてたね」
無事に生きて帰ってね、アルト……私の大切な弟。
どうかアルトを守ってください、ブレラ・スターン。
この歌があなたを守るから―――私が届けるから!
「強く強くいたいんだ―――」
フォールド・クウォーツ。私の身体にバジュラの細菌はいないけど、ブレラの心くらいは動かせるかな。
お願い、皆―――生きて帰ってきて!
嗚呼、どこからかランカちゃんの歌も聞こえる―――
* * *
まだ胸がドキドキしてる。
ライブが終わった途端、糸が切れたように椅子に深く腰掛けてしまった。
こんな高揚感は初めてだけど、それ以上に全身が重い。
力の使いすぎと言う奴なんだろうか、それとも単に気追いすぎただけか……
どちらにせよすぐには動けないだろう。
シェリルが居なくなったステージ、明るくなった会場。
客席はどんどん人が減っている。
「やばい、早く帰らなきゃなぁ……」
学校帰りにシルバームーンに寄って、その足で天空門に来た所為で制服のままなんだよね。
一応白衣は鞄の中だけど、結構目立っちゃったよな。
「……今更だけど恥ずかしい」
「そうですか?その割にはとても堂々としていましたが」
「!?」
思わず飛ぶように立ち上がると、横からくすりと笑う声が聴こえた。
「や、矢三郎兄さま!?なんでここに」
「先生が招待されていたので、付き添いで……有亜さんが見えたのでお迎えに上がったんですよ。大丈夫ですか?」
「あ、えっと……ちょっと大丈夫じゃないです」
正直足は限界だし、前の列の客席の背もたれにつかまってどうにか立っているような状態だ。
「しょうがないですね。鞄はこちらですか?失礼しますよ」
「ひゃ!?」
そう言って矢三郎兄さまは私の身体をひょいっと持ち上げた。
ほっそり見える矢三郎兄さまだけど、毎日着物で生活してるし、歌舞伎と合気道のためかこの着物の中が結構鍛え抜かれた身体だって知ってる。
普段は目に触れることはないんだけど、幽体離脱中に思わずまじまじと見てしまった恥ずかしい記憶がある。
ああごめんなさい矢三郎兄さま!!
鞄と私を軽々と持ち上げ、細い客席を抜けてそのまま外へと向かう。
さっきの歌のこともあって悪目立ちをしてしまっている気がする。
「アリア!」
人ごみを抜け、シェリルがまっすぐ此方へと走ってくる。
「シェリル……」
「大丈夫か!?あ、えっと……」
シェリルは私を抱きかかえている矢三郎兄さまを見て少し戸惑っているらしい。
「矢三郎兄さまはお父さまが来てたらしくて付き添いで来てたらしいの」
「そうか。ああそう言えば早乙女の人も招待してたな」
「なんか気力を目一杯使って疲れちゃっただけだから心配しないで」
「ああ。あ、そうだ、アルトたち無事だってよ」
「そっか。よかった……って、なんでシェリルがそのこと知ってるのかなー?」
「あ、えっと、それは……」
「ま、聞かなかったことにするよ」
「助かる」
「ありがとう、シェリル。アルトたちのために歌ってくれて」
「別に……この間のこともあるし」
「そうだね」
「―――有亜」
遠くから父さまの呼ぶ声が聴こえた。
「ごめんシェリル、またね」
「ああ、また」
ひらりとシェリルに手を振ると、矢三郎兄さまは小さく会釈をして父さまの方へと歩き出した。
「……大丈夫か?」
「はい、少し疲れただけです」
有亜として微笑み返せば、複雑そうな顔のまま父さまは「そうか」と呟いて歩き出した。
……私とシェリルが付き合っているとでも誤解したのだろうか。
流石は乙女心を知る女形。顔はごついがなんとも可愛い父だ。
⇒あとがき
あれ?矢三郎兄さまをちょっと出張らせて雷蔵パパンで落ちた?(笑)
やっぱり出番のないミシェル。今度こそ!
……と言いながらまた違ったりして(´・ω・`)
20090727 カズイ