御守

『ライブはやるぜ!そして俺は……俺は、ギャラクシーに帰る!』
 胸にぐさりと刺さる台詞だと思った。
 ハワード・グラス大統領の会見から30分後に行われたその会見を私はナナセとランカちゃんと一緒に見た。
 アルトとミハエルとルカくんはS.M.Sが特例事項Bに移行してしまったことで早々にマクロス・クウォーターへと向かってしまった。
「……アリアさん?」
 どうにか妥協してもらい、同じ年なのに敬語を使っているけど普通に名を呼んだランカちゃんを私は見下ろした。
「シェリルは強いね」
「……はい」
 笑って答えれば、ランカちゃんは困ったように会見のVTRを見上げた。
 腕に無理やりサインペンで書かれたナンバーは当然消えたけど、携帯電話にしっかりと移していたりする。
 それに今朝アルトから返ってきたシェリルのイヤリングも受け取ってる。
 会いに行かなきゃなって思うのにちょっとだけナンバーを押すのが怖い。
「ごめん、二人とも。ちょっと用事出来たから帰るね」
「あ、アリアさん」
 どうして突然と言うように声を掛けてくるナナセの声を背に、私は走り出した。
 どうせ今夜のライブには行くつもりだった。
 ただ、結局ランカちゃんにライブのチケットは渡せなかったけど……

  *  *  *

 早めに着いたはずの北京エリアの天空門は、すでに多くのシェリルファンがひしめき合っていた。
 私は一般のチケットだけど、スタッフ通用口の方まで回って携帯を鳴らした。
 でもやっぱり忙しいのか、反応はなかった。
「あれ?えっと……有亜ちゃん?」
「え?……あ、タッカーさん!」
 誰に声を掛けられたんだろうと思って振り返ると昔ジュニアモデルをしていたころの知り合いであるタッカーさんが居た。
 タッカーさんはスタッフの一人で私と同じ年の娘が居るらしく私を娘のように扱ってくれた。
 私にとって第二の……ううん、第三だね、のお父さんだ。
「本当に目が覚めてたんだね。事務所からの連絡で知ってたけどよかった」
「心配してくださってありがとうございます。それで、突然のお願いで申し訳ないんですけど、中に入れませんかね?」
「あれ?有亜ちゃんって、何時の間にシェリルのファンになったの?」
「ファンと言うか……まぁ、ファンなんですけど、渡したいものがあるんです。プレゼントじゃなくて落し物なんですけど……」
 私はシェリルが普段付けているイヤリングをタッカーさんに見せる。
「ああ、本当だ。最近左耳だけないなと思ってたんだよ」
「この間バジュラが襲って来た時、非公式なんですけど弟が偶然シェリルを助けたんです。でも、その時一緒に軍に抑えられちゃってて返せなかったんです。今日のチケットのこともあるし出来たらお礼を言いたいんですけど、駄目ですか?」
「有亜ちゃんならいいよ。野次馬ファンよりは安心できるしね。着いておいで」
「ありがとうございます!タッカーさん」
 案内してくれるらしいタッカーさんは警備をしている新統合軍に事情を説明してくれ、私はどうにか中に入ることが出来た。

 バックステージは、薄暗いくせに物がごちゃごちゃしていて、配線もそのあたりにごろごろしている。
 危ないことこの上ないのだけど、それに足を取られないように私は慎重にタッカーさんの後を追いかけてシェリルの元へとたどり着いた。
 強硬されることになった『さよならライブ』のバックステージは熱気で溢れていて少し勇気をもらえたような気がした。
「シェリルさん、お客さんです」
「……アリア、なんでここに」
「イヤリング返ってきたから来たんだけど……駄目だったかな?」
「駄目じゃない!っと、グレイス」
「ええ」
 首を傾げると、勢いよくシェリルは否定してくれて少し嬉しかった。
 シェリルがグレイスに声を掛けると、グレイスは舞台袖から消えていった。
 一緒にタッカーさんもそっと姿を消していた。
「一応電話したんだけど、繋がらなかったから」
「悪い、ライブ前だから楽屋に置いてるんだ」
「多分そうじゃないかな、とは思った」
 シェリルは段差に腰かけると、隣に私を招いた。
「よく入れたな」
 貰ったチケットは一般客用とさして変わりはない。
 シェリルの疑問ももっともな話だ。
「さっき一緒に来た人、タッカーさんって言うんだけど、昔ジュニアモデルやってた時の知り合いなんだ」
「へぇ、やってたんだ」
「母さまが死ぬまでだけどね」
「……悪い」
「別にいいの。そのあと色々あったし……どうせ続けられなかったから」
 研究がやっと評価されて、高等部に上がった。
 初めてオズマに会って、アルトの舞台に招待した夜に倒れてそのまま意識を失った。
 死ぬのかと思った私は気付けば幽体離脱でアルトにそのままずっと取り憑いていた。
 結構この3年は長かったかもしれない。
「あ、ごめん、これ返すね」
 私は思い出したようにシェリルの手にイヤリングを乗せた。
 シェリルは手の平にイヤリングを載せるとじっと見つめた。
「他の人には言うなよ」
「え?あ、うん」
「これは俺のお守りなんだ。前にも話したみたいに母親の形見でさ……つっても母親の顔は知らないんだけど」
 シェリルは苦笑を浮かべると、私を手招きして、私の耳にイヤリングを付けた。
「シェリル?」
「アリアに貸してやる」
「だって母親の形見で、お守りなんでしょ?」
「……いいんだよ」
 シェリルはぽんぽんと私の頭を撫でる。
 まるで矢三郎兄さまみたいに妹を相手にされているようで少し対応に困る。
「お前はそれを知ってるみたいだし……それに、それ、幸運のお守りなんだぜ?」
 指先でイヤリングに触れる。
 こんな形で、小さいけれどフォールド・クウォーツを手に入れるとは思わなかった。
 でもこれを実験に使うつもりはない。
「この間より暗い顔してるから心配しただけで」
「心配してくれたんだ」
「いや、違って、だな……」
「ふふ……」
 慌てて否定するシェリルに私は笑った。
 モチベーションが下がると良いことは起きない。
 これからアルトたちは戦いに向かうだろう。
 私はそれに同行することも出来ないし、今は何の手出しも出来ない。
 もがくことも出来ずに……と言うよりもがき方が判らずにぐるぐると悩んでしまっていただけだ。
「もう、大丈夫。シェリルのおかげで元気出たよ」
「ならいい。それ、俺が帰る時に返せよ、貸すだけなんだからな」
「うん……シェリルがギャラクシーに帰るときに……」
 この戦いの敵はギャラクシーだ。
 帰れないかもしれない、けど……シェリルに苦しかっただろうけど居場所だった船を返してあげたい。
「あのさ、シェリル」
「なんだよ」
 私はシェリルの頬にこの間のお返しとばかりにキスをした。
「こ、幸運のお守り……の代わり」
「お、おう」
「じゃ、じゃあ……ライブ、楽しみにしてるから!」
 私は慌てて立ち上がると走ってバックステージを後にした。



⇒あとがき
 ますますミシェルが相手と言うのが嘘になるシェリルの贔屓っぷりをとくと見よ!って感じですね……
 いやぁ……そろそろいい加減ミシェル相手の話書きますか(´・ω・`)
20090727 カズイ
res

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