逢引
「シェリ……ぅ!?」
「しっ馬鹿!」
タイムサービスへと走って帰ったアルトに代わって、アルトの忘れ物をロッカーに取りに来た私はそこに居たシェリルと出会ったのだ。
突然のシェリルの登場に思わず声を上げてしまった私はシェリルの大きな手に口を塞がれ黙るしかなかった。
「騒ぐなよ?」
念を押して言われ、私はこくりと頷いた。
するとシェリルはそっと手を放してくれた。
「お前、復学したのか?」
「そうだよ。って言うかシェリルはなんでここに?」
「……なんかお前、前会った時と違わないか?」
「ああそれは……」
説明しようとした私は近づいてくる足音と話し声に思わず開いたままのロッカーにシェリルを押し込んだ。
慌ててロッカーの扉を閉めてはたと気づいた。
これはもしかしなくてもアルトとシェリルのイベントだ。
まかり間違っても私とシェリルのイベントではないはずだ。
(ああでもアルトは今頃タイムサービスっ)
なんとも色気のない事によるイベント失敗に思わずぎゅっと目を瞑る。
そうすればすぐに誰かがロッカールームへと足を踏み入れていた。
「おかしいなぁ、今シェリルの声が聴こえた気がしたんだけどなぁ」
「もう気のせいじゃない?あんたどんだけシェリルオタクよ」
「違うわ!私はシェリルが好きなの!OK?ただのファンよ。オタクと一緒にしないで!」
(耳ざといな恋する乙女よ!)
思わず心の中でそう突っ込みながら身体を強張らせた。
「!?」
その理由は何故か私の身体を抱きしめてきたシェリルの腕の所為だ。
シェリルとアリアのイベントなんて誰もお望みじゃないと思うのだけど、と突っ込んでしまいたいところなのだけど、口を開いてロッカールームに足を踏み入れたお嬢さん―――特に自称シェリルファン―――に私とシェリルが二人きりでロッカーの中に居ることがバレることが恐ろしいので黙っていることにした。
私もシェリルのファンだから、そんなところ見たらきっとショック受ける。
……そして今この状況に心臓が口から飛び出そうなのも事実。
「誰もいないし、さっさと部活行くよ」
「ちぇー」
二人は諦めてロッカールームを後にしていく。
「……………」
「っ」
ぎゃー!吐息が首筋にぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
「……行ったな」
「はっ、うっかり昇天しかけた」
「は?」
「……ごめん、なんでもないや」
私はぐったりしながらも、緩んだシェリルの腕から抜け出し、ロッカーから外へと出た。
「で、結局シェリルは何しに来たの?」
「アルトにイヤリング返してもらいに来たんだよ」
「イヤリング?……ああ、イヤリングならアルトは持ってないよ。あの時の所持品、全部軍が証拠品だって言って持っていったから軍の一時預かり。帰ってくるのはまだ先だよ」
「はぁ!?」
ふざけるなと言うように反応するシェリルに、私は苦笑を返すしかない。
だって本当に問答無用と言う感じで、アルトを通じて訴えても後日返却するからと聞く耳なしだった。
「大事なイヤリング、ごめんね?」
「!?」
「シェリル」
「お前……なんであれが大事なイヤリングだって」
「だってシェリルデビューした時からずっとあのイヤリングしてたし……あれはフォールドクォーツだったし」
「フォールドクォーツ?」
「あ、ごめん。今のは忘れて」
「忘れられないな。あれは顔も知らない母親の形見なんだ。何か知ってることがあるなら知りたい」
睨むような、縋るような、ちょっと複雑なシェリルの表情に、思わず口が滑ってしまった私は視線を彷徨わせる。
「……とりあえず場所変えよう」
私はシェリルの手を取ると正規の手段ではない、窓からの逃走経路を目指した。
* * *
オフだと言うシェリルの手を引いて向かった先は農業プラントであるアイランドスリーにあるフォルモだ。
ゼントラ向けのショッピングモールであるフォルモはアルトとシェリルの最初のデート先だけど、もう色々諦めた。
こうなったら私がアルトの代わりにシェリルとのデートを成すしかない。
「すっげー!ゼントラの人って本当に大きいんだな!」
興奮気味にゼントラーディを見上げるシェリルに、思わず私はくすくすと笑ってしまった。
実際シェリルは"藤田有亜"にしてみれば半分程度の年しか生きていない子どもなのだから微笑ましく思っても仕方がないと思う。
「笑うなよ」
ぶすっとしたシェリルにますます笑みが浮かんでしまう。
「ゼントラで興奮する位だからあれもはじめてなんじゃない?」
すっと巨大な麦わら帽子をかぶったゼントラーディの牧夫の横をのんびりと大通りを歩くカバ牛を指さした。
「なんだあれ」
「カバ牛だよ。一日で人間なら百人分くらいのミルクをだすんだって。もちろん食べることもできるし、皮や骨も細工品になるんだよ」
「え!?うそ、天然のミルク!?そんなのまだあるんだ!」
「あるの。シェリル感動しすぎだよ」
「だって、ギャラクシーじゃそんなもんねぇもん」
「はは、そうだね。それじゃあそんな天然ミルクのアイスでも食べに行こう♪」
あんまり暗い雰囲気だと話ししにくいし、と私は機嫌がよくなったらしいシェリルを連れてメルトランのおばさんがやっているカバ牛のアイスのお店へと向かった。
シェリルが感動するように、幼い頃矢三郎兄さまにおねだりして連れてきてもらった私もたくさんのゼントラーディに感動した。
カバ牛の天然ミルクのアイスにはさほど感動は覚えなかったけれど、百年前の世代の人間と同じものしか見ていなかった私にとっては、ここはとんでもないびっくり箱だった。
……でも、だからと言ってアイスを食べるのもそこそこに良い年した男の子がランジェリーショップに飛び込む姿は見たくなかった。
「……幻滅ぅ」
さほど本気ではない台詞を呟きながら最後のコーンを口の中に放り込んだ。
残ったシェリルのアイスも食べたから少し身体が冷えた。
シェリルは相変わらずランジェリーに向かってひたすらに詩を書きつづっている。
「ん?お前は確か……」
ふと背後から声を掛けられ、私は首をそのまま後ろに倒した。
「あ、クランだ」
「自己紹介したか?」
「アルトに聞いたんだよ」
「……前に会った時と印象が大分違うんだが、えっと……」
「早乙女アリア。アルトの双子のお姉ちゃんだよ」
流石にそのままの姿勢は失礼だと姿勢を変えた。
「着物着てる時はどうしても癖でね」
「ところで、あれは何をしてるんだ?デート中にほっとかれてるのか?」
「デートじゃないよ。なんかインスピレーションが沸いたんだって」
止めに入った店員までシェリルがペンを走らせているランジェリーに視線を向けているのだ。通報されることはないだろう。
「……わからんな」
「歌はシェリルにとっては呼吸と同じだからしょうがないよ。それよりクラン」
「ん?」
「ミハエルに告白とかしないの?」
「なっ!?」
私の突然の言葉にクランは大げさに驚く。
いや、巨人と小人位体格差があるからそう感じてしまっただけかもしれない。
「あ、アルトに聞いたのか?」
「別にそう言うわけじゃないよ。アルトそう言うの鈍いし……強いて言うならこの間会った時?」
「そんなにわかりやすいか?」
「否定はしないかな」
小声で問いかけるクランに私は苦笑で返した。
「……伝えるなら早い方がいいと思うな」
「え?」
「なんでもなーい」
ミハエルとクランが早く付き合うに越したことはない。
でも私は無理強いはせずにただ誤魔化した。
動き出せないのは皆一緒だ。
「……神様は忙しくて」
そっと口ずさむ。
LIGHT THE LIGHT。FIRE BOMBERのナンバーだ。
幽体離脱をしていた間、暇の多かった私は、アルトが構ってくれない時間はいつも寂しく歌を歌っていた。
元気になりたくて口ずさむのはFIRE BOMBERだった。
ふと、私の歌に乗せて本当にベースやドラムの音が聞こえ始めた。
(ここでミレーユのハモりが)
そう思った瞬間、誰かの可愛い声が遠くで重なった。
「立ち止まり見上げた空」
(ランカちゃんだ)
独りじゃない歌声がフォルモに響く。
オズマがFIRE BOMBERのファンなのだから、兄妹であるランカちゃんは世代的に古い曲でもよく知っているんだろう。
気持いくらいピッタリのハーモニーに私も乗ってきた。
アルバムならこの後はTRY AGAINに続く。
でも私は終わりでしかけてみた。
「ラスト、ドラムキック!」
こんなことに"力"を使うのもどうかと思うけど、ちゃんと本筋には戻しとかないとね。
「―――What'bout may star?」
シェリルの目の前でシェリルのナンバーを歌うのもあれだけど、ねぇ聞いて?
私、"あなた"が好きなの。
⇒あとがき
アニメ第五話はデータが吹っ飛んでいるのでアニメーションファイル等を漁りつつアニメ沿いもどきとなりました。
どうしてもランカちゃんのフォルモデビュー(?)に参戦したかったと言うか……邪魔したかったと言うか……
本当はLIGHT THE LIGETじゃなくてHOLY LONELY LIGHTにしようかと思ったのですが、LIGHT THE LIGETの方がクランとの会話の延長線での選曲って感じがするかな、と。
……タイトルになったNEW FRONTIERはいつ歌わせましょうか(笑)
ちなみにアルトさんはタイムサービスの帰りに、ランカちゃんを心配しつつも夕飯の買い出しに行ったオズマさんとバッタリ会っていればいいと思います。
20090723 カズイ