喪失

 入隊試験の結果を言い渡され、そのついでとばかりに歓迎会の話を聞いていたアルトが突然弾かれたように辺りをきょろきょろと見渡し始めた。
 さっきまでは気だるげな表情を浮かべていたはずだったはずだと、ミハエルは突然のアルトの行動に首を傾げた。
「おい、どうした?」
 アルトの正面にいたオズマも不思議そうにアルトに問う。
 どうしたんでしょうと言う顔でこちらを見るルカと視線が突かるが、ミハエルにもその理由は分からないので肩をすくめるしかなかった。
「いないんだよ、さっきまでぎゃーぎゃー騒いでたくせにっ」
 誰の目から見ても明らかなほど取り乱し始めたアルトにオズマの表情がさっと変わる。
 まるで戦闘中のように真剣な表情だった。
「アルト」
 たった一言名前を呼んだだけだが、アルトの身体がびくっと脅えるように震えるのが分かった。
「心配するな。あの非常識娘のことだ、今頃病院のベッドの上だろう」
 安心させるように、ランカに向けるような優しげな表情でオズマはアルトの頭を撫でた。
 だがアルトは不安そうに視線を落とし、黙りこんだ。
 その様子にオズマはため息をつきそうになるのを堪え、ミハエルの方を向いた。
「ミシェル」
「はい」
 名前を呼ばれ、ミハエルは素直に返事をした。
 例えなんとなくそうではないかと思っていたが、実際見せ付けられた二人の互いに矢印が向いたままの雰囲気を見せられようと彼はミハエルの上司である。
 あえてそこは深く聞かずに流してやるのが大人のマナーと言うものだ。
 だがやっぱり若干の動揺はあったので、ミハエルは眼鏡を掛け直してそれを誤魔化した。
「俺は病院に確認してくるからアルトのこと頼んだぞ」
「了解しました」
 返事を聞きながらオズマはアルトをその場に残し、早足で格納庫を後にした。 
「ほら、行くぞアルト」
 まるでこの世の終わりのような表情を浮かべているアルトにそう声をかけるが反応がない。
 仕方ないとミハエルはアルトの手を引いた。
 そうすればどうにかアルトの足は動きだし、僅かながらにほっとした。


 早乙女有亜。美星学園高校総合学科所属の天才少女。
 芸能科から航宙科へ転科してきた早乙女アルトの双子の姉で、13の時に突然意識不明の重体に陥り現在休学中。
 当時すでにスキップして高校に入学できるほどの頭脳を持ち合わせていながらの大事に学園側は相当嘆いたようだ。

 こんな誰にでも知れる情報では知ることのできない事実を知ったのは昨日のことだったとミハエルは記憶している。
 目を離したすきにアルトからアリアに変わったと言うその姿を見たとき正直驚いた。
 並の女よりも女性らしいアルトだから実は女なんじゃないかとからかうレベルでは済まないはっきりぷるんと揺れた乳房は明らかに女性のものだった。
 だがミハエルはアルトが航宙科に転科してから今までのうちに何度も真っ平らなアルトの胸を目撃していた。
 不格好にもそんなはずはないと思わず眼鏡を外して眼鏡が曇っていないか確認するところだった。
 同室と言うこともあり聞いたアリアの空白の3年間。
 元々双子だったことが起因となったのかは定かではないが、アリアとアルトの間の絆は思うより遙かに強固なものだったのだろう。


「なぁ、姫」
「……………」
 アルトの返事はない。姫呼びに何時もならくる文句もない。
 ミハエルはため息を吐きながらアルトのロッカーを勝手に開け、服を投げ渡した。
「実はな、俺にも姉貴がいる。お前と違って年の離れた姉貴だったけどな」
「?」
 突然のミハエルの切り出しにアルトが顔を上げる。
「俺にとって姉貴は新統合軍の軍人だった両親が死んでからずっと親代わりだった」
「……なんで突然」
「いいから聞けよ。俺が自分のこと話すなんてめったにないぜ?」
 茶目っ気を込めてウィンクをすれば、アルトは再び黙り込んだ。
「姉貴は新統合軍に入ってスナイパーとして活躍してた。でも姉貴は死んだ。……自殺だった」
「!?」
「死んだ人間には二度と会えない。だけどお前はまだ可能性があるだろ?」
「それは……」
「それに、アリアちゃん言ってたぜ?これは計算外だったけど成果はあったって。それってつまりアルトの身体を乗っ取ったことはアリアちゃんの計算外で、でもそれによって元に戻る方法を思いついたって事じゃないのか?」
 あくまで可能性だけど、と付け加えたがその言葉にアルトの気持ちが浮上し始めたことは確かだ。
 ミハエルは内心ほっと溜息を吐きながら己の着替えを始めた。
 その後ろでアルトがもぞもぞと動き始めたのが気配でわかった。

「……アリアが」

 ロッカーを閉めると同時にアルトが自分から声を発した。
 ミハエルはその声に振りかえる。
「アリアが倒れてから俺はアリアの考えを知ったんだ。双子だけど、俺は歌舞伎役者の道が決まってたし、有亜は自由に好きなことやってた」
「へぇ、やっぱり歌舞伎は男の世界だから。か?」
 こくりとアルトが頷いた。
「でも俺が出る舞台は必ず見に来てた。そこに縁があるから欠かさず見に行くんだって言ってた」
「えにし?」
「人と人との関わり。まぁ他にもいろいろ意味はあるけど……アリアは二回、それを演出した」
「一回は隊長だとして、もう一回は?」
「……ミハエル」
「おっと、話を遮って悪かったな」
 アルトは嫌そうにミハエルの名を呼んだ。
 それにミハエルは肩をすくめて見せた。
「そう言う意味じゃない。もう一回はお前だ」
「へー……って!?」
「余分にチケットが欲しいと強請ったのは後にも先にもその二回だけだ」
「……それっておかしくないか?」
「アリアに関してはこれが昔からだ。まるで千里眼でも持ってるみたいにアリアはなんでもお見通しなんだよ」
 姉であるジェシカが貰ったと言っていたチケット。
 不倫をしていたことから相手の男にでも貰ったものかと死後は思ったものだが、まさかその元手がアリアとは思ってもみなかった。
「航宙科に転科してすぐにアリアが教えてくれた。ミハエルが俺のことを姫って呼ぶのは俺の舞台を見たことがあるからだろうって」
「まぁ……そうだけど……」
 別にそれだけが理由じゃない。
 言えば怒るだろうから言わないが。
「それに、アリア……お前のことミシェルって呼んでたんだよ」
 ぶすっとした顔で言うアルトにミハエルは一瞬言葉を失い、そして笑った。
「し、シスコン!」
「お前が人のこと言えるのかよ!?」
「言えないけど姫がシスコン……ぶっ」
「るせぇ!」



⇒あとがき
 終わっとけって話です。収拾つかなくなるのはいつものことです。
 そしてシリアス書こうとすると大体最後にシリアス返せな話に戻るんですよねぇ……何故だろう。
20090124 カズイ
res

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