月曜日

 ぐっと身体を伸ばし、硝子越しに注ぐ暖かな光を受けながらん〜と小さな声を発した。
 そんな私の隣ですやすやと未だ眠っているのは、深夜1時過ぎに突然現れた元彼。
 と言っても深夜1時過ぎと言う時間は彼の体内時計的に言えば非常識な時間ではないらしいんだけど。
「……起こすのも忍びない、か」
 同じベッドに何時の間にか潜り込んでいたと言う事は深く突っ込まないでおこうと冷静に事態を受け流し、私はベッドからそっと抜け出した。
 歯を磨いて髪を整え、寝間着に使用しているスウェットから私服へと着替えた。
 何時目を覚ますかわからないから慌てて着替えたんだけど、杞憂みたいだった。
 さて朝食の準備でもするかとちらりとベッドの方を確認すれば、まだ夢の中なのだろう小さな山が規則正しく上下運動をしていた。
 未だ夢の中に居る彼の名は沢田慎と言う。
 頭が良くて、転校した先の学校で東大と慶応に受かったらしいんだけど、それをあっさり蹴ってボランティア活動のために海外へと旅立っていった。
 今回、一週間の休暇を貰って、同級生や当時の担任の顔を見に行くために日本に帰ってきたらしい。
 でもなんで私の家をその一週間の宿代わりにするのかが分からない。
 海外に行く時に不仲だった親と和解したと言うのに、なんで今更私の所に来たかな。
 私と慎の仲は間違いなく慎が転校する時に終わった筈なのに……期待持たせるなっての。
『―――っ!?』
 ベッドから飛び起きた慎の口から飛び出したのは日本語ではなかった。
 身体に沁み込んだ習慣と言う奴だろうか、なんだか慎が慎じゃないみたいであまりいい気分はしなかった。
「おはよう、慎」
「……真菜?……あ、そっか……日本に帰ってきてたんだっけ」
 その言葉に私はがくりと肩を落とした。
「ちょっと、忘れないでよ」
「いや、つい……」
 まだ寝ぼけ眼な様子の慎に溜息を零しながら、私は出来上がった目玉焼きをお皿に移した。
「朝ご飯出来たけどどうする?」
「先にシャワー貸して」
「はいはい。言うと思ったわよ。シャワーはあっちよ」
「さんきゅー」
 よろよろと覚束ない足取りで私が指差した方へと歩き出す慎に私は再び溜息を零した。
 昔から考えの読めない奴だとは思ってたけど、今は前よりももっと読めない。
―――Trr♪
 少しぼうっと考え込んでいると、流れに乗って流行りの曲を着メロに決めたピンクの携帯がその曲を流し、私はテーブルの上に置いていたその携帯を手に取った。
 ディスプレイを見れば、珍しい事に年下の従兄弟からの電話で、私は驚きながらも受信ボタンを押した。
「もしもし?」
『あ、久しぶり真菜姉』
「うん。どうかした?」
 時間は朝の7時20分。別に非常識と言う時間ではないけど、大学生の私には少し早い時間だ。
 何しろ今日は二時間目からだし、今日は早く目が覚めたと思う。
 多分昨日遅く寝た所為で眠りが浅かった所為だろうけど、短い時間ですっと目が覚めたから少しすっきりはしてる。
『いや、その……俺さ、就職することにしたから。一応報告』
「そうなんだ。おめでとう」
 どこから間違ったのかと言うくらい、私の年下の従兄弟は現在に至るまで確かに不良と呼ばれる部類の少年だった。
 クマから聞いた転校した後の慎みたいな感じ……いや、それ以上?
『つっても、ヤンクミのおかげだけどな』
 照れたような言い方にくすくすと笑った。
「それ、もしかして先生のあだ名?」
『そ、変わった教師。良い奴だよ。面と向かっては言えないけどな』
「よかったわね。いい先生に巡り合えて」
 従兄弟の朗報は自分の事の様でとても嬉しかった。
 だから素直に私は彼が進路を決めたことを喜んだ。
『おう。あ、朝早くから悪かったな』
「いいわよ。じゃあね」
『じゃあな、真菜姉』
 通話を切って携帯を二つに折ると同時に、頭にフェイスタオルを乗せた慎が戻ってきた。
 そのまままっすぐに席に座ると、先に焼いていたトーストに噛り付き始める。
 まったく、いただきますもないのか!
 怒るよりも呆れの方が勝って、私は慎の前に座って、同じようにトーストに噛り付く。
「……誰から?」
「え?」
「さっきの電話」
「従兄弟からよ。どうしようもない不良なんだけど、ちゃんと就職することに決めたって報告。それが担任のヤンクミって先生のおかげなんだってさ」
 変なあだ名の先生でしょう?っと笑って言えば、突然慎はトーストを置いて立ち上がった。
「ちょっ、慎!?」
「……寝る」
「は?今日は担任の先生に会いに行くんじゃなかったの!?」
「元気そうだからいい」
「?」
「ヤンクミが俺の元担任。そんな変な名前の奴他にいねぇだろ」
 じゃ、と勝手にベッドの中へと潜り込んだ。
 あまりにも行動が読めなくて、私はぽかんと口を開いたまま動き出せなくなった。
 身体の緊張をほぐす様に息を零せば、がくりと肩が落ちた。
「なんなのよぉ」
 呟きに帰ってきたのは慎の規則正しい寝息だった。
 本当に寝たよこいつ!!
「……呆れた」



⇒あとがき
 別れたはずの二人の一週間。……短かったり長かったり微妙かも。
20050318 カズイ
20110430 加筆修正
res

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