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「こーいーしちゃったんだーたぶんーきづいてなーいでしょー」
「沢村ポカリ」
「…へーい」
夏が終わると、あの日々の暑さが徐々に薄れていって、朝夕は冷え込む。ランニングにズボンだったのが、上下長袖を着るようになった。
「……ポカリになりたいなー」
自販機のボタンをしばらく見つめたまま、沢村が呟く。ポカリが大好きなあの人を思って。
自分の心など知らないように、自販機はポカリを吐き出す。自室に戻ると、先程同様、倉持が雑誌を読んでいた。
「買ってきやした」
「おーさんきゅ」
沢村からそれを受け取り、飲み下す。喉仏が上下に動いた。
「先輩、」
「んー?」
「…、一口…」
ほらよ、なんでもないように倉持が寄越す。憎い憎いそれは、唯一沢村が倉持に近づけるものだった。
「つかお前毎回そーいうんだからついでに自分のも買ってきたらどうよ?」
「…ちょっとでいいので」
「ふーん?」
倉持にそれを返すと、おやすみなさいと言って布団にもぐった。
「おーおやすー」
体を温めるように丸々沢村の背中に、呑気な声がかかる。倉持はまだ眠らないようだ。
「…先輩、」
「あー?」
「好きって言ったら怒る?」
何も返さない倉持。ページをめくる音が、静かな部屋の中、やけに大きく響いた。
「せんぱ、」
「とっとと寝ろ」
「……いつになったら返事くれるんすか」
「…寝ろ」
「…おやすみなさい」
次は何も返ってこなかった。
end
……え?
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