一応先生







地獄の時がやって来た。俺の目の前に立ちはだかる牢獄、数学準備室。眼鏡をかけた悪魔の巣窟。あの腹立つ眼鏡と仲良く補習である。


腹が立つのでノックもせずに開けてやった。


「失礼しまーす、御幸このやろうはいらっしゃいますかー」

「おう、ずいぶんな態度じゃねぇかよ」


奥で声がして入れと促される。さっきはずいぶんな態度とやらをしてしまったらしいが、御幸は怒っている様子でもなく、かといって機嫌がいい様子でもなかった。

「プリント持ってきたか」

「持ってきやした」

「じゃあやるから、そこの椅子に座れ」


そう言われて御幸の隣にあった椅子に座らされる。

「あと沢村、俺がここの野球部のOBってのは知ってるよな?」

「?はい」

「それはつまり俺と片岡監督が知り合いって訳だ」

「先生…」

「あんまり調子に乗るといぢめちゃうぞ?」


ああ、笑顔が眩しい。こんなに人を虐めるのを楽しそうにしている人は初めてだ。うん、とりあえず身の危険を感じたので大人しくしとこう。

猫目になって黙り込んでしまった俺を見て御幸が笑う。

(くそう…)


「じゃあ始めるか。まずはこの問題な」


御幸がペンを持つのに合わせて筆箱を出す。俺が解けないことをわかっているのか、解き方からなと言って解法を説明してくれるようだ。なんか悔しい。
御幸は教えるのが上手いようだが、俺がそもそも問題自体を理解していない。結果わからない。


「だから、これをXとおいて」

「うん…?」

「この式に代入すんの、わかった?」

「うーん…解き方はわかったけど…」

「けど…?」

「なんか納得いかねぇ」


わからないが納得がいかないまできたら俺的にはかなりな進歩だが、教師の意地かなんなのか、御幸は俺が納得の境地に辿り着くまで熱心に教えてくれた。


(先生っぽい…)


密かに感動して無意識に見つめていたら、聞いてんのと怒られた。







気がついたら6時をゆうに過ぎていて、たった2、3時間程度なのにひどく長く感じた。野球の時とは時間の感じる速さが違う。
ぐっと伸びをすると一緒に欠伸が出た。
プリントは2枚目の途中だ。


「先生、これって明日もするんすか?」

「あたりまえ」

「えー…?」


つまりはこのプリントが終わるまでずっとこいつと一緒に、野球もろくにできずに過ごさなくてはならない、ということか。


「嫌だ…」


ついつい心の声が漏れてしまった。ああ、本当に嫌だ。野球したい。
どうしたらいいか。


「今日中に終わらせたらいいだろ」

「無理じゃん!だってまだ2枚目の途中だぞ!?」

「あきらめるな、諦めたらそこで試合終了だ」

「うるせぇ!」


あぁもうどうしたら。早く野球したい。ああもう!

「先生!今日このプリント終わるまでやりたい!」


「やれば?」

「教えて!ください!」

「けどもう学校閉めねぇといけねぇから無理」

「先生たのむよ!」


顔の前で手を合わせてそう言うと、暫し考え込んでわかったと言われた。



「じゃあ俺ん家来いよ。だったら教えてやる」



そう言われてすんなり喜んだ俺はやっぱり単純だったようで。これで明日には野球ができる!なんて呑気に考えていたんだけれど。



実際はオールに近いしごきを受けることを、このときの俺が知るはずもなかった。




end


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