刀は良しでも包丁は危うし
某日、一番隊隊長沖田総悟は屯所内の食堂にいた。
晩飯を食ったあと、風呂に入ったり、藁人形を作っていたりしたら腹が空いて眠れなくなってしまったらしい。
仕方ないから食堂にでも行ってなにか食おうと思った次第である。
そして今まさに冷蔵庫の中にあったリンゴに包丁を入れようとしていた。
皮のまま食ってもよかったのだが、どうもあの皮のシャリシャリが苦手なのだ。仕方なく使ったことのない包丁で皮を剥こうとしているのだが……。
なぜでぃ。なぜなんでぃ。包丁なんて、刃物なんだから刀と一緒だろぃ?
あーむかつく、と愚痴をこぼしていると食堂の扉がガラッと開いた。
その合図とともに振り向くと、鬼の副長こと土方十四郎が入ってきていた。
なんでぃ、マヨネーズでも切らして探しに来たのか?
「総悟?何してんだ?」
珍しく包丁を持ち、調理?をする姿を珍しく思ったのか、はたまた怪しく思ったのか、土方は眉間にシワを寄せながら聞いてきた。
「見てわかんねぇんですかぃ。りんごを切ってんでさぁ。」
「そりゃわかるけどよ……腹へったのか?」
「そうですが、なにか?言っときやすが、あげやせんぜ。」
目だけを土方に向けてそう言うと、男はいらねぇよ、と溢して次に冷蔵庫に手を掛けた。
それを目で追ったあと、また目をまな板の方へ向けて沖田はゆっくりと口を開いた。
「土方さんこそこんな時間に何しに来たんでさぁ。」
そう問えば、男は冷蔵庫からマヨネーズを取りだし、当たり前のように吸い始めた。
「やっぱなんでもねぇや。」
そう告げ、りんごを剥きにかかったのだが…
「いてっ!」
その言葉と同時に紅い汁が滴り落ちる。
「どうした!?大丈夫か総悟!!」
慌てふためく土方。
ほんとこの人は自分のことになるとうるさい。いつまでも子供扱いしないで欲しい。
そう思いながらも…
…………結局土方にされるがままになっていた。
たかだか切り傷に消毒までして丁寧に絆創膏を巻いて……ほんと、呆れるくらい過保護である。
こんな傷よりひどい傷なら何回もしたことがあるというのに、これじゃ、大怪我した時はどんなに心配するのだろうか。
きっと想像を絶するのだろう。
思わずクッと笑ってしまった。
当然不機嫌な声が帰ってくる。
「なに笑ってんだよ。」
眉間に皺を寄せて見下ろしてくる男は、かなりの色男なのだけど。
また笑いが漏れてしまった。
「さっきからなんなんだよ!!」
あぁ、怒ってしまった。
かなりの色男は見た目は眉目秀麗、容姿端麗、そんな言葉が似合うけど。
かなりの色男、もとい土方十四郎は、どうやら精神年齢は自分と大差ないらしい。
まぁ、そこも含め、好きなのだけれど。
ハハ。
自嘲気味に心の中で笑う。
自分は相当の馬鹿だ。
それでも良い。普段素直になれない分、今という時間は、精一杯、甘えてやろう。
「土方さん、リンゴが食べたいでさぁ。剥いてくだせぇ。」
ぶつくさ文句を言いながらも、しゃあねぇな、そう言って、色男な恋人は包丁を握った。
「いって!」
まぁ、この男も刀以外使えなかったのだが…。
end
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