雨と紫陽花と俺とお前









紫陽花が揺れる。
雨の滴は優しく降っているけれど、量が多いもんだから体も紫陽花もびしょ濡れだ。火照ったからだを冷ますには丁度よいのかもしれない。


雨はやまない。紫陽花は揺れる。
体は冷めない。意識も覚めない。

なんだかぐるぐると、どろどろと、頭がまわって足元が沈んでゆく。


あーあ、やっちまった、そう思って上を向くと雨水が目に入って痛かった。目尻を伝って流れて、全部が消えた。



「沢村、」



呼ばれた声にどきりとした。けれど足は動かない。首も固まっていて、振り替えれない。


「シカトすんなこら」

「……な」

「あ?」

「こっち来んな!」



心臓のなかにたまっていた使えなくなった水が、意図せずぶちまかれた。吐血したことはないけれど、吐血したみたいに胸が痛んで喉が苦しい。


「沢村、」

「あっちいけよ!」

「おい聞けって」

「優しくすんな!」



早く、早くこの場から去りたい。はやく逃げたくてたまらない。
そう心は叫ぶのに、足は動かなくて、ただただ胸がいたい。痛すぎて泣けてきた。痛くて泣いたんだ。これはなんかヤバイびょーきだ。お医者さんに行かないと。はやくいかないと。


「沢村、あれは誤解だから」

「優しくしてくれなくていい!あんたは、彼女とどこえでもいっちまえよ!」


叫びきったとほぼ同時ぐらいに腰の辺りに衝撃があって、いきなりだったもんだからつんのめって顔面から華麗にスライディング。

「人の話聞けっつってんだろ」


さっきの衝撃で動くようになった首を左に回すと、静かに微笑みをたたえた、倉持先輩がいた。額に青筋は常である。


「猫目になってんなよコラ」

そのままいつまでたっても起き上がれずにいた俺を、先輩が起こしてくれたのはいいけど。


(顔が犯罪者だ…!)


びくびくしている俺の腕を引っ張って、怒ったように歩いていく背中。さっきはよくあんなこと言えたなぁ俺。と残り少ない命を思って過去を振り返る。


「…悪かった」


いきなりの謝罪に天変地異でも起こるのかと慌てた。けれどさっきと変わらず雨が降っている。
先輩がさっきより強く俺の腕を握ったから、先輩の手が熱いことに気づいた。
ざらざらしているこの手が好きだ。先輩はよく深爪するから、爪の周りはささくれだっていて、いっつも俺が上手くはない手入れをしたあげた。そしたら文句いいながらも嬉しそうにするんだ。なのに、



「……なんで、」

「いやついイラっとして蹴っちまったわ。肩痛めてないかよ」

「先輩のことは、俺の方がよく知ってるのに!」


俺のなかではいきなりじゃなかったけど、先輩のなかではいきなりだったようで、眉をひそめて立ち止まる。

「なんだよいきなり」

「俺の方が!先輩のこと好きだし!」

「………」

「俺の方が、俺…」



くしゃっと顔が歪んだ。したらば先輩がわかったとでも言うように抱き込まれて背中に腕が回された。もう片方の腕で濡れてしおれた頭をなでられた。
今まで寒いなんて思ってなかったけど、先輩の体温を感じると急激に寒くなって体の震えが止まらない。
寒いのに耐えられなくて、もっと温めてほしくて自分からもくっつくように腕を回した。


「せんぱい、いかないで」

「どこにだよ。行くとこなんてねーよ」

「…じゃあなんで!なんであの人とキスしてたんすか!」

「…っち、だから、誤解だっつってんだろ!聞けよてめぇ!!」

「ごめんなさい!!」


はぁ、と先輩がため息を吐いて俺の顔をみすえる。なんだか気まずくて反らそうとしたら両頬に手を添えられて固定されてしまった。

「聞けよコラ」

「はい…」

「お前が見たのは誤解で、あれはあいつがいきなり目が痛ぇって言うからみてやっただけだ。わかったかよ」

「…なんであの人といたんすか。倉持先輩普段女の人といないじゃないっすか」

「同じ委員会だっつの!」

「なに委員すか」

「体育委員だよ。SHRで言われただろ。クラスマッチのことで会議あるから放課後集まれって」

「…………」


なんだこれ。こんなことで自分が腹立てて勝手に傷ついていたと思うと恥ずかしくてたまらない。
でもそれよりも先に、まだ自分を好きでいてくれてると言うことに安堵した。
途端に嗚咽が止まらない。足の力が抜けてこけそうになったら、先輩が慌てて支えてくれた。


「おいどうした!?」


本当に焦ったような顔をしてたからますます安心して力が抜ける。


「っく、…う、ぅえっ」

「沢村、立てるか」

「せ、ぱい…ひっく、」

「ったく、雨で練習休みだからって雨んなかずっと歩いてるからだ、このばか!」


ほら、つかまれ、そう言うとさっきよりもしっかり支えてくれた腕に愛しさを感じずにはいられない。


「ぜんばいぃすぎぃい…うぅ、っぐ」

「わかったから、そのみっともねぇ顔やめろ。つか明日熱出たとか言ったら承知しねぇからな」

「せっ、ぱい、看病してっ、くだざぃい…!」

「やだよ」


とか言うけど結局面倒見てくれるのは知ってる。そんなところも好きだ。今だって重いとか言ってるけどちゃんと俺に合わせてくれるし、変わらず支えてくれる。


「せんぱぃい゛、すぎぃー」

「ひゃは!そんなダミ声鼻声でコクられても嬉しくねーっての」


そう言ってきすされた。

「っう、こ、ここそと…」

「誰もいねーじゃん」


そう言ってまたきすされた。


「つか寒ぃ!とっととけーるぞ!」



俺を引っ張っていく腕は力強くて、でも温かくて。

嬉しさと寒さと温度差に、鳥肌がたった。



握り返すと、こけんなよって言われて、そんだけのことなのにその言葉や言い方に思いやりを感じて。



(あぁやっぱり、


この人じゃないとだめだ)



いつか先輩にもそう思われるようになりたい。



かけていくコンクリートの上を雨と二人の足音が弾いていった。









雨と足音




end

最近じめじめしててつらい… ベタベタする 倉沢はもっとべたついてくれ
あ、てか目みてたらキスしてるようにみえたあれベタだよねー


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