大きく振りかぶって、ミストレの鎌が俺の首を跳ねるまでのほんの数秒間の間で、俺は恐怖や走り過ぎて枯れた喉で言葉を発していた。
「…俺が、……俺が寿命で死ぬまで、ミストレに傍にいて欲しい!」
勢いで言い切ると、ミストレの身体が不自然に止まった。ミストレも自分の身体がとまった事に驚いているような、大きく瞳を開いていた。
「……な…!」
「…?」
そして、ミストレが右手に持っていた鎌が再び消えた。ミストレは驚いた顔から一変、俺を忌々しげに睨んだ。子どものような表情に俺も呆気にとられてしまう。
「…余計なことをしてくれたな、人間…!」
舌打ちをして1人苛立つミストレについていけず、とりあえず俺は鎌の危機がさったことに安心する。生きている。そんな俺をみてミストレはまた俺の心臓に触れた。じっくりみると、ミストレの瞳は深い湖のようで思わず魅入ってしまいそうになる。諦めたように溜め息をついたミストレは、心臓から指を退けてそっぽを向いた。
「…お前の願いが叶った」
「……は?」
「この天使ミストレ様が、お前如きに人間の為に寿命で死ぬまで傍にいることになった」
どうやら、延命したはいいが(自称)天使、つまりは死神を追い払うことは出来なかったらしい。俺はまたガックリと肩を下ろす。
「チッ、どうせ死ぬんだから大人しく死んでおけば良いものを…」
ミストレはぶつぶつ文句を言っている。文句を言いたいのは俺だ。死ぬのをわかっていながら生きるのはそれなりにきつい。
「なあ、俺はあとどれくらいで死ぬんだ?」
「……、知らないよそんなの」
ふよふよと宙に浮いたミストレはやはり不機嫌なままだ。第一印象もいまも印象は最悪だが、願い事が叶ったのならきっと仕方ないのだろう。
「いつ死ぬか分からないなら、俺はそれまで生きるのを楽しみたい」
俺は抜けた腰をやっと持ち上げ、ミストレに右手を伸ばした。ミストレは眉毛を寄せる。しかし、意味を汲んだのかへの字に口を曲げた。馬鹿にすることしかできないのかと思ったが、中々表情は豊かだ。(自称)天使と俺の寿命が尽きるまでの生活。どうせ死ぬなら楽しいほうがいい
「よろしくな」
「頭が高い、人間。俺のことはミストレ様と呼べ。あと俺を傍に付けるのならそれ相応の働きをしてもらうからな!ひれ伏して感謝しろ!」
本当に、天使なんてものではない。しかし、そんなミストレに慣れてしまったのか、俺は笑ってしまった。笑う俺を理解できていない表情のミストレだったが、一度深い溜息を吐くと俺の手を取った。
冷たい手、ミストレはそっぽを向いていたが、交渉は成立したらしい
「天使の友達第一号だな、ミストレ!」
「身の程を知りなよ円堂守、お前は友達じゃなく俺の下僕!」
「天使の友達だーすごいぞー」
「聞け!」
浮いている為軽い握手だ。手を繋いだまま歩いて(ミストレは浮いているが)帰る。まだ不機嫌そうな表情のミストレは天使らしくはないが、それなりに良いヤツみたいだ。俺は死ぬ予定を忘れて微笑んでいた。