「ないから、他を当たってくれ」

ミストレは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。そのあと、やはり烈火の如く怒りを露わにした。

「馬鹿じゃねえの!?この俺が願い事を叶えるって言ってんだ!他の人間みたいに欲にまみれた表情をしろよ!醜い顔で願いを言ってみろよ!」


やはり悪魔だ。
とても不愉快だという顔をしたミストレは間違いなく天使ではない。願い事を欲だというのだから、これは俺の為でなく自分の為だ。

「俺は自分で願い事を叶えるよ、だから天使も悪魔もいらない」

「努力じゃ叶わないことだってあるさ!お前みたいな小さい人間が自分で世界を歩いていけると思ってるのか?」

「転んだっていいさ、俺は人間だから自分で立ち上がれる」

宙に浮いているミストレが悔しそうな顔をして拳を握り締める。腰から生える白い羽根は時々揺れている。人間ではない生き物の証拠。


「……、仕方ない」

ミストレは顔を上げると右手を天に伸ばした。すると、次の瞬間には右手に大きな鎌が握られていた。マジックなんかではない。タネも仕掛けもない、本物……!

「!」条件反射で俺は駆け出していた。やはり天使ではなかった。俺の命を狙っていたんだ!ドタバタと地面を走ることしかできない俺と、宙を浮いて追って来るミストレ。勝負にならない、結果はみえている。

「待ちやがれ!」
「お前、天使じゃねえのかよっ!」

「死ぬ前のサービスを受け取らなかったお前が悪い!大人しく魂を寄越せ!」

「死ぬ前のサービス!?そんなこと言ってなかっただろ!」

いつの間にか河原に来ていた。道中、こんなに叫んでいるのに誰にも不審な目でみられなかった。ミストレが他の人にみえないのに関係するのだろう。厄介な生き物だ!

「ばあか、死ぬ前に未練を残さないように願いを1つ叶えてやるんだよ!ギブアンドテイク、立派な天使だろ」

「じゃあ何でそんなデカい鎌を持ってんだ!天使にみえないぞ!」

振り返って余裕綽々なミストレの右手で、大きな鎌は鈍く光っている。あの鎌で引き裂かれたらひとたまりもないだろう。思わず身震いする。そんな俺をみて、ミストレはとても愉しそうに笑って鎌を撫でた。

「コレは俺の趣味」


ドSな天使なんてあっていいわけがない!そう叫びたかったが、できなかった。走り過ぎて棒のような足は石に躓いてしまった。身体は吸い込まれるようにして倒れる。這うようにして逃げる俺の目の前に、鋭い鎌が地面にささった。鎌の刃には俺が映っている。

「ひ」

情けなくも喉から漏れてしまった声にミストレが微笑む。初めて天使のような表情をしたが、場面が間違えている。鎌を地面に突き刺して脅す天使なんて、存在していいはずがない。


「俺はね、願いが叶った後に死を告げられた人間の表情をみるのが大好きなんだ。どいつもこいつも絶望的な表情をして、泣き崩れたり、掴み掛かったり、願いを取り消して死にたくないと喚いたり…、とにかく無様で醜くて!」

鎌を抜いたミストレが、今度は俺の首元に鎌を当てた。身体が震える。なにも言葉を発せない。無機質な輝きが首をいつ跳ねるか分からない恐怖

「お前みたいな人間は初めてだったけど、やっぱり人間は弱いね」

小動物を観察する瞳だ。天使は人間を愛する生き物だと思っていたが、その考えはいま全て消え去った。悪魔(会ったことないけど)よりもきっと、たちが悪いに違いない。


「じゃあね、人間」

ミストレが鎌を握る手に力を込めるのを感じた。

 
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