守は明るくて可愛いから昨日で名前が学校中に知れてしまった。アイドルだの、マドンナだの、持て囃される守はとにかく人気者だ。
でも私には分かった。朝の私の一言が守の笑顔を曇らせていることが。どんなに守が努めて明るく振る舞っていても、気になっているんだ。守が、私の言葉に動揺している!傷付いたはずの良心はいまは塞がってしまった。
この日は1日中こっそり笑みを浮かべて守を観察していた。
「守、サッカーする?」
「!、ああ!行こう!」
放課後、守に話し掛ければ少し戸惑った顔をしたが、すぐに頷いた。断れない優しい子。荷物を纏めて教室を出る、数歩進んだ所で守が口を開いた。
「ひ、ヒロト!」
「うん?」
振り返って守をみれば、何かを言い出したいけど言えない、そんな表情をしていた。
「やっぱ、なんでもない」
喉を鳴らして何かを飲み込んだ守は困ったように笑った。それをみて塞がった筈の良心が針でなぞられる痛みが走る。私が守を悩ませている、昼間は嬉しかったのにいまは罪悪感に潰されそうになった。
謝りたいと思った、しかし言葉を紡ぐより先に豪炎寺の姿が浮かんだ。私も守のように溢れそうになった言葉を飲み込んで笑った。
「(ごめんね守)」
公園まで無言で歩いた。盗み見た守の横顔に笑顔がなくて、私は今更事の重大さに気付いてしまった。私は守が好きなのに、傷付けてしまっているのだ。恋に落ちた笑顔を曇らせている、私は逃げ出したい気持ちを抑えつけて足を進めた。
「あ、来ましたよ!」
公園に着くと虎丸がいた。私と守の間の空気に気付いたのか、昨日よりも笑顔だった。
「サッカーしましょう!」
「お、おう!」
無理に明るく振る舞う守をみて豪炎寺がこちらを一瞬だけみた。眉を寄せて、敵をみる瞳だ。守に対する良心とこの男に対する妬ましさが衝突する。
「いきますよー!」
虎丸がボールを蹴り上げ、不穏な空気の中でサッカーをするが、集中出来きないのかミスが多い。昨日の守なら止められたシュートが今日はネットを揺らす。
「もう、どうしちゃったんですか皆さん!」
いけしゃあしゃあと言い放つ虎丸に、守が休憩を提案した。
「じゃあ円堂さん、一緒にドリンク買いに行きましょう!」「え、ああ!いいぞ」
虎丸は私に目配せをすると守の背中を押して公園を後にした。公園に残ったのは私と豪炎寺だけだ。
「円堂に何をした?」
「…」
"何をした"その質問に私は言葉が詰まった。くだらない嘘をついて、傷付けた。ただ守が欲しかっただけなのに、このままじゃ守はずっと笑わなくなってしまうような気がして。でもここで諦めたら守はこいつのものになってしまう。
「…!」
ぼろ、と溢れた涙に豪炎寺が少し目を丸くさせた。私も自分が泣いていることに驚いた。頬を伝う涙に含まれているのは複雑な感情だ。
「お前たちが何を企んでるのか知らないが、俺は円堂を手放すつもりは毛頭ない」
「…余裕だね、妬ましい」
ボロボロと流れる涙を手で拭えば、豪炎寺はハンカチを差し出した。借りるのは癪だったので、断ろうと手を叩く腕を伸ばす。
ハンカチを持つ豪炎寺の手を叩いた、と同時に背後でボトン!と少し重量のある物体が落ちる音が響いた。
「!円堂」
「!」
振り向けば、抱えていたペットボトルを落としたらしい守が遠ざかっていく姿だった。
素早く追い掛けようとした豪炎寺の腕を掴んで制止する。豪炎寺は眉を寄せたが、私と目が合うと身体の力を抜いて目をゆっくり閉じた。私に任せてくれるらしい。
「…ありがとう」
私はやっぱり守が大好きなんだ。頬に残った涙を拭いて、私は走り出した。
公園の入り口でペットボトルを回収していた虎丸は、私の顔をみて悔しそうな顔をする。
「いいんですか?このままにしていれば、円堂さんは諦めるのに」
「…、そうだね」
不服そうな虎丸にそれだけを言って私は守を追い掛ける。
虎丸の言う通りだ。このままにすれば守は泣いて豪炎寺から離れるのにね。全力で走りながら、秤に乗せた思いは、守の笑顔が勝ったのだ。
守を追い掛けて、肩を捕まえて、それから…、肩で息をしながら頭でシミュレーションを繰り返した。
「守…!」