「なに言ってんだ風介、幽霊なんているわけないでしょ」
「そ、そうだ!馬鹿を言うんじゃねえ!」
にっこり笑って、いまはまた無表情の風介に晴矢とヒロトが批判する
いや、風介はみえていた。いまはこちらを見ないが、あれは絶対見えている
「まあ、私のことはどちらでもいいよ」
「…残りはあいつか」
それもない、守だって楽しみだと言ってくれた。そう信じたい、守が俺を?
「でもさ、見てる限りずっと傍にいたし、兄さんのことを好きじゃないと出来ないよ」
ヒロトは守を庇うようだ。晴矢は少し眉を寄せ、風介はよく分からない
「演技かもしれないだろ」
「演技で甲斐甲斐しく傍にいるなら、演技でも一緒に暮らしてたと思うよ?」
守が演技していたなんて、信じられない。信じたくもない
「まあ、俺は円堂さんが兄さんを殺したとしても、愛せるよ」
「お前の事情なんて知らねぇよ。そういえば風介、円堂さんと何話してたんだよ」
「…」
それは俺も気になる。風介はちらりとこちらを見ると、重たく口を開いた。
「…私も、他殺を疑ったのさ。チューリップ馬鹿と同じ発想をしたなんて考えたくもなかったが…」
「ンだと!」
「抑えて晴矢、それで、円堂さんは?」
「俺はヒロトを愛しているんだ、とだけ言って指輪を見つめていたよ。私も基山と同じ意見だ」
「…」
愛している、と守が言ってくれたことにとても安心した。守が殺したんじゃないということだけで、俺の胸は晴れ晴れとした。
「じゃあ俺、円堂さんに殺してもらおうかな!兄さんがして貰ってないことをするなんて、いいじゃないか!」
「それはいいな」
「今すぐ俺がやってやろうか、馬鹿共」
中学生の会話をすっきりした気持ちで聞く。もう死んでもいい!…まあもう死んでるけど、守に愛されているなんて俺は幸せ者だ。
「俺も円堂さんに指輪あげたいなー」
「シルバーは兄さんと被るからな、私は全く違うものがいい」
「見つけた」
犯人探しを止めた中学生の声を聞きつけたらしい瞳子がやってきた。
「こんな所にいたの、早く火葬場に行くわよ」
「はーい」
晴矢は考え事をしているらしく、瞳子と2人の背中を暫く眺めていたが、なにを思ったのか駆け出した。
「あっ…、晴矢!?」
瞳子が呼び止めるが晴矢は止まらない。眉を寄せる瞳子だが、ヒロトと風介は止まらず火葬場へと歩く
「もう行っちゃうんだね、あーあ、残念」
「ああ」
ヒロトと風介の言葉に漸く俺も理解して、晴矢のあとを追い掛ける
嗚呼、嗚呼!
「おい!」
追い付いた晴矢は、火葬場の入り口を出た背中に声を掛けた。喪服をまとった背中はゆっくりと振り返る。
振り返ったのは間違いなく守だった。
「意外だなあ、あの2人が来ると思ったけど」
「あんたが、兄さんを殺したんだな」
「…、俺は殺したんじゃなくて愛したんだ。これが俺の、最上級の愛、だから、ヒロトを愛した。この手で」
指に光るシルバーリング、ああ、思い出した。
2限で終わった俺たちは、明日を楽しみにしていたんだ。婚約だから、指輪を守に渡して、守は嬉しそうに指を眺めてから、珈琲を淹れてくれた
珈琲は美味しくて、幸せで、なのにぐにゃぐにゃ視界が歪んでいって
守は倒れた俺の手を握って、キスをして、それから、みたことないようなうっとりした笑顔で、
「愛してるよヒロトを、誰よりも愛してる」
守は愛しているから殺した。殺された俺は愛されているのだろう
晴矢は何か言いたいのに何も言えないようで泣き出してしまった。
守は晴矢の泣く姿をみて少し困った顔をするが、また背中を向けて式場から去って行った。
晴矢は追い掛けることが出来ずに泣いている。ゆっくりと晴矢の頭に手を乗せると、晴矢はビクりと肩を揺らしたが、最初ほど驚かなくなった
キョロキョロして俺を探しているようだ。撫でた手を離すと、どうやら火葬が始まったらしく足から透明になっていった。ゆっくりと消える身体で去って行く守の背中を見送る
恨もうなんて思ってはいない、愛してるから殺したなんて、最愛の人に言われたら枕元に立てない。――ああ、それ以前に何も出来ないんだった、もう、なにも。
円堂は式場から遠く離れると1度だけ振り返った。高く聳える火葬場の煙突からは煙が上がっていて、円堂はシルバーリングを愛しそうに撫でると、それに向かって愛を口ずさんだ。
嗚呼、愛してる
殺されるほどに愛された男の、嘘のようで本当の話。